082
センターに近づけば近づくほど、とても大きな建物だということがわかった。
公司館にも負けず劣らず。ただ、公司館の古い屋敷風の外見と反し、こちらはシルバーと曲線で出来た、現代的な建物だ。
中に入るには、大きな鉄の二重扉と、自動ガラス扉を通った。その入り口に、ふとぼくらのラボラトリーが浮かび、ぼくは少し過去を思い出した。
ランスさんは、歩きながらひとつひとつセンターの中を案内してくれた。
かなり大きな建物だということで、すべての説明は難しい、とのことだったが、大体どんな建物なのかはわかった。
食料品や衣服など、日常生活にかかせないものは外の街で作っていて、このセンターの中では主に発電所や大きな機械など、生活を陰で支えるものを造っているのだそうだ。
そうすると、ますます公司館と似ているな……と、ぼくは話を聞きながら思った。
「部屋の数は、数えるのも大変なほどだよ。このアンダーグラウンドに保護された者は、大体このセンターの部屋をひとつ借りるんだ。家を作るまでの仮住まいにね。私のようなひとり者はずっとここで過ごす場合もある。いろいろ揃っていて、とても使いやすいよ」
二階へ上がる階段を上りながら、ランスさんが笑顔でそう説明した。
「そんなに人が来るんですか? その、上から」
ぼくは一階の正面ロビーを行き交う人々を見下ろしながら、そう問いかける。
「ああ、最近は特に増えたそうだ。キヨハルさんが亡くなってからは、めっきり新しい仲間が降りてくることはなかったそうだがね……最近では、公司の酷いやり方に我慢できないと、反抗しようとする人々に声をかけては、家族でこのアンダーグラウンドに越してこさせているようだよ」
「はあ……」
ふと出てきたキヨハルさんの名前に、ぼくはうわの空で返事をしながら、足早に行き交う人々を見つめていた。出口付近で女の子が二人立ち話をしている。
キヨハルさんか……。
ぼんやりと、その名前をもう何回聞いただろう、と思考をめぐらせながら、ぼくは階段を上りきった。
目線を前に戻すと、とても長い廊下の左側に、ずらりと扉が並んでいた。右は階段と同じく、下を見下ろせるようになっていて、子供が落ちない程度の高さと狭さの柵がある。
「さあ、ここだ」
階段側から数えて三つ目だった。ここが、ランスさんの部屋らしい。
“003”と金色の文字で、緑色の扉に刻まれている。隣の扉を見ると、扉は紫色で、金の部屋番号は“004”だった。
ランスさんが鍵を開けるために、扉の横にあるボタンを順番通りに押した。
ぼくはそれを見つめながら、無意識に記憶してしまっていた。
「泥棒なんかはいないのだがね、遊び盛りの悪戯っ子は多い」
ランスさんは苦笑いしながら、ドアノブを捻って押した。きっと、ダーラさんのところの、エリックとラルフのことだろう。あるいはセイか。
部屋の中に入ると、まずはじめに右手に見える大きな観葉植物が目に入った。ぼくの頭と同じぐらいの、深い緑色だ。左手には全身が映る鏡。
奥に進むと、大きな部屋がひとつあることがわかった。ベッドやキッチン、小さいけれどテーブルセットもある。一人で住むには、十分な部屋だ。
「さあ、座ってくれ。お茶はどうだい?」
「いいえ、いいです。ありがとう」
ぼくは差し出された椅子に座り、部屋を眺めた。
真っ白に統一されていた公司館のぼくらの部屋とは違い、さまざまな色のものがある。
たとえば、ベッドカバーはカーキ色、ぼくの座っている椅子はオレンジ色だし、テーブルは少しくすんだ白。
そして、その中心にちょこんと置かれた花瓶は赤で、そこに挿さっているのはピンク色のコスモスだ。
「その花はエリックとラルフがくれてね。あの子たちは悪戯っ子だが、根はいい子なんだよ」
もっとも、どこの家の花だかは知らないが、と苦笑いして付け加え、ランスさんはぼくの向かいに座った。
「さて……どこから話そうか。そうだ、茶色のチビ君はどこだい? いつも一緒なのに、見えないね」
「ヴォルトは……その……」
ランスさんの質問に、ぼくは口ごもった。
まさか、公司館を脱走する時に、犠牲になって壊されて、今はデータしかありません。なんて、言えやしない。
