最終話 「生きとし生ける全てのもの」
心を完全に砕かれ、公園に置き去りにされたガイは、その後発見、保護された。
現場に落ちていた剣、そして着用していたコートが殺害された老人のものであることが分かるとガイは警察に拘留されるも、心神喪失状態であると認められた彼の処遇には警察も頭を悩ます。
また、その症状が五年前に起きた男児数名が突如として心神喪失状態で発見された事件と酷似していたため、何か関連があるのではと捜査をしているものの、それが魔術によるものだと見抜ける者がいる筈もなく、事件は迷宮入りとなりそうであった。
なお、マリンは五年前と違い、公園の監視カメラの存在に気付いていたため、そこに映らないように中へ入った後に全ての監視カメラを魔術による物理的な干渉によって狂わせていたので、此度の一連の出来事は一切が記録されていない。
こうして、ガイ・グランのマリン抹殺の計画は失敗し、その幕を閉じたのである。
《……平和ですねえマリン様》
《ああ。ついこの間、殺されるかも知れない戦いがあったなんてとても思えないね》
学校から「はばたきの園」への帰路の最中、マリンとガーティはそんな会話をする。
件の犯人が逮捕されたということから集団下校は無くなっていた。
《この平和が長く続けばいいと切に願うねえ》
《本当ですねえ》
「あー!また一人で帰ってる!」
そう声を掛けてきたのは麗美であった。
あの後、マリンの背中で目を覚ました麗美は何故自分がマリンに背負われているのか、まるで分かっていないようで、ガイに関する一連の出来事は彼女の記憶の中から綺麗さっぱり消え去っているようであった。
「やあ」
マリンは優しげな笑みを浮かべている。
普段通りということは、麗美の心も平常通りであるということ。
それが何よりも嬉しかったのだ。
「ところで一つ訂正をさせて貰いたいだのだけれども、僕は決して一人じゃ……」
「ハイハイ。猫ちゃんがいるんでしょ?」
半ば呆れたように麗美は肩を竦める。
「……少しは人間の友達を作る努力、した方がいいと思うよ?」
麗美のいつものお節介。
今のマリンにはそれが何よりも愛おしく感じられていた。
「善処するよ。ところで一つ尋ねたいんだけれども……」
「何?」
「君は僕の友達じゃないのかい?」
「え?」
「僕はそう思っていたんだけれども、僕の勘違いだったりするのかい?」
「そんなこと!」
麗美は食い気味に声を上げると、少し間を空ける。
「……うん。友達。優太と私は友達」
改めて言葉にするのは恥ずかしいのか、麗美は小声でそう答えた。
だが、その表情は何処か嬉しそうにも見える。
「良かった!」
それはマリンの心からの言葉であった。
「これからもよろしくね、麗美!」
「ちょっ!!い、いきなり名前呼び!?」
「おや、君は何時も僕を名前で呼ぶから、僕もそれに倣ってみたんだけれども、これは距離感を間違えてしまったかな?」
「私はいいの!優太はいつも通り『君』って呼びなさいよ!か、彼女じゃないんだから!」
「ハハハハ。分かった。以後、気を付けよう」
そこはかとなく理不尽なことを言われたような気もするが、マリンは全く気にしていなかった。
そんな風に笑いながら並び歩く二人をガーティは不満気を隠さぬ表情で見ている。
《……あのー。ワタクシもいるんですケドね》
《勿論、君のことを忘れるわけがないじゃないかガーティ》
《マリン様も急にあの小娘に甘くなり過ぎですよ!何時もだったら、『君は君の言い分を通すのに、僕のは通してくれないのかい?それは筋が通らないんじゃないかな?』くらいは言ってましたよ!》
《ああ。そうかも知れないねえ》
《そりゃあ確かに色々ありましたし、あの小娘に思い入れが出来たのも分かりますケドねえ。ちょっと入れ込み過ぎじゃないですか?ワタクシたちと違ってあの小娘は定命で短命なんですからね?》
《…………………………》
ガイとの戦いが終わった後、マリンは魔力が回復したと同時に善は急げとガーティにも「不老不死の魔術」を施していた。
