置いていかれる笑い
第18話
「置いていかれる笑い」
珠江は、いつものように南海電車に乗っていた。
ホームに入ってくる急行。
人が一気に乗り込む。
次に来た特急。
こちらも混雑している。
そのあとに来た普通列車は、少しだけ空いていた。
珠江は窓際に座り、ぽつりと言った。
「そんなにスピードが大事なんかなぁ」
短尺動画。
即オチ。
数秒で判断される笑い。
今の時代は、まるで急行と特急ばかりを求めているようだった。
珠江はネタ帳を開く。
《南海電車シリーズ第二弾》
《普通列車のぼやき》
《急行列車のぼやき》
《特急列車のぼやき》
まず、普通列車。
「どうも、普通列車です。各駅に停まります。誰も褒めてくれません。でも、誰かの最寄り駅には、私しか停まらんのです」
珠江は小さく笑った。
次に急行列車。
「急行です。速いです。でも通過する駅のホームで、たまにめっちゃ見られます。“お前も停まれや”って顔で」
そして特急列車。
「特急です。座席指定です。ちょっと偉そうに見えます。でも本音を言うと、遅延した瞬間のプレッシャーが半端ないです」
珠江はペンを走らせる。
普通列車は、置いていかれる側ではない。
急がない人、急げない人、近くまで帰りたい人を乗せている。
急行列車は、速いけれど全部を拾えない。
特急列車は、期待される分、失敗できない。
「……これ、芸人にも似てるな」
その夜、珠江は舞台に立った。
「最近、笑いも電車も速い方が人気です。でも、普通列車にも言い分があると思うんです」
客席が少し笑う。
珠江は普通列車の声で言う。
「私は普通列車です。遅いと言われます。でも、あなたの家の近くまで行くの、だいたい私です」
笑いが起きる。
「急行さんは言います。“俺は速い。でも通過する駅の人に毎回ちょっと恨まれてる”」
笑いが広がる。
「特急さんは言います。“私は特別料金をいただいております。その分、遅れた時の空気は地獄です”」
さらに笑い。
珠江は一拍置いた。
「速い電車も必要です。でも、全部が特急になったら、近所の駅に帰られへん人が出るんです」
客席が静かになる。
「笑いも、たぶん同じです。すぐ届く笑いも必要。でも、ゆっくり停まりながら届く笑いがあってもええんちゃうかなって」
奥の席で、涼子が少し笑った。
珠江はそれを見て、少しだけ力を抜いた。
終演後。
SNSの反応は派手ではなかった。
でも、こんな書き込みがあった。
《普通列車のネタ、刺さった》
《自分は普通列車側の人間かもしれない》
《速い笑いに疲れてたから、ちょうどよかった》
珠江はネタ帳に書いた。
《置いていかれる笑いではなく、各駅に停まる笑い》
《速さで拾えない人がいる》
《普通列車にも役割がある》
《私は特急にはなれない。でも、誰かの最寄り駅には停まれるかもしれない》
最後に、こう書く。
《遅れて届く笑いにも、乗る人はいる》
次回予告
第19話「初めての無音」
普通列車のネタで、小さな手応えを得た珠江。
しかし次の舞台で、彼女はこれまでにない沈黙に襲われる。
笑いが起きない。
反応がない。
届いているのかすら分からない。
次回、第19話
「初めての無音」
客席の沈黙が、珠江の声を飲み込んでいく。
第19話「初めての無音」
普通列車のネタで、小さな手応えを得た珠江。




