第11話「Battle of Arcane Might ③」
「……………………」
「ハーッハッハハハ!!やったぞ!!遂に俺はやった!!」
マリンの心臓を貫いたという確かな手応え。
先程までのポーカーフェイスっぷりが嘘のようにガイは歓喜する。
寧ろ、先程まで感情を抑制していた反動なのかも知れない。
「これでもう『永遠の生命』などという戯けたものは根絶された。俺の……いや、死の教団の勝利だ!!」
「優……太……?」
麗美の視線の先では刺突され、その剣が突き刺さったままのマリンが夥しい血を流し、まるで魚のようにパクパクと口を動かしている。
あまりにもショッキングな光景。
「なに……これ?なん……なの?」
目を背けたいのに背けられず、ここから逃げ出したいのに足は動かず。
麗美はただ呆然と立ち尽くしていた。
「ハーーーハハハハハハ」
止まぬガイの高笑い。
十年近く掛けた計画が実を結んだのだから致し方ない。
マリンの体から未だ剣を引き抜かないのもその感触を長く味わいたいからであった。
歓喜に満ち満ちた表情のまま麗美の方へ顔を向ける。
「おい、小娘!!」
「え……?」
突然呼ばれ、麗美は咄嗟に返事をしてしまう。
そして、すぐに恐怖で体中が震え出していた。
それを見てガイは再び笑い声を上げる。
「そう怯えるな。俺は今とても気分がいい。ことが終わった以上、目撃者だからといって子供の生命をわざわざ奪うつもりもない。貴様のことは見逃してやろう」
ガイのその言葉はまさに生殺与奪を握った者の発言であった。
「……許さない」
振り絞るような声であった。
麗美の体は相変わらず恐怖で極寒の中にいるが如く震えていたものの、その目は怒りを帯びながらガイのことを見ている。
「許さない!!よくも優太を!!」
「ハーーハハハハ!!威勢がいいな小娘。死の教団にスカウトしてやりたいところだ。だが、貴様のそれは勇気でも無ければ蛮勇ですらない。ただの無鉄砲で無意味な行動だ。それは覚えておいて損は無いぞ」
「!!!!!!!!」
何か言い返してやりたいと言いたげな表情の麗美だったが、そこから先は言葉が出ないでいた。
片方の手で防犯ブザーを握り締めていたが、それでどうにかなるものでもないということが彼女なりにもそれとなく理解しているようであった。
「……………………!!」
麗美は目からボロボロと大粒の涙を零す。
悲しみ、恐怖、悔しさ。様々な感情が綯い交ぜになっていた。
「……ゆうたぁ」
ピクリとも動かないマリンへ向け、彼女の知るその名を呼ぶ。
「ゆうたぁ……ゆうたぁ!!」
「さて、そろそろこの場を去るとしようか」
ガイがチャームを取り出し、剣をマリンから引き抜こうとした。
その瞬間であった。
「そうはさせないよ」
マリンの目に生気が戻った。
──数分前。
《マリン様!》
《ガーティ!?切った筈の念話を送り込んでくるなんて何があったんだい?》
《公園にあの小娘が近づいて来てます!もしかしたら、中に入るかも知れません!!》
《何だって!?》
(ガーティの言う『あの小娘』とは、十中八九宍戸 麗美のことだろうな。お節介焼きな彼女ならば、いつの間にかいなくなった僕のことを探しに来てもおかしくはない。あの子の性質上、集団下校中に抜け出すようなことはしないだろうから、一度帰宅してから、僕の捜索に出掛け、公園の方まで来た…といったところか)
僅かな時間でマリンはそう思考する。
《どうしますマリン様!?ワタクシならばあの小娘を追い払うことも出来ますが?》
《そうしてくれると助かる!……いや、待てよ。この状況は使えるかも知れない。ピンチはチャンスって奴か》
マリンに妙案が浮かんだ。
《ガーティ、策がある!彼女を中へ誘導してくれ》
《!!はい、分かりました!!》
そう言うとガーティの念話がすぐに切れた。
(流石はガーティ。僕に聞き返したりなどせず、即座に行動に移してくれる。君は本当に最高のパートナーだよ)
直前までのやり取りなど、まるで無かったかのような表情でマリンは目の前の男を見据える。
(……宍戸麗美、謝って済む問題ではないのは重々承知だけれども、敢えて言葉にするならば君を危険に晒すことを許して欲しい。その代わりに必ずこれで決めるから!)
