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第8話 「晴れた終わり」

──時は遡る。


「教主様!異世界へ転移する魔術の方、漸く完成いたしました!」


 ローブを被った陰気そうな男が、「教主様」と呼ぶ男──ガイ・グランにそう告げる。


「そうか。よくやったぞ。幹部にしてからもよく働いてくれる」


 ガイはそれだけ言って男を労った。

 男は以前に魂の行方を探索する魔術を完成させ、それを伝えた人物であった。


「で、どう使う?」


「はい、教主様。こちらを」


 男はガイへ何かを手渡した。


「これはチャームか?」


「はい。そちらに異世界へ転移する魔術と『不老不死の賢者』の魂の行き先を示す魔術が込められております」


「そんなことは見て分かる」


「も、申し訳ございません!……行き先などは既に刻印済みとなっておりますので、それを握り締め、強く念じ、呪文を唱えることで術が発動いたします。また、同様に念じれば、そのチャームが教主様を『不老不死の賢者』の元へ導いて下さいます」


「随分と簡単だな」


「ただし、異世界へ転移する魔術の発動は二回だけ……。行きと帰りのみとなっております」


「期限などはあるか?」


「ございません……と言いたいところですが、何分前例のない魔術故に何が起こるか分かりません。可能であれば、早めのご帰還を願います」


「十分だ。ところで、以前の魂の行方を探す魔術の時よりも今回は完成が少しばかり早いな」


「はい。異なる世界に渡るなどという奇想天外な魔術とはいえ、その実験を行うための贄には困りませんでしたので……」


「ほう?」


 以前は必要以上のことを話さぬ感じであったが、今は話したくて仕方ないといった表情をしている。

 地位と歳月がこの男を変えてしまったのか、或いは以前からそういう人物であったのかはガイには分からないし、興味も無かった。


「行き先は既に判明しておりましたから、まずはそこへ人間を送り出せるかを試しました。無論、その世界へ辿り着いてから数分もせぬ内にその者の肉体とチャームを燃やす魔術を刻印しましてね」


「証拠隠滅のためか」


「はい。加えて、その魔術の発動を感知することで転移の成功を確認する意味もごさいます」


「なるほど。周到なことだ」


「お褒め頂き、至極光栄。……次に、その世界へ送り出した人間がこちらへ戻れるかの実験をいたしました。当然、証拠隠滅の刻印をした状態で。これには難儀しましてね。かなりの人数を犠牲にしました。のべ百人以上は捧げたでしょうか?まあ、我々の教えに背く連中でしたので、奴らがどうなろうとどうでも良いことですが」


 何の感慨も抱かぬような顔で男は言った。罪の意識などは欠片も無さそうである。

 ガイはそんな男をこれまた何を考えているか分からぬ表情で見つめる。


「……して、その魔術は完成を見たというわけか。改めて、貴様を幹部にした俺の判断は間違っていなかったようだ」


「教主様にそう仰って頂けますことが何よりも感謝の極みにございます」


「なあに、言葉だけでなく褒美も与えてやろう」


「それはそれは……」


 皆まで言い終わらぬ内にガイは、男の首を跳ねた。予備動作も初動も見えぬ、あまりに一瞬の出来事であった。

 先程まで自慢気だったその表情のまま、命だったものが地面を転がる。


「この俺自らが与えてやる極上の死。それこそが最大の褒美であろう。良かったではないか」


 血の一滴もついていない刀身の剣を鞘に納めながらガイはそう言った。


「そう、命とは尽きるものでなくてはいかぬ。自然に、或いはこうして他人の手で。永遠の命などという巫山戯たものが存在してはならぬのだ」


 ガイは渡されたチャームを強く握り締める。


「永遠の命を他者に撒き散らすかも知れぬ病原菌は俺のこの手で抹消する!待っていろ『不老不死の賢者』!!」




──そして現在。




 森を抜けたガイは人里に出た。

 何処かの田舎の外れなのか、ぽつりぽつりと家が建っているような土地であったが、家屋やそこを出入りする人の着ている服装、何よりもそこまで移動する自動車の存在などから、この世界の文明が自分のいる世界よりも遥かに進んだものであることを理解した。

