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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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広がらない笑い

 第23話

「広がらない笑い」


 涼子に届いた。


 それだけで、珠江は少し前に進める気がしていた。


 けれど劇場に戻ると、現実はまた違う顔をしていた。


 ボールとバットのネタは、客席で確かに笑いを取った。


「ボールです。150キロで飛ばされてます。人生のスピード違反です」


 客席は笑う。


「バットです。急に振られてます。硬いボールを正面から受け止めて、こっちも手ぇしびれてます」


 また笑いが起きる。


 悪くない。


 いや、むしろ良かった。


 しかし、終演後の配信データは伸びなかった。


 切り抜き動画も回らない。

 コメントも少ない。

 話題にもならない。


 スタッフが申し訳なさそうに言う。


「珠江さんのネタ、現場ではいいんです。でも、拡散となると少し弱くて……」


 珠江は頷いた。


「分かってます」


 分かっている。


 でも、胸の奥は痛い。


 届いているのに、広がらない。


 誰かには残っているのに、数字にはならない。


 それは、価値がないということなのか。


 その夜、珠江は家で一郎に聞いた。


「なあ、広がらん笑いって、意味ないんかな」


 一郎は仕事用の資料を片づけながら顔を上げた。


「俺はあると思うけど」


「なんで?」


「会社でもそうやで。大きい会議で通る話ばっかりが大事とは限らん。昼休みに先輩が一言言うてくれて助かる時もある」


 珠江は黙った。


 勝一が新聞を下ろす。


「広がる笑いは花火や。広がらん笑いは湯たんぽや」


 美沙子がすぐに言う。


「お父ちゃん、今日たとえが昭和すぎる」


 勝一は胸を張る。


「昭和は熟成や」


 珠江は少し笑った。


 でも、その言葉は残った。


 花火のような笑い。

 湯たんぽのような笑い。


 派手に広がる笑いもある。

 小さく温める笑いもある。


 どちらも、笑いには違いない。


 翌日。


 涼子からメッセージが届いた。


 《昨日のボールとバットのネタ、今日の朝も思い出して少し笑いました》


 珠江は画面を見つめる。


 一日遅れで届いた笑い。


 それは数字にはならない。


 でも、涼子の朝を少し変えた。


 珠江はネタ帳を開いた。


 《広がらない笑い》

 《でも、残る笑い》

 《花火と湯たんぽ》

 《切り抜かれなくても、誰かの朝に残る》

 《届くことと広がることは違う》


 その日の舞台。


 珠江は冒頭で言った。


「最近、私のネタはバズらないと言われます。まあ、バズる前に終電に乗って帰りますからね」


 客席が笑う。


「でも思ったんです。笑いにも花火みたいなんと、湯たんぽみたいなんがあるなって」


 少しざわつく。


「花火はドーンと上がって、みんなが見る。湯たんぽは誰にも見られへんけど、布団の中で一人を救う」


 客席が静かになる。


 珠江は少し笑う。


「私はたぶん、湯たんぽ芸人です。派手さはないけど、低温でじわじわいきます」


 今度は温かい笑いが起きた。


 珠江はその笑いを、丁寧に受け取った。


 広がらない。


 それでも、届いている。


 なら、まだ続けられる。


 次回予告

 第24話「失敗の価値」


 広がらない笑いにも価値がある。


 そう思い始めた珠江だったが、次の舞台で思わぬ言い間違いをしてしまう。


 一瞬、空気が止まる。


 しかし、その失敗から予想外の笑いが生まれる。


 次回、第24話

「失敗の価値」


 完璧ではないからこそ、生まれる笑いがある。

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