比較される存在 後篇
第15話・後編
「比較される存在」
珠江は、思い切って連絡を入れた。
相手は、M&Yの光子と優子。
はなまるツインズのひなたとみずほ。
そして春介・春海の双春コンビ。
AIと人間の手で作る笑いについて、どう思うのか。
それを聞きたかった。
最初に答えたのは光子だった。
「AIは道具やね。包丁と同じ。よう切れる包丁を持ったからって、料理人になれるわけやなかろ?」
優子が続ける。
「問題はAIを使うかどうかやなくて、笑いの責任を誰が持つかたい」
珠江は黙って聞いた。
ひなたが言う。
「AIの笑いは速いです。整理も上手い。でも、“なぜその人がその笑いを出すのか”までは、本人が持たないと薄くなると思います」
みずほも頷いた。
「人間の笑いは遠回りですよね。拾って、悩んで、滑って、また直す。でも、その遠回りに温度が残る」
春介が明るく言う。
「僕らも小さい頃から舞台立ってるけど、台本どおりに笑いが起きたことなんて、むしろ少ないです」
春海が笑って続けた。
「お客さんの顔見て、“あ、今日そこじゃない”って変えるんよね。笑いって、予定表じゃなくて天気予報に近い」
珠江は思わずメモを取る。
光子が少し真剣な声になる。
「うちらは三歳の頃から舞台に立って、もうすぐ芸歴四十年やけど、いまだに正解は分からんよ」
優子も言う。
「ただ一つ言えるのは、笑いは“相手ありき”たい。自分が面白いと思うだけでは届かんし、AIが面白い形を出しても、誰に向けるかを見失ったら薄くなる」
珠江は尋ねた。
「じゃあ、AIの笑いはダメなんでしょうか」
光子はすぐ首を振った。
「違う違う。ダメやない。AIで救われる人もおるかもしれん。使う人の覚悟次第やね」
優子が言う。
「AIを使っても、自分の目で見て、自分の声で届けるなら、それはその人の芸になるたい。でも、AIに全部預けて、自分は読むだけなら、芸やなくて再生機になる」
ひなたが静かに言った。
「人間の手で作る笑いは、不完全です。でも、不完全だから、誰かが入り込める余白がある」
みずほが続ける。
「完璧な笑いはすごい。でも、疲れてる人には、少し隙のある笑いの方が届くこともある」
春介が言う。
「AIは笑いを作れる。でも、“一緒に滑る”ことはできない気がする」
春海が頷く。
「滑ったあとに、“今のなし!”って笑って立て直すのは、人間の強さやもんね」
珠江は胸が熱くなった。
比べられて、傷ついていた。
古いと言われて、揺れていた。
でも、彼女たちはAIを敵にしていなかった。
ただ、人間が手放してはいけないものを見ていた。
最後に光子が言った。
「珠江さん。人間の笑いは、手間がかかる。効率悪い。滑る。傷つく」
優子が続ける。
「でも、その手間の中に、その人の人生が入るたい」
珠江は小さく頷いた。
「私の笑いにも、人生が入りますか」
光子は笑った。
「入っとるよ。関空まで寝過ごした人生が」
春介が吹き出す。
「それ、強すぎる人生ですね」
春海も笑う。
「南海電車もびっくりやん」
珠江は初めて、画面の前で声を出して笑った。
その夜、珠江はネタ帳に書いた。
《AIは道具》
《笑いの責任を誰が持つか》
《人間の笑いは遠回り》
《遠回りに温度が残る》
《完璧な笑いには隙がない》
《不完全な笑いには、誰かが入れる余白がある》
《滑ったあとに立て直すのも芸》
そして最後に、大きく書いた。
《私の笑いは、効率が悪い。でも、そこに私がいる》
珠江はペンを置いた。
比較されることは、これからもある。
でも、もう少しだけ、自分の声を信じてもいい。
そう思えた夜だった。