 同時に死の教団のローブを纏っている今の格好は身を隠すにしてもあまりに不自然であると悟り、再び森へ入り身を潜める。


(……まずは調達だな。衣服をこの世界から浮かぬようにある程度変える必要があるだろう)


 一分にも満たぬ思考を終えるとガイは森の中から視線をある一つの家へ向けた。


(あそこだな。隣家まで距離が遠く、孤立している)


 そう決めた瞬間、ガイは素早い動きで音も無く再び森を抜け出した。あっという間にその家へ辿り着くと、裏側に回り込み、壁に手を当て何かを呟く。


(……生命反応は一つのみ)


 ガイは人の放つ気を探知する魔術を習得していた。それを行使したのである。

 こうして直接触れる必要があるのと、あまりに巨大な建物だと全てを把握出来ないが、このくらいのサイズの家であれば十分であった。


(よし!)


 素早く入り口へ回ったガイは躊躇わずドアの鍵を破壊し、開けて中へ入る。

 気を感じた方へ音も立てずに走って向かうと、そこには老齢の男がいた。


「!?な、なんだお前……」


 次の瞬間、老齢の男の首が飛んだ。痛みすら感じることなく、何故殺されたのか、そもそも何をされたのかさえも理解出来ぬまま絶命する。

 時間にして一分にも満たぬ間にガイはこの家を強奪していた。


「……尊き死を」


 そう呟きながら、ガイは剣を鞘に納める。そして、家の中を見回した。

 ガイの知る世界の一般的な家と比べるとサイズ的にはそこまで差は無い。あの老人が独りで住んでいるのか、それとも他の住人がたまたま今出掛けているのかはパッと見ただけでは分からなかった。

 だが、そこら中にガイが見たこともないような物が溢れている。


「古代文明における『キカイ』のようなものか。みだりに触らん方がいいだろうな」


 ガイは一先ず椅子に腰掛けるとテーブルの上のマグカップが目に入った。中には黒い液体が入っており、熱を持っている。

 徐ろにマグカップを手に取ったガイは、匂いを嗅いだ。


「……ふむ、良い香りだ。何らかの茶なのだろう」


 と、躊躇わずにそれを口に入れる。


「苦味が強い……が、香りの強さがその苦味を不快にさせていないな。心なしか甘みすら感じる。俺好みだ」


 そのままマグカップの中身を飲み干した。

 戦場や敵地であればこんなことは決してしないが、ここはそうではない。毒などが入ってる可能性など万に一つもないという確信と興味が合わさった形であった。


(尤も、毒が入っていようが、多少の毒であれば俺には効かんがな)


 ガイは過去にそういう訓練をしていたのであった。


(……取り敢えずは一息といったところか)


 見知らぬ世界へ来たのだから気を張るに越したことはないものの、張り過ぎても持たない。

 そういったことをガイは経験則で知っていた。


(奴をすぐ殺し、すぐ帰れる……などと都合の良い話は無い。ある程度時間は掛かるだろう。そのための居だ。幸い、この世界に滞在出来る時間は短くはない)


 ガイは顎髭を弄り始める。何か物事を考える時の癖であった。


(とはいえ、長い滞在も本意ではない。この家にしても拠点と言う程、長居が出来はしないだろうしな。無駄に出来る時間など一秒たりともないと思って行動した方がいいのは間違いないだろう)


 ガイはすぐに椅子から立ち上がると再び家内の物色を再開し、着るものと食料を探す。

 何処に何が入っているかをいちいち確認するのも面倒臭いと、タンスなどは引き倒して中身をあちこちにぶち撒けた。隣家とは離れているのをいいことにその一挙手一投足が荒々しい。


(遅くとも日が沈んだらここを発つつもりだが、何が起きるか分からんからな。不測の事態が起きた時に備え、目的のものを早めに見つけねば)


 そうして、数分後には大きめのコートと最低限の食料であるパンが入った袋を手に入れる。


(あの老人の背丈から俺の着れるような服はあまり期待はしていなかった。だが、服の上に羽織れるものがあるならばそれでいい)