この世界でこの二人だけが死という楔から解き放たれたのである。
《分かっている……つもりだけれどもね。やはり分かっていないかも知れないね》
《前の世界でもマリン様は他人を不老不死にしようとはしませんでした。不老不死になるのがいいことばかりじゃないってこともお知りなんでしょう?ワタクシもその時は不老不死では無かったですが、長命ではあったのである程度は分かってるつもりです》
《親しくなった者との別れ。これ程に辛いことを延々と繰り返さないといけない。やがてはこんな思いをするならば、誰とも交流を持たない方がいいと捻くれた考えを持ち、終いには心がどんどん虚無になっていく》
それはこの世界へ転生する前のマリンであった。
まるで進歩しない世界の全てに興味を失い、自らの研究にただ淡々と打ち込む。
感情が、心が、静かに死んでいくのを実感しつつ、それを止めることも出来ない。
全てを終わりにしたいと思ってもそれを叶える術はない。
念願であった不老不死が、まるで牢獄のように感じることもあった。
《……こんな思いを他の誰かにさせるのは偲びないからね》
《あれれ?ワタクシはいいんですか?》
《今日の君は何時になく意地悪だねえ》
《そりゃそうですよ!そんなすぐいなくなる小娘なんかよりもこれからずっとずっと一緒のワタクシの方をもっと見て欲しいんです!》
ガーティは念話で憤慨しつつ、麗美の顔を見やる。
《小娘!調子こくなよ!マリン様のナンバーワンはこのワタクシなんだからな!》
《ハハハハ。今すぐにとは言わないけれども、君も彼女と仲良くやって欲しいな》
《今は無理ですね!!》
ガーティはぷいっと顔を背けた。
そんなことを言いつつも、ガーティがガーティなりに麗美のことを認めているのは言葉の端々からマリンには伝わっている。
二人が仲良くやってくれる日が来るのもそう遠くは無いだろうとマリンは思った。
「ねえ、優太」
「ん?なんだい?」
「最近、変な夢を見たの」
「どんな夢だい?」
「……気分悪くしちゃうかもだけど、優太が死んじゃう夢」
「……………………」
「……本当にゴメンね。何でこんなこと急に言っちゃったんだろ?」
麗美はそう言ってマリンに謝る。
その夢の内容を詳しくは聞かなかったが、恐らくはガイに刺された時の記憶の残滓だろうとマリンは推測した。
記憶に関しては魔術で完全に消し去ったと思っても、何故かこうしてごく僅かに残ることが多いのだ。
(心もまた同じだ。砕くことは出来ても、その心の全てを消滅させることは未だもって出来ない。実に不思議だ。ふぅむ。これも今後の研究テーマにしようかな?)
今後。
マリンはこれから続くであろう悠久の時に思いを馳せる。
(この世界の進歩は本当に凄い。僕が生きて来た、たった十一年の間でも色々なものが生まれ、その先を期待させてくれる。歴史を見れば、たった二千年で世界は全然別のものに様変わりした。僕がいた世界では有り得ないことだ。少なくとも、百年や二百年で飽きることは無いだろうな。それに……)
仏頂面で肩にぶら下がるガーティへマリンはチラッと視線を向ける。
(こんなに面白い親友もずっと側にいてくれる。それだけで不安なんか消し飛んでしまう。これからが楽しみで仕方無いよ。……さて、今は今の友達に目を向けるとしようか)
マリンは今度は麗美の方へ視線を向けた。
「ねえ、優太は死なないよね?」
麗美がそう問い掛けてくる。
「ハハハハ。僕は死なないさ。絶対にね!」
マリンは自信を持ってそう答えた。
これを持ちましてこの物語は幕を閉じます。
今回は連載という形式でやらせて頂きましたが、本当はもう少し短くなる想定だったのですが、書いてる内に少し長くなりました。
違う作品でまた読んで頂ける機会がありましたら、その時もよろしくお願いします。
また、僭越ながら、読み終わってポイント付ける価値があると判断されましたら、お手数ですがポイントを入れて頂けますと幸いです。
それではまた逢う日まで。




