声を取り戻す朝」
第33話
「声を取り戻す朝」
翌朝。
被害の大きかった地域にも、少しずつ晴れ間が出始めていた。
もちろん、すべてが戻ったわけではない。
片づけも、捜索も、避難生活も続いている。
それでも、空が少し明るくなるだけで、人の表情もわずかに変わる。
珠江は、ぼんやりテレビをつけた。
流れてきたのは、爆笑発電所の「爆笑通信」だった。
画面には、徳島支部のインコ一家。
せきちゃん閣下、せいちゃん姫、きびまる、あわみ、しらゆき。
さらに、鹿児島支部のオカメインコ、さつまくんとキリちゃん家族まで出ていた。
どうやら、ホークスが勝ったらしい。
せきちゃん閣下が、羽をばたつかせて叫ぶ。
「せきちゃん、勝った!せきちゃん、ホームラン打った!」
すぐにせいちゃん姫が突っ込む。
「打ってへん!あんた、鳥かごの中で粟穂かじってただけや!」
きびまるも続く。
「せきちゃん閣下、バット持てんやろ!」
あわみが首をかしげる。
「でも、気持ちは四番打者やね」
しらゆきが真顔で言う。
「気持ちだけなら、全員三冠王です」
珠江は、思わず吹き出した。
そこへ鹿児島支部のさつまくんが、胸を張る。
「さつまくん、勝利の舞!ホークス優勝!今日から鹿児島もペイペイドーム!」
キリちゃんが即座に突っ込む。
「鹿児島は鹿児島や!ドームにするな!」
せきちゃん閣下がさらに乗る。
「せきちゃん、監督する!」
せいちゃん姫が叫ぶ。
「まず止まり木から落ちん練習せえ!」
画面の中は、もう収拾がつかない。
勝ったのはホークス。
打ったのも選手。
なのにインコたちは、自分たちが試合を決めたかのように騒いでいる。
珠江は、お腹を抱えて笑った。
「何してんねん、この鳥たち……」
笑いすぎて、涙が出た。
昨日はマイクを持てなかった。
声が出なかった。
でも今、笑っている。
笑いは消えていなかった。
ただ、静かに息を潜めていただけだった。
珠江はネタ帳を開いた。
手が、自然に動く。
《せきちゃん閣下、自称四番打者》
《インコ、ホークス勝利に便乗》
《鹿児島を勝手にドーム化するさつまくん》
《気持ちだけなら全員三冠王》
《止まり木から落ちない練習》
珠江はまた笑った。
「これ、ずるいわ。元気出るやん」
その時、珠江は気づいた。
笑いは、悲しみを消すものではない。
でも、悲しみで固まった体を、少しだけほぐすことがある。
涙のあとに笑ってもいい。
笑えなかった次の日に、笑ってもいい。
それは誰かを忘れることではない。
今日を生きるための呼吸だ。
珠江は、ネタ帳の端にこう書いた。
《笑いは戻ってくる。無理やりじゃなく、朝の光みたいに》
その日の配信で、珠江は言った。
「昨日は声が出ませんでした。でも今朝、爆笑発電所のインコ一家を見て、笑いすぎてお腹痛くなりました」
コメント欄に笑いが流れる。
「せきちゃん閣下が、ホークス勝ったら“自分がホームラン打った”みたいな顔してましてね。せいちゃん姫に“あんた粟穂かじってただけや”って突っ込まれてました」
さらに笑い。
珠江は、少しだけ声を柔らかくした。
「笑いって、戻ってくるんですね。昨日は無理でも、今日ふっと戻ってくることがある」
画面の向こうの誰かに向かって、静かに言う。
「だから、今笑えない人も、焦らなくていいと思います。笑いは逃げません。戻ってくる時は、インコの勝利の雄叫びみたいに、だいぶ変な形で戻ってきます」
コメント欄に、温かい言葉が流れた。
珠江はネタ帳を閉じた。
声は、少しずつ戻ってきていた。
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次回予告
第34話「沈黙のステージ」
声を取り戻した珠江。
しかし、次に立つのは、被災地支援のための特別ステージだった。
そこには、笑いたい人も、まだ笑えない人もいる。
珠江は、あえて沈黙から舞台を始める。
次回、第34話
「沈黙のステージ」
沈黙の中にも、届く声がある。




