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032

 一週間……いや、もっと長く……? ずいぶん、ぼくの記憶が所々抜けてしまっている所があるような。

 まるで、ぼくが今までのことを全て忘れてしまったようだ……。

 ぼくのほうが……?

 ぼくは頭を抱えて、必死に過去の記憶を呼び出そうとしていた。

 しかし、過去のデータが所々抜け落ち、穴が開いた地図みたいに場面がくり抜かれている。

 何かしらの事故にあい、頭の最重要部に傷がついたのだろうか? いや、だったらぼくの外見を直す時に、内部も修理してくれるはずだから……。

 その時、ティーマがぼくにひそひそと耳打ちしてきた。

「テイル、前からヴォルト、きらい。ヴォルト、おとうさまとけんかした」

 ティーマはお湯を沸かしに行ったテイルをちらっと振り返り、口を指先で押さえてクスクスと笑う。

「どっちも、ごめんなさい、しない。ごめんなさい、すればいいのに、ね」

 そう言ってにっこりするティーマに、ぼくは「そうだね」と頷きながらも、頭の中ではまだ、抜け落ちた記憶のことを考えていた。

 ぼく、何かに強く頭をぶつけたのだろうか? その拍子に、データがクラッシュしてしまったのかもしれない。

 本当に、何か抜けている……何か、大切な何かを、忘れてしまっているような……。

 そんなことがあったら、お父様に叱られてしまう。どうしよう。なんとか、思い出さなきゃ……。

 もしも人間だったら、ふとしたときに思い出せるのだろうけれど、ぼくらの場合は、そうはいかない。

 記憶がない時は、もう完全に消去されてしまっている場合が多い。

 何か強い衝撃を受けたか、お父様とシオンにしかできない、強制消去。それしかない。

 ぼくは一週間ずっとあのラボに居たのだから、少なくともその間に強い衝撃を受けたわけじゃない。

 お父様が強制消去をするときは、ぼくらにどうしても忘れたい嫌な思い出が出来たときか、ぼくらが何らかの情報を勝手に得て、それがお父様にとって都合の悪い場合だ。

 削除する場合は、何かを削除されたという思い出だけ、ぼくらに残される。同じことを繰り返さないように。

 ぼくは、どちらもあてはまらない。その覚えがないのだから。

 自分で言うのもなんだけれど、ぼくは、かなりの優等生のはずだ。

 悩むぼくの隣で、ティーマがわくわくと赤い瞳を輝かせながら、いろいろな形のクッキーを手に取り、順番に並べ始めた。

「これは、テイルの! これは、ゼルダの! これは、ヴォルトの!」

 ティーマはにこにこと微笑み、ぼくらの名前を呼びながら、クッキーを皿の上にとりわけていく。

 星がぼく、花がテイル、四角のシンプルなのがヴォルトだ。

「これは、ティーマの! これは、シオンの! これは、おとうさまの!」

 ティーマはハート、シオンは丸、お父様はチョコの挟まったビスケット……。

「これは、マーシアの!」

 マーシアは綺麗なカーブがかかっている三日月形。

 この順番からいくと……次は、人形のかたち。

「これは、ド……」

「ああ! もう、あのクソオヤジ!!」

 ティーマのクッキー並べを遮って、扉が豪快な音をたてて開いた。

 かと思えば、最悪な罵声と共に、ヴォルトが部屋に飛び込んでくる。

 片足を上げていた。ということは、どうやら扉を蹴飛ばしたようだ。

 その発言と行動に、テイルが甲高い悲鳴をあげた。

「まぁ! なんてことを!!」

「まあ!」

 ティーマがぱっと口を押さえてテイルの真似をして、椅子の上に立ち上がった。

 ヴォルトが顔を顰め、「うるさい」とでも言うように、髪をかきむしる。

「ヴォ、ヴォルト、久しぶり」

 ぼくは突然の登場に度肝を抜かれたが、とりあえずみんなと同じように立ち上がり、引きつった声で挨拶をする。

 ぼくの声に、ヴォルトがすばやく顔を上げ、茶色の目を大きく見開いた。

 次の瞬間には、今度はヴォルトがぼくに突進してきていた。

 二度も腹に強烈なタックルをくらい、ぼくは思わずぐぇっと声を出し、ヴォルトを受け止める。

 ヴォルトはティーマと同じようにぼくを見上げ、ぱっと顔を輝かせた。

「なんだよ、お前! てっきり、もう元に戻らないかと……!」

 珍しく嬉しそうなヴォルトの声に、ぼくもつられてくすくす笑った。

「みんな、大げさだよ」

「大げさも何も! あんなになっていたら、誰だって心配する!」

 ヴォルトはぼくから離れ、ぼくの周りを一周しながら、体を隅から隅まで確認する。

 そしてぼくの両腕を軽く叩きながら、またぼくを見上げた。

「本当に、完璧に直ったんだな。アラン!」

 アラン?

 ヴォルトまで、違う名前を?

「ヴォルト、違うよ。ぼく、アランじゃないよ」

 ぼくは首を横に振り、訂正した。

 ぼくの言葉に、ヴォルトまでもが怪訝そうに眉間にしわを寄せる。さっきのティーマに、負けず劣らずだ。

「何……言ってんだよ?」

 ヴォルトが苦笑いし、冗談だろ? と肩をすくめる。

 冗談も何も……ぼくはゼルダじゃないか。

「ぼ、ぼくは、アランじゃない。ぼくの名前はゼルダじゃないか。皆、さっきからおかしいよ。アランって誰のこと?」

 ぼくがそう言うと、ヴォルトははっと目を見開いた。

「お前……お前、まさか……」

 ヴォルトが茶色の目を見開いたまま、一歩後ずさりした。

 その頃、ぼくの頭の中では、知らず知らずのうちに、数々のデータが勝手に削除され始めていた。

 ほんの少し残っていた、ぼくが“アラン”だった頃のデータが。

 そして、“ゼルダ”として戻ってきたことへの、“喜び”が新たにインプットされる。

 ヴォルトが口を閉ざしたその時、ぼくは、自分の口が笑っているのに気づいた。

「アランは消えた」

 ぼくの口が勝手に喋った。

 その言葉に、ヴォルトはぎょっとして後ずさりをする。

「アランは消えたよ」

 ぼくの顔が、にやりと笑った。


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