比較される存在
第15話
「比較される存在」
SNSの投稿は、何気なく流れてきた。
《北川レン、今日も爆笑。AIネタ強すぎ》
《笠木珠江、嫌いじゃないけど古い》
《人力ネタの限界って感じ》
《AI時代に取り残された芸人》
珠江は、スマホを持つ手を止めた。
分かっていた。
そう言われることくらい。
でも、文字で見ると刺さる。
「古い、か」
その日の劇場でも、比較の空気はあった。
レンが出れば、客席は一気に沸く。
珠江が出れば、じわじわ温まる。
悪くない。
けれど、派手さでは勝てない。
終演後、珠江は楽屋でレンと顔を合わせた。
レンは申し訳なさそうに言った。
「すみません。俺と珠江さん、比べられてて」
珠江は首を振る。
「レンくんが謝ることちゃうやろ」
「でも……俺、ああいう投稿見ると、自分が珠江さんの場所を削ってるみたいで」
珠江は少し黙ったあと、言った。
「私も傷つく。でも、レンくんも傷ついてるんやな」
レンは苦笑した。
「ウケてるのに、ずっと怖いです。AIのおかげって言われるのも怖いし、AIなしでやれって言われるのも怖い」
珠江はネタ帳を閉じた。
「比べられると、自分の声が遠くなるな」
「はい」
「私も今日、舞台で一瞬思った。“レンくんならここでどう笑い取るやろ”って」
「俺も思います。“珠江さんなら、ここで何を拾うんやろ”って」
二人は、少しだけ笑った。
ライバルなのに。
比べられる相手なのに。
互いに、相手の中に自分にないものを見ていた。
その夜の舞台。
珠江はマイクの前に立った。
「最近、SNSで“笠木珠江は古い”って書かれました」
客席が少しざわつく。
珠江は笑う。
「古いって何やろなと思って。人間で手作りしてるから古いんやったら、うちのお母ちゃんの味噌汁も古いです。でも、朝飲んだら勝つんですよ」
笑いが起きる。
「AIが作ったネタは、最新です。うちのネタは、最終の南海電車で拾ってます。そら最新には勝たれへん。こっちは終電ですから」
客席が大きく笑う。
珠江は一拍置いた。
「でも終電にも、終電にしか乗ってへん人がおるんです」
笑いが少し静まり、温かい空気になる。
「仕事で疲れた人。酔っ払ってご機嫌なおっちゃん。寝過ごして関空まで行く芸人。最新じゃないけど、そこにしか落ちてへん声があります」
奥の席で、涼子がじっと見ていた。
そして、ほんの少し笑った。
終演後、レンが珠江に言った。
「今日のネタ、すごかったです」
「比較された恨みを燃料にしました」
「怖い燃料ですね」
「芸人はだいたい、傷を燃やして舞台立ってるんやと思う」
レンは深く頷いた。
珠江はスマホを開いた。
まだ比較投稿はある。
でも、その中に一つ、別の投稿が混ざっていた。
《笠木珠江のネタ、派手じゃないけど帰り道に残る》
《レンは爆笑、珠江は余韻。どっちも必要》
珠江はその投稿をしばらく見つめた。
「どっちも必要、か」
比べられることは、これからもある。
でも、同じ笑いで競う必要はない。
珠江はネタ帳に書いた。
《レンくんにはレンくんの爆発》
《私には私の余韻》
《古いんじゃない。終電の声》
《比較されても、自分の線路を走る》
そして最後に、こう書いた。
《誰かと比べられても、私の声まで捨てなくていい》
次回予告
第16話「勝てない構造」
SNSの比較を越え、珠江は自分の笑いを見つめ直す。
しかし、劇場の評価システムは残酷だった。
再生数。
滞在率。
拡散力。
収益性。
数字は、AIネタ芸人に圧倒的に有利だった。
次回、第16話
「勝てない構造」
笑いの価値は、数字だけで決まるのか。




