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第9話 「Battle of Arcane Might ①」

 夕方、人の少ない公園。

 麗美たちからこの悪鬼を引き離すため、マリンはここへ駆け込んだ。

 本当はもっと遠く、誰もいないところへと行きたかったが、相手の足もそれだけ速かった。


「……………………」


 対峙した瞬間、マリンは悟る。

 戦いは避けられない。そして、戦いはどちらかの死を以て終わる……と。


(まさか、この世界まで追ってくるとは……。あの男の執念を甘く見ていたね)


 時間としては、マリンが「転生の魔術」を行使してから約十年が経った辺りか。時間の進み方に世界間の差異が発生していなければ、そのくらいは経っている筈である。


(僕の経験則上、まともなやり方で『異なる世界へ転移する』なんて魔術が十年かそこいらで完成するとは思えない。例え、『異なる世界』の存在を認知していたとしてもね。恐らく邪法を用いたのだろうな)


 目の前の男ならやりかねない。いや、目的のためには必ずやるであろうという確信がマリンにはあった。


《くっ、こ、コイツ……!!》


 マリンの肩越しからガイを睨み付けるガーティ。前の世界でその命を奪われた因縁の相手である。

 だが、今よりも強い魔獣の体と魔力量を持っていても撃退出来ず、その身でマリンを守ることしか出来なかったのだ。

 ただの黒猫で魔力量も成長途中の状態で敵うわけがないと本能が今すぐに飛び掛かってやりたい衝動を抑えている。


《賢明だガーティ》


《ま、マリン様!》


《さて、どうしたものかね?》


 一先ず不気味に佇むガイのことを観察する。

 何時でもお前を殺せるという余裕なのか、剣に手を掛けてすらいないようであった。


(油断……と見るのは危険だろうな。知識としてしか知らないが、剣術の中には剣を鞘に入れた状態が既に構えというのもあるらしい。あれがそうなのかは断定は出来ないが、詠唱の素振りを見せた途端に首が飛んでもおかしくないと思うくらいでいい)


 前の世界の時、マリンは不老不死の状態であった。故に、相手の攻撃で全てが終わるリスクは無きに等しかったのだが、今は違う。


(今の僕は、死んだらそこで終わりだ。悪手は絶対に許されない)


 ここから先、全て最善手しか許されないという状況。

 だが、マリンの手札はあまりに少ない。


(……フフ、あまりに最悪な状況過ぎて逆に笑えてくるね)


 マリンもガイも互いに動かず膠着状態が続いた。

 あまりの緊張感に時間の感覚も狂い出す。


(一秒がとても長く感じる。このままずっとこうしているわけには……)


 焦りを感じ始めるマリン。人払いの魔術も掛けていないため、第三者がこの場に来てしまう可能性があった。


(あの男に無関係の人間を巻き込まないなどという矜持を期待してはいけないだろうな。この場に踏み入れた瞬間、その人物の素っ首は胴体から離れてしまうだろう。あまり時間は掛けられない……)


 一方で、ガイは何も問題はないといった感じである。


(……こういった持久戦はお手のもの。といったところかな?あの男はそこそこ名の通った武人であったそうだし)


 対して、マリンは「賢者」と呼ばれる程の魔術師ではあったが、戦いのエキスパートというわけではない。

 人生の大半を研究に費やしてきたタイプの人間であった。


 故に、先に動いてしまう。


「……!!」


 マリンが覚悟決め、詠唱を行おうと動き始めたその一瞬。

 ガイの剣の切っ先がマリンの喉を貫く。

 抜刀から僅か一秒にも満たぬ洗練された動きであった。


「……………………」


「……………………」


 と、次の瞬間、マリンの体が雲散する。

 ガイの目の前には誰もいなくなっていた。


「……やはり、このくらいは仕込んでいたか。『不老不死の賢者』」


 ガイは慌てる素振りも見せずに剣を鞘へ納めると、チャームを取り出した。


「これがある限り、貴様は俺からは逃れられん。じっくりと行こうではないか」



《バーカ!バーカ!騙されてやんのー!!》


 少し離れた場所で、ガーティが聞こえる筈のない念話にてガイへの罵倒の言葉を精一杯叫ぶ。


《騙せた……か、どうかは怪しいところだね。あの落ち着きっぷりを見るにこのくらいはあの男も予測していたかも知れない》


 マリンは努めて冷静でいようとするも、冷や汗が止まらないでいた。

 ここへ来る直前に自分とガーティに分け身の魔術を掛けており、ガイと対峙させていたのは分け身の方であったのだ。

 その分け身の目を通して状況を見ていたのだが、実体で無いと分かっていてもその圧に対しては今でも恐怖に身が竦みそうである。


《……なるほど、あのチャームで僕のいる場所を探し当てたのか》


 マリンとガーティは遠見の魔術により、ガイの様子を探っている。

 雲散した分け身の魔力がカメラのような役割を果たしているのだ。


《だとすると、僕たちの居場所もすぐに見つかってしまうだろうな》


(何らかの方法で僕の魂に反応するようにしているのだろうなアレは。僕の抜け殻となった体には少なからず魂の残滓があっただろうし、それを解析出来るのであれば不可能ではない)


