部員勢揃い
放課後、部活動三日目。今日は一人もかけることなく五人が揃った。なずなと瀧崎さんはソファーに座っている。
改造された部室を見渡すとなずなが訪ねてくる。
「なんでこうなったのか、教えてもらえる?」
円卓の椅子に座り突っ伏していたぎんは、起き上がると後頭部を掻きながら答える。
「いや、話せば長くなるんだが」
「いいから教えて」
どうせ聞かれるとは思ってたけどね。完全にビフォーアフターしちゃってるからね。昨日より、断然居心地がいいので黒田には一応感謝している。この円卓は必要あったのかは疑問だが、これはこれでいい。地味にかっこいいと思っている自分がいた。今から会議が行われてもおかしくないこの雰囲気。なんか興奮するよね。
「私も知りたいです」
昨日居なかった瀧崎さんも興味津々だ。昨日居たはずのよもぎはぎんの隣で手を挙げる。
「よもぎも、よもぎも!」
壁に寄りかかっている黒田は腕を組んでいる。鋭い眼光をぎんに向けると口を開く。
「我も気になる」
「お前らは知ってんだろ!」
ぎんが突っ込むと、よもぎと黒田が待ってましたと言わんばかりにご機嫌になる。
「これを見破るとは流石はお兄ちゃん。只者ではないの」
「流石は、我が認めし男」
「それで、この部屋についてなんだがーー」
「はっ、笑止なの」
「ふっ、戯れおって」
ぎんは当然のように二人を無視して話を進める。無視された二人は、各々厨二病全開のリアクションを取る。
ぎんはそちらには目もくれず、昨日の出来事の要点をまとめて説明すると、なずなと瀧崎さんは頷きつつ話を聞く。全て話し終えるとなずなが先に口を開く。
「そういう事。ぎんも大変だったみたいね」
誰かに助けを求めたくらいだからな。まぁ、助けが来たと思ったら厄介な人が増えただけだったけど、顧問も変人で、この部活大丈夫か?
「ああ、すごい疲れたーー」
昨日の出来事を思い出しため息を吐くぎんに、瀧崎さんは微笑みを浮かべる。
「お疲れ様です。ーーでも、前原さんという人と少し話してみたかったです」
「私も話してみたかったかも」
なずなも前原さんが気になるらしい。確かに美人さんで礼儀正しかったけど、ネジが一本抜けてそうなんだよな。よもぎと意気投合してたし、結構な強者だったな。
壁に寄りかかり、聞き耳を立てていた黒田が邪悪な笑みを浮かべ、居丈高な振る舞いをする。
「そうか、二人がそこまで言うのなら、その願い。我が叶えてやろう」
「いや、別にいいです」
「私も今日じゃなくても平気です」
二人は、「見てはいけません」とお母さんに言われた子供のように目を伏せる。
目も合わせてもらえず、普通に断られた黒田は口を押さえ、膝をつく。
「ぐはっ。なんだ今の攻撃は、目に見えなかったぞ!」
「「……」」
二人はガンスルーである。
「うはっ。またもや、目に見えない、攻撃が……」
拒絶と無視の二連続攻撃を受けた黒田は、ゼーハーと息を切らしている。かなりのダメージだったらしい。
膝をついて苦しんでいる黒田の肩をぎんが叩く。
「黒田。それはこの世で一番恐ろしい攻撃だ」
俺も何度か味わった事がある。男という生き物は弱い。女に少し拒絶されたり、無視されたり、嫌な顔をされたりするだけで、心臓をナイフで刺されたかのような衝撃が身体に走る。まぁ、刺された事ないんでわからないんですけど。兎に角、男は女に弱いのだ。特に高校生ともなれば、一度、女にあしらわれただけで、深く傷つき、もう二度と立ち直れないかも知れないという程に落ち込む。心の中で血の涙を流しながら、また、傷つくとわかっていても女を求め続ける。男は馬鹿な生き物だ。
黒田は俯いていた顔を起こし目を見開く。
「なんだと、どのような攻撃なのだ?」
「ーー精神への攻撃だ」
ぎんはキメ顔で言い放つ。
「精神攻撃だと! 我の唯一の弱点を突くとは、貴様らやるではないか」
「「……」」
立ち上がって強気に言う黒田を無視する二人。
「シルバよ。我、少し一人になりたいのだが」
精神的ダメージの限界を超えたらしく、憂鬱を絵に描いたような表情だった。そんな黒田をぎんは全て悟ったような表情で慰める。
「ああ、わかるぞ。あそこの隅で思う存分泣くといい」
「ああ、そうさせてもりゃう」
素を通り越した黒田は部屋の隅へと駆けていく、そこで体育座りをして俯いた。鼻をすする音が聞こえる。
今日もまた、犠牲者が生まれたか。あの姿を見るからに、心臓をドリルで抉られた程度には、心が傷ついているだろう。立ち直るには時間が掛かりそうだ。
小さな黒田の背中を見つつ、ぎんはよもぎに声を掛ける。
「なあ、よもぎ」
「なんなの?」
きょとんとした表情で小首を傾げる。
