第5話 鳳雛
三歳。
妹ができた。
名前はフィリア。
フィリア・アンブロシア。
ってことは、俺のフルネームはユージーン・アンブロシアになるらしい。
名字、初めて知った。三年目で。
で、この妹がばかかわいいのだ。
ちっちゃい手で俺の指をぎゅっと握ってくる。それだけで全部どうでもよくなる。
前世は一人っ子だった。妹は念願だったのだ。
ジジィに会えないことなんか、どうでもいい。
いや、よくはないけど。ジジィは後で殴る。
「フィリア、お兄ちゃんだよ。お、に、い、ちゃ、ん」
「あー」
「ユージーン、まだ早いわよ」
「わかってます、母上。予習です」
母親殿に笑われた。
いいんだよ。最初にしゃべる言葉は「お兄ちゃん」って決めてるんだから。
◇
四歳になると、外に連れていってもらえるようになった。
行き先は帝都。うちは帝都の中にあるらしいけど、家の敷地から出たことがほとんどなかったので、ほぼ初見だ。
この帝都が、とにかくでかかった。
くそでかい城壁に、負けず劣らずの城。あきれるほど広い公園。
あと、どこまで続くんだってくらい店が並んだ商店街。もはやショッピングモールだ。
科学が異常な発達の仕方をした地球には及ばないけど、それでも十分すごい。
多分、佐賀にはこの大きさのものはない。
……いや、俺がちっちゃいから余計そう見えてるのもあると思う。
そのショッピングモールの一角に、剣と鎧の店があった。
ショーウインドウに、剣がずらっと並んでいる。
大歓喜である。
「母上! 母上! 剣です!」
「はいはい、剣ね」
「見てください、これ! これ、かっこよくないですか!?」
「ユージーン、さっきからそればっかりね」
中身二十九歳のおっさんが、ガラスにへばりついて離れない。
恥なんか、もうとっくにかき捨てた。
「坊ちゃん、お目が高いですねぇ」
店の奥から店員さんが出てきた。
頭の上に、ふさふさした耳が生えている。
亜人だ。
本物、初めて見た。
俺は別にケモナーではない。
ただ、しゃべるたびに耳がぴくっと動くのは、ちょっといいと思った。
「ごめんなさいね、この子ずっとここから動かなくて」
「いえいえ。見てってもらえるだけでありがたいですよ。王国にいたころは、店を出すどころか、住むのもダメでしたからね」
「ステインは、亜人の方が住めないものね」
「ええ。まぁ、連盟よりはマシですけど。あっちは亜人ってだけで石が飛んできますから」
「先代の陛下が法律を作ってくださって、本当によかったわ」
母親殿と店員さんが、なんか大人の話をしている。
どうやら亜人が普通に暮らせるのは、この国だけらしい。
そんなことより、剣だ。
「母上。この剣、ほしいです」
「だーめ」
「お願いします。ちゃんと大事にします。一生大事にします」
「……子ども用の小さいのなら」
勝った。
中身二十九歳が、四歳の全力でおねだりして勝ち取った剣である。
名前は“鳳雛”にした。いずれ鳳凰になる雛。俺にぴったりだ。
一週間で折れた。
さすがの俺も泣いた。
◇
あと、本が読めるようになった。
これがだいぶデカかった。おかげで、この世界のことがなんとなくわかってきた。
この世界には、大きな国が三つある。
一番でかいのがステイン王国。今は八代目のアルス・ステイン王。
国土はうちの国のだいたい三倍で、食べ物も生活に必要なものもほとんど自前でまかなえるらしい。住んでいるのは、ほぼ人間だけ。
次が、俺の住んでいるネクタル帝国。今の皇帝は十三代目のヘクトール・ネクタル陛下。
この世界で一番歴史が古い国で、皇帝は、血のつながりがある人の中で一番強い人がなるらしい。
脳筋か。
最後が金龍連盟。十三の国が手を組んだ連盟で、盟主の国が十年ごとに交代する。歴史は一番浅いけど、人口は一番多い。
そして、亜人と帝国がとにかく嫌いらしい。昔、攻め込まれたことがあるとかで。
店員さんの「石が飛んでくる」は、冗談じゃなかったらしい。
そんなに仲が悪いのに、今は戦争になっていない。
三十年前、魔族の王ヴォルフガングってやつが、全部の国にケンカを売ったからだ。
さすがの三国もこれには手を組んで、最後は帝国の十代目、ガレイン皇帝がヴォルフガングを討ち取った。
そのあと、ステイン王国が戦争そのものを禁止した。
ただ、その禁止には期限があって、六十年。
もう半分過ぎてるらしい。
「父上。戦争って、また起きるんですか?」
「どうした、急に」
「本に、禁止には期限があるって書いてあって」
「あぁ……しばらく大戦はないだろう。心配するな」
親父殿は、近衛騎士団の副団長をやっている。
その人がないって言うなら、ないんだろう。
多分。
◇
とまぁ、こんな感じの幼少期を過ごしてきたわけだが。
今日は俺の、五歳の誕生日である。
長かった。マジで長かった。
そして、五歳になったということは、あれが始まる。
そう。
剣の訓練だ!
本当は六歳からの予定だったのを、早くしろ早くしろとねだりまくって一年早めてもらった。
前世ではわからなかったけど、実は剣の才能があるかもしれない。
なにせ、生まれ変わってるんだからな。
俺はうっきうきで、庭に出た。