 そう考察するマリン。


《もしかして、あのチャーム。マリン様の魂にしか反応しないのでは?》


《おっと、また僕の心を読んだね?……その可能性は決して低くはないね》


 ガイが不老不死であるマリンに執着していたこと、またガーティに転生の魔術が掛けられていたのを知る由は無かったであろうことを踏まえ、マリンはそう考える。


《マリン様!それならば、ここは二手に分かれましょう!》


《その提案、悪くないかもだけれども、一つ懸念がある。今の君にあの男を一撃で倒す術はあるのかい?》


《……無いです》


 ガーティは悔しそうに言った。


《くそぅ!前の体だったら鋭く硬い牙と爪、どんな生物も息絶えさせる猛毒であんな奴ッ!!》


《毒に関しては通じると思わない方がいいかも知れない。前の世界で知った情報だけれども、戦闘訓練の一つには毒に体を慣らす……というものがあるらしい。あの男がそれをやっているのか、やっていたとして何処までの毒に耐えられるのかは不明だけれども、毒を切り札にするのはリスクが高い》


《……なるほど。それに毒が通じなかったら、毒を流し込んだ。勝ったぁ!と思わせたその隙を突かれる可能性もありますもんね!》


《だが、二手に分かれるというのは採用しよう。どっちみち僕とガーティで固まって動いてたら、数の有利をあまり活かせない》


《では、奴の背後に回れるようにします!》


 ガーティはそう言うとマリンの肩から飛び降り、そのまま駆けていった。


(……さて、どうするか。あのチャームがあるならば分け身の魔術を使っても僕が本物か否かはすぐに分かってしまうだろうな。多少の時間稼ぎにはなるかも知れないけれども、当然決め手にはならない)


 マリンは頭の中で必死に策を巡らす。


(このまま隠れた状態で遠距離からの攻撃魔術……。いや、それは僕のいる位置を無駄にバラすだけだな。普通の人間ならともかくあの男に生半可な魔術は通用しないだろう。一撃で仕留められなければ、その直後が僕の死ぬ時だ。僕に注目させてからガーティに背後から……いや、それも結局のところ一撃で仕留められなくては意味が無いし、そもそもあの男なら背後からの攻撃にも簡単に対応出来てしまうだろう)


 そう思考している間もガイは先程とは打って変わってゆっくりと近付いてくる。

 多少でも焦ってくれているならば付け入る隙もあったかも知れないが、今のガイにそれは期待出来なさそうであった。


(くっ!落ち着くんだ僕!)


 逆にマリンの方が強く焦りを感じているようで、心臓が爆発しそうな程に高鳴っている。


(現状の手持ちの魔術であの男に致命打を与えられるものも無くはないが、どれもある程度近付かないといけない。その距離で詠唱を始めたら、即座にこの首が飛ぶだろうね。かといって無詠唱で発動させたら威力が減じてしまう)


 思考すればする程、マリンの取れる選択肢は狭まっていく。


(……どのみち、あの男程の相手を安心安全に倒せるなんて虫のいい話は無い、か。ならば、取れる策はこれしかない)


《マリン様!》


 マリンが覚悟を決めるのと同じタイミングでガーティが念話で話し掛けてきた。


《ガーティ!今何処だい?》


《アイツの後ろ側です!ただ、殺気が凄過ぎて距離は結構離れていますが》


《つまり、僕とガーティであの男を挟み撃ちにしている形ということか》


 尤も、挟み撃ちにしていない状態よりもいくらかマシな状態なだけであって、それで有利に立てるとはマリンもガーティも思ってはいなかった。


《分かった。取り敢えず僕は打って出ることにする》


《ええ!?な、何か良い策が浮かんだので?》


《ああ。だが、その子細を今ここでは言えない》


《な、何故です!?》


《奴がかなり近づいて来てる。この距離だと念話が盗聴される可能性がある。そういったリスクは可能な限り排したい!》


《わ、分かりました!で、ワタクシはどうすれば?》


《僕が合図するまでは基本待機だ。何かトラブルが発生した時にその対処をお願いしたい!君ならば、それ以上は僕が指示せずともやってくれるだろう?》


《も、勿論ですぅ!》


《では、念話を切る!》


 ガーティとの念話を終えたマリンは、先程までの切羽詰まってざわめいていた心が嘘のように静まり返っていることに気付く。


(ガーティ。君は本当に大した奴だよ。君の声を聞いただけでこんなにも落ち着きを取り戻せるなんて…。僕にとって君が掛け替えのない存在だということが改めて分かった。それに自分で言うのもなんだけれども、先程思い付いたのはこれで生命を落とす羽目になっても仕方がないと思えるだけの策ではある。フフ、生命を張るなんて何百年ぶりだろうね?)


 微かに笑みを浮かべさえしたマリンはすぐに分け身の魔術で自分の肩にガーティの似姿を再現した。


(奴ならばガーティ……僕の肩に乗った猫がいなくなったことには目ざとく気付くだろうし、そこから二手に分かれてることにも思い至るだろう。だから、こちらも寸分の隙も見せてはいけない)


 マリンは深呼吸する。

 何処までも澄んだ空気だった前の世界と比べれば、決して綺麗とは言えないこの世界の空気。

 だが、今ではそれも十分に馴染んできていた。

 ここも故郷であると思える程に。


(……ガーティ、共に生きよう!)


 マリンは身を潜めていたところからゆっくりと歩を進め、同じようにゆっくりと向かってくるガイの元へと向かった。

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