「なんで、助けてやらなかったんだよ。お前が加わればどうにかなっただろ」
黒田とよもぎはそこそこ仲が良いようだったし、俺は助けるんじゃないかと思っていた。
「だって、このままにしたらどうなるのかなって、ちょっと興味が湧いちゃったの。だからなの」
楽しそうに言うよもぎにぎんは一言。
「鬼だな」
まさに、鬼畜だ。お前の楽しみの為に、幼気な男子高校生が生贄になったんだぞ。
ぎんの心境など知らないよもぎは、指でツノを作ると嬉しそうに、
「小鬼ちゃんなの」
「そうですね」
あざと可愛いよもぎに、ぎんは素っ気ない態度で返事をする。
「いけずぅ」
むーっと、ほっぺたを膨らますよもぎは置いとくとして、黒田の様子を気にしていた瀧崎さんが、沈鬱な表情で口を開く。
「少し、悪いことをしてしまいました」
「そんなことないよ。関わりたくないのはわかるから」
誰だって黒田とはあまり関わりたくないだろう。だから、仕方ないとしか言いようがない。
「でも」
「大丈夫だって、どうせすぐに元気になるから」
黒田の方を見るがまだ落ち込んでいる。そう簡単に元気になるはずがない。俺だったら帰ってる。
「それならいいのですけど」
辛気臭い瀧崎さんになずながきっぱりと断言する。
「琴音は気にしすぎなのよ。関わりたくないものとは関わらない。これは鉄則!」
「そうなんですかね?」
「そうなの!」
「いやいや、一応同じ部活の部員なんだから少しは関わってあげようぜ」
黒田の背中がどんどん小さくなり、豆粒程度になっているので同情せざるを得ない。どうにかフォローする。
「気が向いたらね」
「私も、たまになら」
「ごめん。なんか俺まで泣きそう」
二人の心の底から嫌そうな顔を見ていると、つい、目頭が熱くなる。
「何言ってるんだか」
ぎんの言動にため息を漏らすなずな。瀧崎さんは周りを見回すと感心する。
「ーーそれにしてもこの部屋。本当にすごいですね」
瀧崎さんの言葉に共感したなずなはソファーの弾力を確かめつつ、口を開く。
「確かにすごいわね。このソファーとか座り心地良くて、結構気に入ったかも」
「よもぎはこの特大モニターがお気に入りなの。すごいかっこいいの」
よもぎは瞳を輝かせていた。三人が部屋を褒めたことにより、この部屋を作らせた本人。角でうずくまっていたはずの豆が立ち上がると、ドヤ顔で話し始めた。
「ーーそうだろう。そうだろう。我の力を持ってすればこの程度、朝飯前だ。わっはははははは!」
「復活早いな。流石だわ」
心配して損したわ。こいつは単細胞なの忘れてた。
「復活だって? 笑えない冗談だな。シルバよ。我は不死身ぞ」
「はいはい。すごいすごい」
自分で認めたか、やはりお前は単細胞生物であるミドリムシだったか。
絶好調になった黒田は厄介なので軽く流すが、今の彼は全てを良い方向に捉える。
「そんなに褒めても、金の延べ棒ぐらいしかでんぞ」
「すげーの出てるから、それすごいやつだから」
金の延べ棒ぐらいと言えるのはこの世では数える程だろう。流石は国を揺るがす程のミドリムシだ。
ぎんの突っ込みが腑に落ちないという表情の黒田。
「そうか? 大したことはないと思うのだがな」
その言葉にいち早く喰らいついたよもぎは、黒田を褒めちぎる。
「よっ。堕天使界のプリンス」
それに便乗する。瀧崎さんとなずな。
「黒田先輩。素敵です」
「禍々しいオーラね。強そうだわ」
黒田に対する、女性陣の対応がさっきまでとは全然違うな。金の延べ棒の力すごいな。てか、女怖い。
褒められ、上機嫌の黒田は腰に手を当て高笑いをする。
「わっははははは! やっと我の秘められた力に気づいたか。ひれ伏せ愚民ども」
秘められた力=お金。で、ぉk?
黒田の横柄な態度に、さっきまでの空気が嘘のように重くなる。
冷たい声でなずなが言う。
「すごく上から目線だから、私降りる」
「私もああいう人苦手なので」
「じゃあ、よもぎも」
なずなに続くようにして瀧崎さんとよもぎも冷たい声で言う。先程までとの態度の違いに、黒田は困惑する。
「へ? 貴様ら金の延べ棒が欲しくないのか?」
「「「……」」」
「な、何が気に食わないというのだ」
「「「……」」」
「すまなかった。その。空気として扱わないでくれ」
何を言っても無視される哀れな黒田を見て、自業自得だとその光景を見ながらぎんは頷く。
黒田は涙目で素に戻る。
「頼むから、我も仲間に入れてくれよー」
この後黒田は、それはそれは綺麗な土下座を披露した。そのお陰で、無事に許して貰えたみたいだ。やはり、人間には誠心誠意の心が大事だと思う。そこで一つ言わせてほしい。
お金で買えない価値がある。ーープライスレス。




