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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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3/23

笑いは落ちている

 

第3話


「笑いは落ちている」


2060年代。


AIが作ったネタが、当たり前のように劇場を埋める時代。


構成は完璧。

間も計算済み。

客層ごとの反応まで予測されている。


それでも、爆笑発電所の看板タレント、M&Y――青柳光子と柳川優子だけは違っていた。


台本は一切使わない。


その日、そこにいる観客の空気を読み、会話を拾い、瞬間でボケとツッコミに変える。


しかも劇場は常に満員。


音楽ユニット・ファイブピーチ★としても数多くの楽曲をヒットさせ、笑いも音楽も、人間の手で生み出すことにこだわり続けている。


笠木珠江にとって、光子と優子、そしてファイブピーチ★のメンバーは憧れだった。


「台本なしで、あんだけ笑い取るって……どうなってんねやろ」


珠江は、楽屋の隅で配信映像を見つめていた。


画面の中のM&Yは、観客の何気ない一言を拾い、ほんの数秒で客席全体を爆笑に変えている。


無理に笑わせている感じがない。


拾っている。

受け取っている。

返している。


珠江はネタ帳を開いた。


自分も、ネタは拾っているつもりだった。


最終電車の酔っ払い。

路地裏の猫の喧嘩。

父・勝一のぼやき。

母・美沙子の鋭い返し。

弟・一郎の新人商社マンとしての情けない日常。


笑いは確かに落ちている。


でも、それを舞台で爆笑に変えられない。


その差が、珠江には悔しかった。


「見えてるのに……拾えてへんのかな」


その夜、珠江はいつもの劇場に立つ。


ネタは前日に仕込んだ「最終電車と猫の恋」。


手応えはある。

自信もあった。


けれど客席の反応は、思ったほど伸びない。


数人は笑う。

でも、大きな波にならない。


珠江は舞台上で一瞬だけ迷う。


ここでAIネタなら、もっと強いオチを入れる。

もっと分かりやすく、もっと鋭く、もっと確実に笑いを取りにいく。


でも珠江は、客席の奥を見た。


一人の女性が、静かに笑っていた。


大爆笑ではない。

でも、確かに笑っていた。


珠江はその笑顔に気づく。


そして、用意していた流れを少しだけ変えた。


「今、奥のお姉さんだけ分かってくれましたね。ありがとうございます。猫の恋愛事情って、人間よりだいぶ潔いんですよ。本命に逃げられても、残った二匹でまだ揉めるんです。あれ、恋やなくて会議です」


客席から、少し笑いが起きた。


珠江は続ける。


「うちの弟も会社で毎日会議してますけど、本人いわく“何を決めたか分からんけど疲れた”らしいです。猫も商社マンも、議事録だけはAIに任せた方がええ」


今度は、さっきより大きく笑いが起きた。


珠江は息を吸う。


少しだけ、分かった気がした。


笑いは落ちている。


でも、拾うだけでは足りない。


その場にいる誰かへ渡して、初めて笑いになる。


終演後、珠江は楽屋でネタ帳に書く。


「笑いは拾うもの。でも、届ける相手を間違えたら、ただのメモになる」


スマホには、M&Yの満員ライブ映像が流れている。


光子が客席を見ながら、即興で言う。


「笑いはな、落ちてるんやない。人の顔に書いてあるんよ」


優子がすぐに返す。


「せやけど、読めん人が読んだら、ただの落書きたい」


客席は爆笑。


珠江は悔しそうに笑う。


「……やっぱり、すごいわ」


そして、ネタ帳の最後にこう書いた。


「見えてるのに、拾えないものがある。けど、見ようとせんかったら、一生拾われへん」


第3話は、珠江が“ネタを拾う芸人”から、“人を見る芸人”へ少しだけ進む回になる。

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