──そして現在。
「ガイ・グラン!最後の最後で墓穴を掘ったな!」
マリンは口内から血を吐き出されるのも構わず叫ぶように言った。
「何ぃ!?何故生きている!?」
ガイは少なくともマリンの知る限りでは、初めて狼狽した表情を見せる。
「確実に心臓を貫いた筈だ!!」
「その答えを君が知ることは無い!未来永劫にね!!」
マリンはガイの手を掴むと魔術を流し込むように放った。
麗美にすら聞こえそうな程に辺り一面に響き渡る何かが砕け散る音。
直後、ガイは目を虚ろにしながら、膝から崩れ落ちる。
「……………………」
(……心を砕く魔術。あの時よりも精度と効力を増した上に直接流し込んでやったから、この男の心が回復することは決してないだろう)
肩で息をしながらマリンはチラリと公園の時計を見やった。
(……この体が世に生まれ出でてから十と一年が過ぎている。無事に『不老不死の魔術』が発動して良かったよ。フフ、この世界では病院で出産されたのであれば、何時何処で産まれたかを細かに記録してるという。この体の母親に会いに行く時に園長から聞いた話だったけれども、僕のこの体も産まれたのは病院だったようだからその記録は残っていた。こういうのを覚えておくとこのように活用出来たりするのさ)
マリンは先程ガーティと二人の時に「不老不死の魔術」を魂に刻み込んでいたのであった。
発動可能となる魔力量に達する十一年目のその時刻には人知れず発動するように。
(奴が僕を殺したと確信し、油断してる内に心を砕く魔術の詠唱を終える。何とか上手くいったようだ。奴もまさか僕が子供の内に『不老不死の魔術』を発動させられるとは思っていなかったに違いない。奴が最も恐れていたのは『転生の魔術』でまた逃げられることだろうからね)
ガイからすれば「異なる異世界へ渡る魔術」は自分たちでも実現可能な魔術であり、実際に使っている。
また、「魂の行方を追跡する魔術」を生み出せるくらいなので、少なくとも魂に関する魔術も研究はしている。
この前提であれば、マリンが「転生(ガイからすれば、転生と確信していたわけではないが)の魔術」を使用することは可能かも知れないとなる。
故にガイはマリンが「転生の魔術」を使えないという確信が持てるまでは慎重に動いていたのだ。
しかし、そこにガイの誤算があった。
それは「不老不死の魔術」は「転生の魔術」よりも習得が困難であるという思い込みである。
「死」を尊び、奉る「死の教団」、その教主故に不老不死を憎んでいた。だが、皮肉にもその憎悪が「不老不死の魔術」の価値を当人の中で必要以上に高めていたのである。
つまりは、"「転生の魔術」を使えないのであれば、当然「不老不死の魔術」も使えないだろう。"
それがガイの導き出した答えであった。
(勿論、『不老不死の魔術』は決して容易く習得出来る魔術じゃあない。けれども、僕には『転生の魔術』で前の世界で得た数百年の知識と技術がそのまま引き継がれている。加えて、自己鍛錬も欠かさずやっていた。僕は僕の想像以上に成長したんだ。いくら君でもそこまでを予測など出来はしないだろうさ)
そして、マリンには前の世界での屈辱的な記憶もある。
(ガイ。君は勝利を確信したらその余裕を隠さない悪癖があるようだ。尤も、ちょっとやそっとの確信ではそこまで露わにはしないだろうけれどもね。加えて、僕を殺すなんて念願も念願だ。程度は分からないけれども油断をしてくれるとは思っていたよ)
全てがマリンの計算通りに見えるも、実際には綱渡りの連続でもあった。
(……まあ、ここまで上手くいったのは運も多分にある。僕が既に不老不死になってるかも知れないという奴の懸念が少しでも大きければまた違った行動を取っていたろうし、前回の反省から今回ばかりは一切油断しないという風に心掛けられていたら心を砕く魔術は使えなかった)
ガイがマリンの目の前に再び現れたその瞬間、マリンはここでこの男を何とかしなければならないということを確信していた。
(奴を野放しにしたままだったら不老不死になっても、また『転生の魔術』で逃げる羽目になるか、最悪捕らえられて前の世界でされそうになったことをされるかだったろう。いくら何でもそれはこの体をくれた小さな命に申し訳が立たなさ過ぎる。何としてもここで決着しなければならなかった)
前の肉体の時よりも手持ちの札が限りなく少ないという絶対的な不利の中でそれを求められるのはあまりに酷であったが、マリンは成し遂げた。
(……痛ッツツツツ!!!くぅ、いくら不老不死でもやはり痛いものは痛い!!)
