第10話 「Battle of Arcane Might ②」
再び向かい合う両者。
内心ギリギリながらも冷静に努めようとするマリンと無表情ながらも伺い知れる余裕を崩さないガイ。
対照的な二人と言えた。
「……よく僕がこの世界にいると分かったね?」
マリンはそう問いを投げ掛ける。
その答えの見当は凡そついているが、会話をすることで相手の隙をつけないかを探る意味合いがあった。それ以外にも、その返答の仕方、声音などで相手の感情が分かればそれだけでも有利に場を進めることも出来るかも知れない。
「……貴様のことだ。俺が言わずとも既に理解しているのではないか?」
だが、ガイはそんな思惑などお見通しだぞとでも言いたげに淡々とそう返す。
その言葉の中から得られた情報は殆ど無いに等しい。
(……明らかに舐めて掛かって来ているのに、その目は僕の一挙手一投足を見逃さないって感じだ。油断も隙もないってのはこういうことを言うんだろうね)
「問答は無用。今の俺はこれ以上、貴様と語る舌は持ち合わせてはおらんのでな」
一方的にそう言って会話を打ち切ると一歩一歩マリンへと近付いていく。
(やれやれ、時間稼ぎもさせてくれないときた。嫌になるくらいに徹底してるね)
内心そう愚痴りながらもマリンは無詠唱で魔術を発動した。
と、ガイの足元から蔦が生え、絡みついていく。
「ふむ」
だが、ガイは焦ることなく剣を抜き、絡みついた蔦を切った。
(……普通の人間ならば、これで転けたり足を止めたりしてくれるんだけれどもね。全く意に介さないってところか。それでも!)
マリンは再び同じ魔術を使った。
ガイもまた再び絡みついた蔦を処理する。無表情ながらも探るような目を崩さない。
(何を無駄なことを……と、君は思ってるだろうね)
この魔術を使い、それをガイが処理する。この時に相手が費やしたごく僅かな時間でマリンは後退し、二者間の距離を広げていた。
(その時が来るまで奴の攻撃範囲内には入らないようにする。これがまず基本だ)
マリンは先程の分け身の自分がやられた時のことを思い出す。
そこまで距離が近くは無かったのに、ガイは一瞬で目の前まで詰め寄り、抜刀と同時にマリンの喉を突き刺していた。
それを踏まえると、ガイにとって十数メートル程度の距離は問題では無いのだろう。
(剣の達人同士ならばそうはならないんだろうけれども僕はそうじゃないし、そもそも子供の体だ。狡い手はどんどん使わせて貰うよ)
蔦を生やす魔術をもう一度繰り出すもほぼノータイムで処理される。
(それならば、次はこれだ!)
マリンは無詠唱で別の魔術を行使した。
ガイの周囲を濃霧が囲う。
「……ふん!」
ガイは足を止め、剣を大きく振った。
剣から放たれた風圧で霧が払われる。
(無詠唱とはいえ、あれだけの霧を一振りで払うとは、改めて化け物だね。けれども、これでまた距離を稼げた!)
軽い詠唱の魔術であれば相手の攻撃よりも先に行使出来るくらいの距離がマリンとガイの間に生まれる。
だが、ガイがその気になれば攻撃は届かなくとも一瞬でマリンの目前まで詰められてしまう距離でもあった。
(……奴がそうしないのは、僕の罠を疑ってるからだ。少なくとも頭の片隅には入れている筈。僕にしてやられた経験があるからね)
前の世界での「転生の魔術」。
それを行使せざるを得なかったのはマリンの敗北ではあるが、同時にマリンを逃がしたガイの失態でもあった。
(あの男は目的に対しての執念が異常だ。故に、同じ失敗を繰り返すことを決して良しとはしない。僕を確実に殺すために不確実な手をあまり用いないと考えてもいいだろう。ああやってゆっくりと慎重に動いてるのがその証左だ。もしも、ただ短絡的に殺せばいいと考えているのならば、僕が視界に入った瞬間にその剣を抜いて振り下ろせばいいわけだからね)
だが、今マリンがされて困るのはその短絡的な行動の方であった。
成長速度が前の肉体の時と比べ物にならないとはいえ、まだまだ及ばないところも多い今の状態では、そのシンプルな暴力こそが最大の弱点だからだ。
(奴は、僕が転生した際に前の肉体の時と同じレベルの魔術がそのまま使えるかも知れないという可能性を考えている筈。そして、恐らく『転生の魔術』の発動条件についても確信を持ってはいない)
ガイの視点からだと、会話の途中にマリンが発光し、それを止めようと剣を突き刺した後にはマリンの体は抜け殻になっていた。
発光する切っ掛けとなった会話中の何らかの言葉が主因なのか、それともそれ自体はブラフ的なもので、マリンへ剣を突き刺したことが発動のトリガーなのか、或いは発光後に攻撃を行なうという順番が問題なのか。
マリンオリジナルで生み出した魔術に対して、たった一回の事象でその答えを確定させるのは、例え魔術に精通していたとしても不可能であるとマリンは自負している。
(で、あるならば、僕を殺すにしても"『転生の魔術』を発動させないように"という前提条件が付く以上、慎重に動かざるを得ない。そこに唯一の隙がある)
ガイが強行に出られないのであればこそ、こうして細かな魔術で相手を牽制することも出来るのだ。
(……奴もそろそろ僕の狙いには気付いてるか、若しくはその奥に更なる狙いがあるんじゃないかと勘繰っている頃だろうかね。何れにせよ、時は可能な限り稼がないといけない)
あまり長引けば、無関係の人間を巻き込みかねないものの、マリンの策には時間が必要であった。
(どれ、次は攻撃に打って出るか)
と、マリンは無詠唱で小さな火球を放つ。
使用する魔術にバリエーションを持たせることで少しでも相手がそのことに思考を割いてくれることが狙いであった。
偶然でも必然でもその思考がマリンの策に辿り着く危険性を下げたかったのである。
「……………………!」
ガイは無言で火球を切り払った。
だが、その表情は明らかに疑いを持っているようであった。
と、次の瞬間からマリンとガイの距離が先程よりも縮まり始める。
どうやらガイは進む速度はそのままに歩幅を大きくしているようであった。
(……プレッシャーの掛け方が上手いねえ。このレベルの魔術で時が稼げるのももうお終いと見た方がいいか。魔力をもう少し節約したいところだったけれどもそうはいかないか。さて、次はどうしてやろうか?)
