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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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戻ってくる日常

 第30話

「戻ってくる日常」


 停電が復旧し、大阪の街には少しずつ日常が戻り始めていた。


 電車が動く。

 店が開く。

 劇場にも明かりが戻る。


 けれど、ニュースの向こう側では、まだ終わっていなかった。


 九州。

 四国。


 大雨による土砂崩れ。

 河川の氾濫。

 亡くなった人たち。

 行方が分からない人たち。

 避難所で過ごす人たち。


 珠江は、テレビの前で言葉を失った。


「戻ってきた日常って……自分の周りだけなんやな」


 自分に今、何が求められているのか。


 笑わせることなのか。

 黙ることなのか。

 情報を届けることなのか。

 それとも、ただいつもの声でいることなのか。


 答えが出ないまま、珠江は配信を開いた。


 コメントが流れる。


 《珠江さんの声を聞くと安心する》

 《じわじわくる笑いが、今はありがたい》

 《大爆笑じゃなくていい。いつもの感じでいてほしい》

 《避難所で家族と見ています》

 《普通列車のネタ、また聞きたいです》


 珠江は、画面の前でしばらく黙った。


「……今日は、何を話せばいいのか、まだ分かってません」


 正直に言った。


「大阪は少しずつ戻ってきてます。でも、九州や四国では、まだ戻れない人がたくさんいます」


 コメント欄が静かになる。


 珠江は続けた。


「だから今日は、笑わせにいくんやなくて、少しだけ一緒に息をする時間にしたいです」


 そして珠江は、普通列車の話をした。


「普通列車って、急行や特急みたいに速くはないんです。でも、止まる駅が多い。急いでる人には遅いかもしれん。でも、降りたい駅に止まってくれる」


 小さなコメントが流れる。


 《今それ沁みる》

 《普通列車でいい》

 《焦らなくていい気がした》


 珠江はゆっくり言った。


「戻る日常も、普通列車でええのかもしれません。一気に元通りにならんでも、一駅ずつで」


 無理に笑わせない。


 でも、声は届ける。


 その夜、珠江の配信には派手な爆笑はなかった。


 けれど、終了後にたくさんのコメントが届いた。


 《安心しました》

 《泣きながら少し笑えました》

 《今日も声を届けてくれてありがとう》

 《じわじわ温かくなる感じがしました》


 珠江はネタ帳を開いた。


 《戻ってくる日常は、人によって速度が違う》

 《笑いは無理に戻すものではない》

 《でも、戻る道に灯りを置くことはできる》

 《普通列車みたいに、一駅ずつ》

 《今求められているのは、爆笑より安心かもしれない》


 最後に、こう書いた。


 《私の声で、少しだけ帰り道を照らす》


 次回予告

 第31話「笑っていいのか」


 被災地から届く「安心する」という声。


 しかし一方で、珠江の配信には厳しい言葉も届く。


「こんな時に笑いをやるな」

「不謹慎だ」


 笑いを届けたい気持ちと、傷つけたくない気持ち。


 珠江は再び問いの前に立つ。


 次回、第31話

「笑っていいのか」


 笑いは救いにもなり、刃にもなる。

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