第7話 能力
その男は、右手に短剣を持っていた。
あ、これまずいやつだ。
考えるより先に、全力で横に飛んだ。
振り返ると、さっきまで俺が立っていた場所に、短剣が突き刺さっていた。
地面に。
おいおいおい。今の、普通に殺す気だったぞ。
こりゃ、ほんとにやばい。
俺は覚悟を決めて、男に向き直った。
「へっへ。おい、ガキ。なんだその目は? 挑発的な目ぇしやがって。ぶっ殺してやるよ!」
してねぇよ、挑発なんか。
こっちは今、ビビり散らかしてるんだよ。
男は短剣を体の真ん中に構えて、まっすぐ突っ込んできた。
でかい。俺の倍どころじゃない。
でも、こっちは五歳だ。小ささなら負けない。
頭を下げて、男の股の下をすり抜ける。
すり抜けざまに、持っていた剣で、膝の裏を思いっきり刺してやった。
「ぐあああっ!」
男が膝を押さえてうめいている。
おいおい、楽勝じゃねぇの?
と思ったのも束の間。
剣が、抜けない。
ちょいちょいちょい、なんで抜けないの!?
引っ張っても、ひねっても、びくともしない。膝の裏に刺さったまま、がっちり固まってる。
男が、こっちを振り向こうとしている。
抜けないものは抜けない。
というわけで、無手になった俺は、戦略的撤退を選んだ。
要するに、逃げた。全力で。
◇
で、今。
俺は自分の部屋の、クローゼットの中にいる。
狭い。暗い。吊るしてある服が、顔にもさもさ当たる。
腹の中にいたころを思い出すな、これ。あっちのほうがまだ広かった気がする。
まったく、なんなんだよあいつ。
急に出てくるわ、殺そうとしてくるわ、剣は持ってかれるわで、もうわけわかんないんだけど。
俺、なんか恨みを買うようなことしたっけ?
いや、そもそも基本、家から出ないしな。恨みを買う相手がいない。
ってなると、親父殿か母親殿に恨みがあるやつか。
母親殿も、今日は例外だけど、普段は家から出ないし。
じゃあ親父殿か。
……いっぱいいそうだな。近衛騎士団の副団長だもんな。
というか、母親殿とフィリアが出かけててよかった。
いや、待て。母親殿がいないタイミングを狙ったのか?
っていうか、使用人はどこ行った? いつもその辺うろうろしてるだろ。
大声で呼べば、誰か来るか?
いや、呼んだらあいつにも聞こえる。却下。
ザッザッザッ。
足音だ。
こんな雑な歩き方するやつ、うちにはいない。片足を引きずる音も混ざってる。
あいつだ。
「どこだぁ! どこに隠れやがったぁ!」
部屋の扉が、乱暴に開いた。
おいおい、この部屋に入ってきたんだけど!?
でも、さすがにクローゼットは見ないだろ。
……見ないよな?
息を止める。頼む、見ないでくれ。
ギィッ。
「見つけたぁ!!」
は!?
なんでピンポイントで!?
いや、子ども部屋で隠れるとこなんて、ここくらいしかないけど!
驚きすぎて、声も出ない。
男が短剣を振り上げる。
そして、俺の顔めがけて振り下ろした。
せめてもの抵抗で、顔をそむける。目をぎゅっとつぶる。
痛いのは一瞬だ。たぶん。
覚悟を決めた。
……あれ?
来ない。
目を開ける。
そこには、懐かしいジジィの顔があった。
「意外と早かったの」
「な、なにが!?」
「能力の発現じゃ。普通はだいたい、あと二年くらいかかるんじゃが。恋しくなったか?」
「ちげーよ! なんか気づいたらここにいたんだよ!」
「知っとるよ。見とったから」
「え? 何見てんの? 怖っ」
「暇なんじゃよ」
暇だからって、人の生活をのぞくな。
……ん? 見てた?
「じゃあ、二歳のときに夜に何回か呼んだのも見てたのか?」
「見とったぞ。夜泣きと間違えられとったのぉ」
「見てたんなら出てこいよ!」
「発現しとらんもんは、わしにもどうにもできんわい」
それならそうと最初に言っとけよ。向こうで確認しろ、じゃなくて。
「……で、こっち来たけど、何したらいいんだ?」
「いや、できることなんてないぞ。わしがおるくらいじゃ」
「え? それだけ?」
「そりゃ、能力名が“いつでも爺にあえる権利”じゃからの」
名前のまんまかよ。
評議会の神様たちも、そりゃ通すわ。害がないもん。
いや待て。今、俺はここにいる。じゃあ、向こうはどうなってるんだ?
「ちなみに、こっちにいる間って、向こうの時間どうなってんの?」
「普通に流れとるよ。こっちと向こうでずれを出すと、だいぶ面倒なことになるらしくての」
「ふーん」
「……っておい待て。おぬし、悪いこと考えとるのぉ」
「ふっふっふっ。いいこと思いついたぜ。聞きたいか?」
「いや、もう見えとる」
「あ、そうか」
思考、筒抜けなんだった。
「とりあえず、しばらくこっちにいさせてもらうぜ」
「いや、まぁ、ここにおるのはいいんじゃが……これ大変なことになったとき、どやされるの、わしかのぉ……」
ジジィがなんかぶつぶつ言ってるけど、知らん。
向こうでは、あいつの短剣の先に、もう俺はいない。
時間は普通に流れてる。ってことは、ここでのんびりしてれば、そのうちあいつはいなくなる。
完璧だ。




