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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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ニュースの向こう側後編

第29話


「ニュースの向こう側」


停電の夜。


街は、音が少なかった。


テレビはつかない。

ネットも不安定。

情報は、断片的にしか入ってこない。


珠江はスマホの小さな明かりを頼りに、コメント欄を見ていた。


そこに、一つのメッセージが流れてきた。


《避難所にいます。少しでいいから、いつもの声が聞きたいです》


珠江の指が止まる。


笑いを封じたばかりだった。


今は、ふざけるべきじゃない。

そう思っていた。


でも――


画面の向こうに、不安な夜を過ごしている人がいる。


珠江は深く息を吸った。


「……どうする」


一郎が横から言う。


「その人、何を求めてると思う?」


珠江は画面を見つめた。


「……安心、かな」


勝一がぽつりと続ける。


「笑いは安心になる時もある」


美沙子が静かに言う。


「でも、無理に笑わせようとしたら、逆にしんどくなる時もある」


珠江は頷いた。


答えは、一つではない。


その人が今、欲しいもの。


それを見誤ったらいけない。


珠江は、配信ボタンを押した。


画面は暗い。


ライトも弱い。


いつもの舞台とは、まったく違う。


「……こんばんは、笠木珠江です」


コメント欄がゆっくり動く。


《来てくれた》

《ありがとう》

《停電中です》

《避難所から見てます》


珠江は、少し間を置いた。


「今日は、ネタをやるかどうか、めちゃくちゃ迷いました」


正直に話す。


「今、笑ってええんかなって思ったからです」


コメント欄が静かになる。


珠江は続ける。


「でも、“声が聞きたい”って言ってくれた人がおったから、配信をつけました」


画面の向こうに、誰かがいる。


その一人に向かって話す。


「今日は、無理に笑わせることはしません。ただ、ちょっとだけ息がしやすくなるような話をします」


珠江は、ゆっくり話し始めた。


「さっき、停電になって思ったんです。電気が止まると、ほんまに静かになりますね。でも、人の声は止まらんのやなって」


コメントが流れる。


《分かる》

《今めっちゃ静か》

《声ありがたい》


珠江は続ける。


「南海電車の普通列車も、たぶん停まってると思います。でも、あいつら絶対ぼやいてます。“こんな時くらい、特急止めて俺らだけ動かせや”って」


小さな「笑」が流れる。


珠江は少しだけ、息を整える。


「ボールとバットも、たぶん今は休んでます。“今日はもうしばかれへんでよかったな”って」


今度は、少し笑いが増える。


珠江は無理をしない。


笑わせることを目的にしない。


ただ、そこにいる人たちと、同じ夜を共有する。


「今日は、怖い夜やと思います。不安やと思います。でも、ここにいる人は、一人じゃないです」


コメント欄に、


《ありがとう》

《ちょっと落ち着いた》

《声聞けてよかった》


珠江は、ゆっくり頷いた。


「笑いって、こういう時にやっていいのか、正直まだ分かりません。でも、少しでも息ができる時間になるなら、それでいいと思ってます」


配信を終えたあと。


珠江はスマホを見つめた。


爆発的な再生数はない。

トレンドにもならない。


でも、確かに届いた。


ニュースの向こう側にいる人に。


その夜。


珠江はネタ帳に書いた。


《笑いは不謹慎になることもある》

《でも、灯りになることもある》

《大事なのは、相手の今を見ること》

《無理に笑わせない》

《同じ夜にいることを伝える》


最後に、こう書いた。


《今日は笑いじゃなくて、声を届けた》


外では、まだ雨が降っている。


でも、画面の向こうで、少しだけ安心して眠れる人がいるかもしれない。


珠江はそう思った。



次回予告


第30話「戻ってくる日常」


大雨と停電の夜を越え、少しずつ日常が戻り始める。


しかし、その日常は以前と同じではなかった。


笑いの意味。

舞台の意味。

声を届ける意味。


珠江は、もう一度問い直す。


次回、第30話

「戻ってくる日常」


失われかけた日常の中で、笑いは何を取り戻せるのか。

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