 幸運にもこの世界の季節は冬であり、コートを着ても全く不自然ではない。

 ガイは早速ローブを脱ぎ捨てコートを羽織る。彼の体格からすると少し小さいが、その程度は何も問題ではない。


(中々に上質なコートだ。防寒性も高い。だが、あのみすぼらしい老人を見るに、この世界ではこれでも標準くらいなんだろう。貴族でもないのにこれだけのものを持てるとは不浄ながらも富んだ世界だ。……この世界に死の尊さを広めるのも悪くはないだろうな)


 フッと笑うとガイは袋の中からパンを一つ取り出して噛じる。


(だが、その前にまずは奴……『不老不死の賢者』を消さねばな)




──翌日。




「……××県××市の民家にて火災が発生し、中にいた七十代の男性が遺体で発見されました。男性の遺体は首を跳ねられており、事件性があるとみて警察は殺人と放火で捜査を開始しております」


 テレビからそんなニュースが流れていた。


「またこのニュース。本当に物騒な事件ねえ……」


「はばたきの園」の園長がそう呟く。


「それも隣の県ですからねえ」


 園長の呟きに仁美がそう言葉を続けた。


「犯人もまだ捕まっていないみたいですし」


「子供たちが心配だわ……」


「学校から先程連絡がありまして、今日から暫く集団での登下校を実施するみたいです」


「ウチも遅い時間の外出は暫く禁止にした方がいいかしら?」


「そうですね。出来ることはしておきましょう」


 養護施設の大人たちがそんな会話をしている一方で、子供たちは危険が迫っているなど露知らず、急に決まった集団での下校に不満を抱く者も少なくなかった。

 マリンも今日は下校時間ギリギリまで図書室に籠ることが出来ず不満であったが、理由が理由なので仕方ないと納得もしていた。


《子供たちの無事が一番だからねえ。それに時間はこれからいくらだってある。我慢するとしようか》


《……そんなこと言いながら、こうしてワタクシに愚痴るくらいにはご不満なんでしょう?》


《表に出さないだけ立派だと思って欲しいな》


《ワタクシは表では無いと?》


「優太!またそうやって一人でいる!」


 集団の列の最後尾にいるマリンのところまで麗美がわざわざ歩み寄ってきた。

 流石に今は一人きりでないのでガーティには隠蔽魔術と認識阻害の魔術を掛けており、麗美にはその姿は見えていない。


「せっかくこうやって皆で下校してるのに!」


「やれやれ。また君か」


 マリンはそう言って肩を竦めてみせたが、そこまで嫌そうな顔はしていなかった。


「抜け出そうとしないだけ褒めて欲しいくらいだけれどもね」


「いやいや、先生もいるのにどうやって抜け出すつもりなの?いや、優太ならやりかねないけど……」


「ははははは。君も僕のことをよく分かってきたじゃないか」


 マリンは破顔する。

「はばたきの園」までもう少し、といったところまで来た時に、マリンは何か嫌な気配を感じた。


(……?何だ?)


 それはこの世界では感じることは無いだろうと思っていたもの。


 強烈な殺気。


 マリンも事件のことは知っていた。それ故にこうして集団下校という措置が取られたことも。

 だが、たかだか殺人事件の犯人がここまでの殺気を放つだろうかと瞬時にマリンは考える。


(……それに、この殺気は憶えがある)


 ここはあの男のいない世界。その筈であった。


(いや、全ての出来事において、『まさか』と捨て置いて良いものなど何一つ無い!)


 そこからの判断とそれを行動に移すのは早かった。

 麗美が一瞬目を逸らした隙にマリンは自身へ隠蔽魔術と認識阻害の魔術を掛ける。


「!?あれ!?優太何処!?」


 寸前まで会話していた相手が消え、狼狽する麗美。

 そんな彼女を尻目にマリンは急いで集団から離れた。


(皆を巻き込むわけには……!!)


《マリン様!!》


 ある程度まで走ったところでガーティが念話の声を張り上げる。

 マリンは覚悟を決めたかのように立ち止まった。


「……やはり、君だったか」


「久しいな。『不老不死の賢者』!」


 そこには、ガーティを殺し、自分を「転生の魔術」を使用させるまで追い込んだ男。ガイ・グランが立っていた。


 

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