──一方。
(『不老不死の賢者』め。貴様がこんな子供騙しで俺をどうにか出来るなどと微塵も考えてはいないのは明白だ。だが、まるで無意味なことをしているわけでもあるまい。時を稼いで何を目論んでいる?)
ガイはマリンの攻撃とも呼べぬ児戯に等しき魔術に対処しながらも、その意味について考えていた。
(もしや、この程度の魔術しか使えないのか?)
その疑念がガイの頭を過る。
(……いや、そうと決め付けるには早計が過ぎる。そう思わせて油断を誘う狙いかも知れぬし、そうやって止めを刺しに行く一撃を狙ってのことかも知れぬ。あの魔術を再び使うためにな)
マリンの推察通り、ガイは「転生の魔術」の発動条件に確信を持ってはいなかった。もっと言えば、マリンが発動させた魔術が何なのかも分かってはいなかった。
だが、マリンの魂が別の世界へ行ったこと、そして今のマリンが子供になっていることから、それらの状況証拠を以て、「別の世界へ生まれ変わりを行う魔術」という当たりをつけたのであった。
(無闇に死を与えに行く行為は奴の思う壺だろう。逸る気持ちはあるが、ここはじっくり見極めんとな)
手を伸ばせば何時でも刈れるその命。
だが、それがひょいと手の中をすり抜けるような感覚をガイは覚える。
(だが、奴に時間を与えるのも得策では無かろう。さて、どうしたものか……)
マリンからしてみれば、ガイがその殺意の強行が何時来るのかに冷や冷やし、ガイからするとマリンが何を企んでいるか読み切れない。
互いに思考の上で膠着状態である。
両者の中で特に焦りを募らせているのはマリンの方であった。
(……思っていたよりも魔力を消費しているかも知れない。そんなつもりは無かったんだけれども、結果を見れば僕は奴の対応力を甘く見ていたということだ)
マリンは時に攻撃、時に足止めとをランダムで繰り出しガイとの距離が近づき過ぎないようにしていたのだが、想定以上にガイの魔術への対処が早く、それだけ使う魔術は増えていた。
一つ一つは大したことのない魔術でも積み重なればそれなりの消費量になる。
魔力を無駄に消費し過ぎることはマリンの本意ではない。
(あと少し。僕の計算が間違っていなければ、あと少しだけ時を稼げればいい筈なんだ。魔力量もまだギリギリ足りてはいる。このまま何かイレギュラーとかが起きなければ……)
しかし、何時如何なる時でも、不測の事態というものは発生するものである。
それも起きて欲しくはないというタイミングで。
「あっ、優太!こんなとこにいた!」
不意の闖入者。
集団下校の列からいなくなったマリンを探しに来た麗美であった。
ガイの冷たく無情な眼差しが麗美を捉える。
「!!」
咄嗟にマリンは麗美の元へ走り出していた。
その表情は必死さを隠さない。
(……?何故、奴はあの小娘のところへ向かった?俺から守るためか?では、何故魔術を使わない?奴ならばその場からでも護れる結界なり盾なりを作れる筈だ。奴がその魔術を唱える隙を俺が狙っても届かぬくらいの距離は稼いでいる。それなのに見捨てるでもなく、奴自ら向かっただと?それもあんな形相で?)
ガイはマリンの取った行動を冷静に分析する。
(……使える筈の魔術を使わず、その身で小娘の元へ向かった。つまり、答えは一つ。奴は以前と同じように魔術を使うことは出来ない!)
この時を待っていたと言うかのようにガイはニヤリと笑うと、強く足を踏み出すのと同時に抜刀する。
それはまるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで。
次の瞬間、ガイの剣はマリンの体を貫いていた。




