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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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消えかけた居場所

 第25話

「消えかけた居場所」


 劇場から、正式に告げられた。


「来月から、珠江さんの出演枠を減らします」


 覚悟はしていた。


 でも、実際に言われると、胸の奥が静かに沈んだ。


 AIネタ芸人は数字を取る。

 短尺動画も伸びる。

 チケットも動く。


 劇場としては当然の判断だった。


 珠江は頭では分かっていた。


「……分かりました」


 そう答えるしかなかった。


 帰りの南海電車。


 窓に映る自分の顔を見ながら、珠江はつぶやく。


「居場所って、減るんやな」


 舞台に立ちたい。

 でも、立てる場所が減っていく。


 その現実は、思っていたより冷たかった。


 家に帰ると、一郎が言った。


「姉ちゃん、配信やってみたら?」


「配信?」


「劇場の枠が減るなら、自分で場所作ったらええやん」


 珠江は眉を寄せる。


「私が? 家で? 画面に向かって?」


「そう。今どき普通やで」


 勝一が新聞を下ろす。


「家で舞台やるんか。ほな俺ら観客か」


 美沙子がすぐ言う。


「観客というより、素材やろ」


 珠江は少し笑った。


「……まあ、やってみるか」


 数日後。


 珠江は初めて、自宅から配信を始めた。


 タイトルは、


 《笠木珠江の終電ネタ帳》


 最初の視聴者は、少なかった。


 十人。

 二十人。

 三十人。


 劇場の客席よりずっと小さい。


 けれど、コメントが流れる。


 《こんばんは》

 《初配信?》

 《南海ネタ好きです》

 《湯たんぽ芸人、来た》


 珠江は画面の前で少し照れる。


「どうも、笠木珠江です。劇場の出演枠が減ったので、家のリビングを不法占拠して舞台にしました」


 コメントが少し流れる。


 《笑った》

 《リビング劇場》

 《家族いる?》


 珠江は台所を見る。


「母がいます。今、包丁持ってるので下手なこと言えません」


 コメントが増える。


 勝一が横からぼそっと言う。


「俺もおるぞ」


 珠江が振り返る。


「勝手に出演せんでええ」


 一郎が画面外から言う。


「俺は新人商社マン代表として待機してます」


 珠江は思わず笑った。


 配信は、劇場とは違った。


 客席の顔は見えない。

 笑い声も聞こえない。


 でも、文字が返ってくる。


 遅れて、ぽつぽつと。


 珠江は戸惑いながらも、南海電車ネタを話した。


 普通列車。

 急行。

 特急。

 寝過ごして関空。


 コメント欄が少しずつ温まる。


 《普通列車の気持ち分かる》

 《自分も各駅停車人生》

 《関空まで寝過ごしたの強い》

 《家族のツッコミ込みで見たい》


 珠江は気づく。


 これは舞台ではない。


 でも、別の形の客席だ。


 画面の向こうにも、人がいる。


 終盤、君原涼子からコメントが流れた。


 《今日も声、届いてます》


 珠江は一瞬、言葉に詰まった。


 そして、笑った。


「ありがとう。劇場の席は減ったけど、声を置ける場所は、まだ作れるんやな」


 配信が終わるころ、視聴者は百人を超えていた。


 大成功ではない。


 でも、ゼロではない。


 珠江はネタ帳に書いた。


 《居場所は与えられるだけじゃない》

 《作ることもできる》

 《画面の向こうにも客席がある》

 《笑い声は聞こえない。でも文字で返ってくる》

 《配信は新しい普通列車かもしれない》


 最後に、こう書く。


 《消えかけた居場所の外に、小さな舞台があった》


 次回予告

 第26話「それでも続ける理由」


 初めての配信で、小さな手応えを得た珠江。


 しかし、劇場の出演枠削減は変わらない。


 配信も、すぐ大きく伸びるわけではない。


 それでも珠江は、ネタ帳を開く。


 なぜ続けるのか。

 誰のために続けるのか。


 次回、第26話

「それでも続ける理由」


 消えかけた場所の先に、まだ声を届ける道がある。

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