雨が止まない街
第28話
「雨が止まない街」
雨は、何日も降り続いていた。
大阪の空も重かった。
テレビのニュースでは、各地の被害が次々と映し出される。
冠水した道路。
土砂が流れ込んだ住宅地。
避難所に身を寄せる人たち。
泥だらけのランドセル。
動かなくなった車。
珠江は、リビングで画面を見つめていた。
「……これ、笑いとか言うてる場合なんかな」
勝一も、美沙子も、一郎も黙っていた。
劇場からは予定通り出演依頼が来ている。
配信も、待ってくれている人がいる。
でも、珠江はネタ帳を開けなかった。
今、笑わせていいのか。
今、笑っていいのか。
その問いが、胸に重く沈んでいた。
夜、珠江は配信を始めた。
いつものようなネタ帳配信ではなかった。
「今日は、笑いの配信にするか迷いました」
コメント欄が静かに流れる。
「被災してる人がいる中で、私がしょうもない話してええんかなって思いました。でも、何も言わんのも違う気がしました」
珠江は深く息を吸う。
「今日はネタはしません。被災地の情報と、支援先を一緒に確認する時間にします」
コメント欄に、少しずつ反応が増えた。
《ありがとう》
《それでいいと思う》
《避難情報助かる》
《笑いはまた後でいい》
珠江は、画面の向こうにいる人たちと一緒に、公式情報を確認していった。
避難所。
交通情報。
支援物資。
義援金。
笑いより先に、守らなければならないものがある。
その夜、珠江はネタ帳ではなく、別の紙に書いた。
《今は笑わせるより、無事を確認する》
《笑いは逃げ場になれる。でも、現実から目をそらす道具にしてはいけない》
《守ることが先》
配信終了後、涼子からメッセージが届いた。
《今日、笑わせようとしなかった珠江さんを見て、余計に信じられました》
珠江は、静かに画面を見つめた。
笑わない勇気も、芸人には必要なのかもしれない。
翌朝。
雨はまだ止まなかった。
珠江はネタ帳を開き、一行だけ書いた。
《雨が止まない街にも、いつか笑いが戻るように》
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次回予告
第29話「ニュースの向こう側」
被災地の現実を前に、笑いを封じた珠江。
しかし、画面の向こうには、避難所で不安な夜を過ごす人たちがいた。
「少しでいいから、いつもの声が聞きたい」
その声に、珠江は再び悩む。
次回、第29話
「ニュースの向こう側」
笑いを届けることは、不謹慎なのか。それとも、誰かの灯りになるのか