ヴォルトがロボットだということがばれてしまうし――そういえば、ランスさんは、さっき“本当のことを”と言っていた。
あれは……
「ランスさん、本当のことって、何のことですか?」
気づけば、ぼくは何のためらいもなく、その質問を口にしていた。
ぼくの質問に、ランスさんは少し眉を顰め、そしてぼくの目を真っ直ぐに見つめた。
「……アーティフィシャル・チルドレン、GX.No,5 ゼルダ……そうじゃないかい?」
囁くように告げられた、その言葉に、ぼくの体の奥をドスンと殴られたような感覚がした。
やっぱり、ランスさんも知っていたんだ――ぼくの正体を。ぼくの過去を。
ぼくはテーブルの下で、ぎゅっと拳を握り、うつむいた。
今は“ゼルダ”ではないけれど、その呼び名は、相変わらず嫌な感じがする。
辛そうなぼく気を使ってくれたのか、ランスさんがぼくの頭を軽く撫でた。
「正体を明かさぬほうがいい、この、アンダーグラウンドでは」
気遣うように、優しく、それでも、どこか厳しい言葉に、ぼくは顔を上げた。
「マルシェさんもそう言っていました。アンダーグラウンドでは、ぼくは人間で居ろと……なぜなんですか? ロボットだと明かしてしまえば、ぼくだって堂々と特殊能力を使って、みんなの手伝いができるのに」
自然とあふれ出る言葉をそのまま伝えたら、ランスさんは椅子の背もたれに寄りかかり、微笑を浮かべた。
そして、一瞬辛そうな表情を見せ、ため息を零す。
「セイとアンドリューの過去を、聞いたかい?」
ランスさんの質問に、ぼくは首を横に振った。
「そうか……それじゃあ、話しておかねばいけないね。特にセイのことは。さあ、力を抜いて、楽にしてくれ」
ぼくは言われたとおり、壊さない程度に背もたれに体を任せ、ランスさんの語り初めを待つ。
少しだけ、ためらっているように見えた。しかし、ぼくが真剣な眼差しを向けていると、ようやくランスさんが口を開いた。
「この、アンダーグラウンドの住人はね……みな、辛い過去を持っている」
ランスさんが、小さく、呟くようにそう言った。
そして、一旦口を閉ざし、深く呼吸すると、もう一度話し始める。
「アンドリュー=ハリソン……あの子は、幼い頃にミュータント能力が覚醒し、実の両親から地下へと追放させられたんだ。メリサは、ミュータント能力を持っていなかったんだがね、ほら、あの子兄さんが大好きだろう。親の目を盗んで、ついて来てしまったんだよ。それからは、幼い兄妹で地下での貧しい生活を強いられた。確かに、手を差し伸べてくれる地下住民も居たそうだ。しかし、彼はあれから大人が信じられなくなっていてね……たった一人で、小さな妹を育てていくために、いろいろなことをやったそうだよ。やがて、彼はたった一人の大人に心を開いた。それが、キヨハルさんだった」
ランスさんは一気にそう語り、そして一息ついた。
さっきの辛そうな顔を、ほんの少し緩め、また囁くように話し出す。
「ほんの少しの言葉だったそうだよ。ただ、廃屋の並ぶ片隅で、妹を守るようにうずくまる彼に、キヨハルさんは手を差し出し、「おいで」と一声をかけたんだそうだ。その一言と、笑顔が、彼にとっては本当の救いだったんだろうね」
優しく語るランスさんの話を聞きながら、ぼくはふとさっきのアンドリューの発言を思い出していた。
アンダーグラウンドの掟の二つ目、“困っている人が居たら手を差し伸べること”。
ふざけるセイに、アンドリューは「苦しい時には、それが本当の救いに見えるもんだよ」と、そう言っていた。
そうか……あれは、そういう意味で……
「今だからこそ、あんなに明るい子になったが、アンダーグラウンドに降りてきた頃には、口も聞かなく、笑いも、泣きもしなかったんだそうだ。ただ妹を骨のような細い腕にしっかりと抱き、着替えをさせようとしても手を振り払い、あの青い目を鋭くさせて、何も信じようとしなかったそうだ」
ランスさんが辛そうに眉を顰めた。
ぼくの中の画面に、痩せた少年が浮かんだ。今だからこそ輝かせることのできる、あの青い瞳に憎しみを浮かべて、頑なに口を閉ざした姿だった。
のどの部品が唸りながら活動を緩め、ぼくは苦しくなって顔をうつむかせた。
「セイはああ見えて、とても酷な過去を持っているんだよ」
