第39話 久しぶりの空
ふっと息を吐き、全身を使って下段から剣を振り抜く。
目の前の少年は、迫る剣に動揺するそぶりもない。
少し後ろに跳んでかわすと、振り抜いた後の隙を狙って、上段から剣を振り下ろしてきた。
慌てて膝をつく。
体をそらし、手首を返して、どうにか剣を滑り込ませる。
直撃だけは避けた。
と思ったら、息をつく暇もなく、視界いっぱいに膝が迫っていた。
まともに膝蹴りを食らって、吹っ飛ばされる。
体を起こしたころには、もう手に剣はなかった。
そのまま少年と素手の殴り合いになりかけて……
「ちょっ、ストップ! ストップ!! ターイム!!!」
「ん? なんだ? やらんのか?」
「いや……おれ……近接格闘は、得意じゃ、ないし……。それに、剣の、訓練じゃ、なかったっけ?」
「いやまぁ、そうだが。結局のところ、素手でやり合う経験も必要だろう? それに、私もこの体に慣れておきたいのでね」
「もう一週間も経ったんだから、慣れてるでしょ?」
この少年、ヴァルプスとダンジョンで暮らしはじめてから、一週間が経っていた。
どうやらヴァルプスは、人間の体で戦うことにまったくと言っていいほど慣れていないらしい。
それで、ダンジョンでの護衛ついでに、戦闘訓練をしているわけだ。
じゃあ、なんで剣の訓練なのかというと。
話は一週間前にさかのぼる。
◇
「よろしく、ユージーン君」
「うん、よろしく」
「よし。じゃあ挨拶も終わったところで、拡張訓練の準備をしようか。さっきの場所に戻ろう」
最初の部屋に戻ると、ガルさんは懐から、例の魔道具を取り出した。
真っ黒な球体だ。
ガルさんはそれを手に、あたりを見回しながらうろうろと歩きはじめた。
「その球……魔力を放出しているのか。それで、何をするつもりなんだ?」
「魔力の総量を増やすんだよ」
「あぁ、そういうことか。お前ら人間は、その行為に冒涜的な恐怖を感じないのか?」
「冒涜的……? いや、特に感じないが……」
「そうか。気にしなくていい」
「君ら竜は、そういうの気にするのかい? お、ここのくぼみ、ちょうどいいな」
「不変を好むからな。我々はお前らと違って、自然を愛しているのだよ」
「別に、自然を愛していないわけじゃないさ。ただ、最善を目指しているだけだよ」
「最善。我々には理解しがたい感覚だな。もっとも、理解したいとも思わないがね」
「ま、違う種族なんだ。理解してもらえるとは思ってないよ」
なんか、ちょっとピリッとしてないか、この二人。
「あ、そうだ。一個お願いがあるんだけど、いいかい?」
「内容によるな」
「魔力濃度を上げたいんだけど、これ一つじゃちょっと厳しくてね。中毒にならないくらいの魔力を、放出し続けてくれない?」
「疲れるのだが……まぁ、いいだろう」
「ありがとう。ユージーン君」
「はい?」
「そこのヴァルプスを僕の養子ってことにして、同じ騎士学校に入れるから。ある程度、剣を使えるようにしてやってほしい」
「養子?」
「そう。僕、結婚してないからね」
「いや、まぁそこはいいとして、なんで子どもなんですか?」
「うーん、まぁ色々理由はあるけど。君の一番近くにいてほしいからね」
「わ、かりました。でも、一か月じゃ厳しくないですか? それに僕、人に教えられるようなレベルにいないんですけど」
「まぁ、足りない部分は魔力と基礎体力でどうとでもなるよ。それに入学試験はもっと後だから、ほかの人にも頼むつもりだよ」
「それはよかったです」
「よし、じゃあ色々頼んだよ。二人とも」
「……はい」
◇
というのが、ここまでのあらすじ。
で、この一週間くらい、剣の稽古という名の戦闘をやってきたわけだが。
教えることなんて、何もなかった。
そもそも、反応速度も、頭の回転も、魔力による身体強化も、全部俺より上。
剣を使う相手と戦った経験もそれなりにあるらしく、剣の使い方もわかっているようだった。
……俺、いる?
まぁ、ガルさんと二人でここにいるよりは、剣が使えるようになってる。
なので、まぁ、なんやかんやアリって感じだった。
肝心の魔力量の拡張は、特に実感がなかった。
なんとな~く、じわぁ~っと気分が悪いだけ。これといって広がってる感じはしない。
ただ、ヴァルプスによると着実に増えているらしい。
嫌な顔をしながらも、「まぁ見られるくらいにはなった」とは言っていた。
褒めてないだろ、それ。
魔法についても教えてもらおうと思ったけど、ヴァルプスにとって魔法は息をするくらい自然なものらしい。
結局、「よくわからん」と言われて断念した。
そうこうしているうちに、一か月が経った。
思っていたほど、長くは感じなかった。
たぶん、毎日やらされていた実戦形式の訓練のおかげだろう。時間の感覚なんて、まるでなかった。
疲れたら寝る。起きたら剣を振らされる。その繰り返し。
食べ物には困らなかった。なにせ、そのへんに魔物がいるのだ。
適当に焼いて食べれば、味はともかく、食べられはした。
魔力が何倍くらいになったのか、ヴァルプスに聞いてみたこともあるけど、「そういうのはわからん」の一言で片づけられた。
わからんのかい。
◇
久しぶりに見た空は、記憶にあるよりずっと青くて、高かった。
吹く風が、涼しくて気持ちいい。
外に出てはじめて、ダンジョンの中がどれだけひどい環境だったのか思い知らされる。
あの黒い霧の中に、一か月いたんだよな。俺。
「久しぶりの外は気持ちがいいだろう?」
「そうですね。今までの人生で一番気持ちいいです」
「人生ったって、十年かそこらだろうに」
迎えに来てくれたガルさんと、しゃべりながら帰る。
帰り道は、行きに比べてずいぶんゆっくり歩いている気がした。
久しぶりの自然を味わってほしい、というガルさんの心意気なのかもしれない。
ヴァルプスは、物珍しそうに木々を眺めていた。
たまに葉っぱを手に取って、匂いを嗅いだりもしている。
ダンジョンにいるときはまったく感じなかったけど、こうして見ると、見た目よりだいぶ幼く見えた。
あのダンジョンから、外に出たことはないんだろうか。
口ぶりからは、外のことをよく知っているような感じがしたんだけどな。
なんとなく、不思議なやつだ。
「家に帰ったら、魔力量を測ってみようか」
「そうですね」
そこから数時間ほど歩いて、ガルさんの家に着いた。
ガルさんが中に入るなり、ヴァルプスは家のまわりをぐるぐると散歩しはじめた。
……まぁ、野生の獣は好きにさせておこう。
俺は、ガルさんのあとに続いて家の中に入った。
さて、魔力量。
一か月分、ちゃんと増えてるといいんだけど。




