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笠木珠江物語〜へこたれてたまるか〜  作者: リンダ


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トレンドという壁

第17話


「トレンドという壁」


劇場の外に出ると、笑いは“短く”なっていた。


十五秒。

十秒。

五秒。


流行語は一晩で生まれて、一晩で消える。

動画は次の動画に飲み込まれ、記憶に残る前にスクロールされる。


珠江のネタは、そこに追いつかない。


「数秒で笑わせる時代、か……」


スマホを閉じる。


トレンドに合わせようと思えば、できなくはない。

でも、どこかで違和感が残る。


その日の舞台。


珠江はあえて、最初の一言を少し遅らせた。


客席の空気を見て、呼吸を合わせてから話し出す。


だが、前の芸人が一瞬で笑いを取った直後だった。


客席の“期待の速度”が速い。


珠江が間を取ると、わずかなざわつきが生まれる。


(遅い、と思われてる)


それでも珠江は続けた。


「最近、私の笑いは古いって言われるんです」


客席が少し反応する。


「ほな思ったんです。落語って、江戸時代からあるけど、あれ古いんかなって」


少し笑いが起きる。


「『目黒のさんま』って話、今聞いても面白いですよね。殿様が“さんまは目黒に限る”って言い切るあれ」


客席に、分かる人の笑いが広がる。


珠江は一拍置く。


「時代は変わってるのに、笑えるんです。なんでやろ」


珠江は少しだけ視線を上げた。


「たぶん、“人”が変わってへんからやと思うんです。見栄張る人も、お金の価値が分からん人も、今もおる」


笑いが少し深くなる。


「ネタの形は古くても、中にいる人が今も生きてるから、笑える」


奥の席で、涼子が静かに聞いていた。


珠江は続ける。


「逆に、どれだけ新しい言葉でも、中に人がおらんかったら、すぐ流れてまう」


客席が静かになる。


珠江は最後に軽く笑う。


「だから私のネタも、古いんやなくて“熟成中”やと思うことにしました。まだ食べ頃じゃないだけです」


客席から、柔らかい笑いが起きた。


舞台を降りる。


爆発はなかった。

でも、確かに届いた手応えはある。


楽屋に戻ると、レンが言った。


「今日の話、よかったです」


「遅かったやろ」


「ちょっとだけ。でも、その分、後半の笑いが残ってました」


珠江はネタ帳を開く。


《トレンドは速い》

《でも、人はそんなに速く変わらない》

《古い=価値がない、ではない》

《落語は古いけど、今も笑える》

《人が生きてるネタは残る》

《熟成という考え方》


その日の帰り道。


南海電車の窓に映る自分を見ながら、珠江はつぶやいた。


「速さで勝てんのやったら、残り方で勝つしかないな」


そのとき、スマホに通知が来た。


短い動画。


誰かが珠江のネタの一部を切り抜いて投稿していた。


《古いんやなくて熟成中》


再生数は、まだ少ない。


でもコメントがついていた。


《この一言、なんか残る》

《今の時代に逆らってる感じが好き》

《すぐ笑えないけど、後からじわっとくる》


珠江は小さく笑った。


トレンドには乗っていない。

でも、完全に置いていかれているわけでもない。


遅れて届く笑いが、確かにある。


珠江はネタ帳に最後の一行を書いた。


《速さでは負ける。でも、残るなら勝てるかもしれない》



次回予告


第18話「置いていかれる笑い」


トレンドの速さに抗いながら、自分の笑いを貫こうとする珠江。


しかし、劇場の外ではさらに厳しい現実が待っていた。


短尺動画に最適化された笑い。

切り抜きで消費されるネタ。

長い話は“見てもらえない”。


珠江の笑いは、次第に“置いていかれる側”へと追いやられていく。


次回、第18話

「置いていかれる笑い」


届く前に流される笑いに、どう向き合うのか。

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