ランスさんがゆっくりと言葉を吐き、そしてまた語りだす。
「彼の家族は、全員能力者だったんだ。珍しいことじゃない、ミュータントの能力は、遺伝で受け継がれる場合が多いからね。父親、母親、兄さんと、そしてセイ。四人の家族だったそうだ。地下に追放されようと、彼には家族が居た。“上”の世界でも、仲良く暮らしていたそうだよ。しかしある日、彼の両親が、公司の酷いやり方にもう我慢ならないと、反抗する仲間たちを集め始めた。もちろん、もう大人に近かったセイの兄さんも、仲間となった。しかし、あの公司がそんな人々の集まりを見逃すだろうか? もちろん、そんなことはなかった。公司は真っ先に目をつけ、その仲間たちの集会を見計らい、兵器を放った。まだ幼く、両親や兄さんと同じ仲間となっていなかったセイは、その集会に出ることは許されず、彼だけはその攻撃を逃れた。しかしその日、帰りの遅い家族を心配し、彼はその集会場へ向かってしまった。そして見たんだ。自分の目で、人々の、自分の家族の、残骸を……。彼は悲しみ、とても怒った。そしてその怒りの矛先は公司館へ向けられた。家族を返せと、公司に向かって泣き叫んだそうだ。しかし、公司はセイを相手にしようとせず、酷く追い返した。それでも家に帰らず、ただ公司館の前でうずくまる少年に、また彼は声をかけた。そう、アンドリューと同じく、「おいで」と一言ね。キヨハルさんには、不思議な力があるんだそうだ。誰にも心を開かなかったアンドリューやセイが、キヨハルさんにだけは自然と心を開いた。そしてセイは、アンドリューにも自然と接することができたんだよ。もしかしたら、セイはアンドリューへ兄さんの面影を見ているのかもしれないね」
ランスさんは語り終わり、そして切なげな微笑を浮かべた。
「あの子達を見ていると、時々とても胸が痛む。あの笑顔の裏には、こんなにも酷い過去があるのだと」
ぼくは顔をうつむかせたまま、少しだけ頷いた。
まったく、考えもしなかった。セイやアンドリューが、なぜこのアンダーグラウンドに居るのかを……。
そしてぼくは、ランスさんのある言葉に、のど元を締めつけられていた。
ランスさんは、言っていた。公司が――兵器を放ったと。
ぼくはぎゅっと拳を握り、顔を上げた。
「その……兵器は」
「そう……君たちGXの、誰かだよ」
ランスさんが静かに答えた。
ぼくははっと息を呑んだ。見せかけの呼吸をしていたのどが、完全に動きを停止した。
自然と、手が震えてくる。
――ごめんなさい……ごめんなさい。
押し込めたはずの気持ちが、一気に溢れてくる。
セイの家族を奪ったのは、ぼくらだったんだ。
「もしかしたら……セイは、復讐を誓っているのかもしれない。だからこそ、毎日のように、ああやって強くなりたがるんじゃないかと、私は思っている。だとしたら、アラン君。君の正体を明かすことは、とても賢明とは言えない」
ランスさんの言葉に、ぼくは黙って頷いた。
ランスさんが、またぼくの頭を撫でる。
「辛いことを思い出させてしまったね。しかし、話しておかねばと思って……」
「いいえ、ありがとうございます。いいんです、ぼく、忘れるなんていけないことだったんだ」
ぼくは顔を上げ、きっぱりとそう言った。
顔が歪んでいるのがわかる。しかし、ランスさんは笑みを浮かべ、しっかりと頷いた。
「見たところ……君はもう、私の知る“ゼルダ”ではないようだ」
にっこりと微笑んで、ランスさんが言う。
ぼくは頷いた。
「はい。ゼルダは、今公司館に居ます。ぼくは、アランです。お父様がゼルダの中のぼくを消そうとした時に、ぼくはかろうじて本体に逃げ出したんです。それをヴォルトが見つけてくれて、ぼくの体を造ってくれました」
「No,6が? そりゃあ、すごいなぁ」
ランスさんが声をあげて笑った。ようやく、いつものランスさんに戻ってくれた気がして、ぼくは少しほっとした。
「ランスさんは、なぜぼくらの事を知っているんですか? マルシェさんから?」
ぼくは体の力を緩め、そう問いかけた。
すると、ランスさんは「いいや」と首を横に振る。
「君はきっと覚えていないだろうが……私は、君を造った一人なんだよ」
予想外の返答に、ぼくは唖然としてしまった。