決着で気が緩み、脳内物資の過剰分泌が収まったからなのか。突如として襲い掛かる当然の苦痛に顔を歪めるマリン。
(魔力はもう空っぽだ。回復に当てる力はもう……いや)
マリンはガイの持っていたチャームを手に取り、念じた。
すると、チャームに込められた魔力がマリンの中へ入っていく。
その全てを取り入れた後にマリンは自らへ回復の魔術を施した。
(……ふぅ。これで一先ずといったところか。あとはこれを!)
マリンは今度は痛覚遮断の魔術を施し、自分の体に突き刺さったままの剣を引き抜いた。
(……くぅぅ、痛みこそ無いけれども、この感触はあまりいいものじゃないね!)
再び、自らの体に回復の魔術を施す。
剣で貫かれた胸部はまるで何も無かったかのように塞がり、修復された。
(これで良し!)
肉体へのダメージを回復し終えたマリンは、此度の功労者の方へ視線を向ける。
麗美は目の前で立て続けにショッキングな出来事が起きたせいか、地面にへたり込みながら、またも茫然自失となっていた。
そんな彼女を見て、マリンは静かに微笑む。
(……宍戸麗美。君が僕のためにあそこまで憤慨してくれるのは完全に予想外だった。だけれども、そのお陰で奴の気が僕から大きく逸れた。その僅かな時間は僕の策の成功を間違いなく呼び込んだと思う。有難う)
「……ゆ、ゆうた?」
と、麗美の口からマリンの今の名が呼ばれた。
「ゆうた、無事なの!?生きてるの!?」
「……ああ。君のお陰で生きてるよ」
マリンは僅かに力を込めてそう返した。
麗美の目からは再び大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
「うわあああああん。よかった!!よかったよ、ゆうたぁ!!!」
「……………………」
麗美の心からのその言葉を聞き、マリンは過分な申し訳無さを覚えていた。
(君を危険に晒してしまったこともそうだけれども、僕が死んだかも知れないということでこんなにショックを与えてしまうとは思わなかった。これは完全に僕の落ち度だ)
「……ごめんなさい」
マリンは麗美にただ一言そう告げる。
麗美は泣きじゃくりながらも、そのマリンの言葉が耳に届いたのかうんうんと頷いていた。
「……そして、重ね重ね申し訳ない」
マリンは素早く詠唱を終えると、その指で麗美の額へと触れる。
すると、麗美は突然眠るように目を閉じた。
「……君はあんなことを覚えてちゃいけない。次に目を覚ました時には先程までのことはすっかり忘れている筈だ」
《記憶改竄の魔術ですか》
ガーティがマリンの元へとことこと来ていた。
《ワタクシとしては小娘の活躍が忘却の彼方へなのでいいんですケド、マリン様はよろしいんで?》
《ああ。この子はこんな血なまぐさいこととは無縁であるべきだ。それに、彼女の受けた恐怖はもしかしたらその心に傷を残したかも知れないしね。忘れてしまうに限る》
《そういうものですか。ま、ワタクシはマリン様のやることは基本的には賛成ですケドね》
《フフ、そう言ってくれると僕も救われるよ。さて!》
マリンは麗美の体を起こすと、その小さい背中に彼女を背負った。
(一先ずここから去るとしようか。監視カメラとかいうのがあるから映らないようにしないとね!)
こうしてマリンを突如襲った前の世界から続く戦いは終わったのであった。