瞬きを三回、そして口をパクパクしたあとに、ぼくはようやく質問を出す。
「それじゃあ……ランスさんは、公司だったのですか?」
次の質問に、ランスさんはまた首を横に振った。
「いや、公司とはまた違ってね、私はミュータントではないんだ。公司は決まって黒のスーツを、私は白衣を着ていた。科学班といってね、公司は主に政治や反逆者、犯罪者の制圧を。そして、私たち化学班は、君たちGXの整備や、製造を主にしていた。私は君の外見や手足を任される、GX5-B-5班、私はそこの班長だった」
ランスさんは懐かしむように自分の手を眺め、そう答えた。
そういえば……公司には、黒いスーツを着てぼくらの身の周りの世話をする人たちと、よくラボラトリーに居る白衣を着た人たちに、分かれていた。
そうか、そんなこと、ぜんぜん知らなかった。
どうやら、ぼくのその思いが、表情に表れていたようだ。
「公司長は君たちに必要以上の情報を与えたがらなかったからね」
ランスさんがそう言って、苦笑いした。
ぼくは必要以上に頷き、そして前のめりになってもうひとつ疑問をぶつける。
「で、でも、ランスさんは泥棒をしようとして、公司館に忍び込んだって」
「あれは嘘ではないよ」
ランスさんが言う。
「正確には、公司館ではなく、公司館内のラボラトリーの中へ、だがね。まあ……怖くなってしまったんだよ。私は、GX.No,7の心臓部を、持ち出そうとしたんだ。そこを、運悪く他の公司に見つかってしまってね……後は、話した通りだ」
ランスさんはそう言って、長いため息を零し、自分の手を見つめる。
「……私は、この手で兵器を造っていたんだ。一度に何十人もの命を奪う、殺人兵器を……すまない」
ランスさんがはっと顔を上げ、申し訳なさそうにぼくを見た。
ぼくは苦笑いして、「いいえ」と首を横に振る。
殺人兵器か……確かに、過去のぼくはそうだった。
ただ人を殺すために造られた、お父様に忠実で便利な殺人人形だった。
だけど、今は……
「今は、ぼく……殺人人形なんかじゃ、ないから」
固く握った手の甲を眺め、呟くようにそう言うぼくに、ランスさんが頷いた。
「そうだね……ただ」
その声に、ぼくは顔を上げた。ランスさんは続ける。
「ただ、忘れないで欲しいことは、自分がロボットだということだ。酷な言い方かもしれないが、君たちは人のようで、人ではない、ロボットなんだ。君たちの能力は……本当に強い。そして、恐ろしい。その力は、何十人というミュータントをも上回る、とても強いものだ。だからこそ、君たちGXの間では、当たり前のように思った触れ合いも、人に大きな危害をあたえることとなる。私たちが、君たちを任務以外で外に出したがらなかったのは、そのせいもあるんだ」
「はい」
ぼくはしっかりと頷いた。
「確かに、ぼくら……GXを相手にするのと、人間を相手にするのでは、まるで気持ちが違う。ぼく、さっきセイに何度も手合わせをしようと言われて、少しだけ相手をしたけれど、少し本気を出そうとすると、すぐに体が戦闘体勢に入ってしまう。だから、ぼくらに人の相手は無理だって、わかりました」
「そうか。でも少しだけなら、大丈夫だろう。あのセイから逃れるのは困難だ。特殊能力を極力使わず、普段は基本ミュータント能力だけを引き出す設定に直そう。ならば、そんなに気を追うことはないだろう?」
「はい」
思ってもいなかった提案に、ぼくは期待を膨らませて頷く。
ランスさんも頷き返し、ぼくの肩を軽く叩いた。
「さあ、辛い話ばかりして、すまなかったね。だが、ここはもう公司館ではない。力を抜いて、気軽にいこうじゃないか。さて、No,6はどこだい?」
ランスさんが椅子から立ち上がり、そう訊いてきた。
「実は、ヴォルトは公司館を出る時、囮になって壊されてしまったんです。何とかデータだけは残っているけれど、今は、マルシェさんがどこかに持っていってしまいました。だから、ぼくも何もわからなくて……」
「なるほど……そうか、辛かったね。では、どのみちマルシェに会いに行かねばいけないね。GXを造るのならば、私も、きっと何か力になれるだろう」
ランスさんはニッと笑って、胸を張ってそう言った。




