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第40話 番外編 とある騎士隊長のお話

 ヴァルトは大上段に構えた剣を振り下ろし、手首を返して、流れるように斬り上げた。


 俗に燕返しと呼ばれるその剣を、相手は軽くかわした。


 腰にためた剣の切っ先が、喉元めがけて突き上げられる。


 どうにか反応したが、よけきれない。首に一筋、切り傷が走った。


 血がつうっと首を伝う。


 それに気をやることもなく、乗り出してきた相手の半身へ、左上段から袈裟懸けに斬りつけた。


 右の肩から背中にかけて、大きく斬り裂かれる。


 男は膝を折り、力なく崩れ落ちた。


 足元にたまった血を見ながら、首元に指を当てる。


 赤く染まった中指を見つめて、ふっと息をついた。



「あら、傷が。大丈夫ですか? 隊長」


「俺の心配はいい。ほかは片付いたのか?」


「はい。けが人こそいますが、死者は一人も出ていません」


「よし、ならいい」



 ヴァルトは、遠くに見える隊員たちに向かって声を張り上げた。



「さぁ、後片付けだ! 証拠は一つとして取りこぼすなよ!」



 ネクタル帝国騎士団、四番隊隊長ヴァルト。


 彼の率いる四番隊は、最近幅を利かせているギャングのアジトに急襲をかけたところだった。


 運悪く、ボスは不在だったらしい。少しでも情報を集めるため、ヴァルトは指示を出していた。


 さっき声をかけてきた副隊長のスミスが、探るような目でこちらを見ていた。



「了解です。……ヴァルト隊長、なんか悩みでもあるんですか?」


「ん? いや、なに……そうだな。剣を抜け」


「え?」



 言うが早いか、ヴァルトは腰の剣を抜き放ち、横一文字に振り抜いた。


 スミスは後ろに跳びのく。



「どういうつもりですかっ? 隊長っ!」


「稽古さ」



 短く返すと、ヴァルトは一瞬で距離を詰め、肩に担いだ剣を振り下ろした。


 スミスの顔色が変わった。


 剣を握り直し、振り下ろしの隙を埋めるように斬り返してくる。


 二撃、三撃と剣を交えるうちに、ほかの隊員たちも異常に気づき、周りがざわめきはじめた。


 周りの視線など、もう目に入らなかった。


 迫る剣をどういなし、どう次の攻撃に転じるか。ただそれだけに没頭していた。


 どれほどの時間が経ったのか。


 真上にあった太陽はいつの間にか傾いて、空を赤く染めていた。


 地面には、二人の血と汗がしみ込んでいる。


 剣は欠け、鎧には無数の傷。それでも、全身から発せられる闘志はまるで衰えていなかった。


 しかし、体はとっくに限界だった。


 低く、低く。


 膝が地面につくほどにかがめた姿勢から、跳ね上がるように逆袈裟に振り抜く。


 その一撃が、相手の剣ごと体を吹き飛ばした。


 吹き飛んだのは、ヴァルトのほうだった。


 思わず膝をつき、がっくりとうなだれた。


 それを見下ろしていたのは、スミスだった。


 高鳴る心臓を落ち着かせ、肺に空気を十分に入れてから、ヴァルトは口を開いた。



「スミス……」


「はい」


「今日から、四番隊の隊長はお前がやってくれ」


「はぁ? さっきからなんなんですか? まるで意味がわからないんですが」


「衰えたんだよ。俺は」


「はぁ」


「栄えある騎士団の隊長を名乗るには、ふさわしくないと思ってな」


「なるほど。今でも十二分に強いと思いますが、引き止めはしませんよ。幼いころからの夢だったんです。推薦していただけるなら、引き受けます」


「そうか」


「でも、隊長はこれからどうするんですか?」


「どうすっかな。スミスは何がいいと思う?」


「さぁ? まぁ、なんでもできるんじゃないですか? それこそ、騎士団の新人教育とかどうです?」


「この歳でやるには、少し荷が勝ちすぎるな」


「ゆっくり考えればいいじゃないですか。時間はできるわけだし」


「そうだな。俺は先に帝都に戻って、団長に伝えておく。後始末は頼んだぞ」



 ヴァルトは腰を上げて剣を拾い、鞘に納めると、近くの隊員に馬を連れてくるよう告げた。



「隊長! こちらを」


「おう、すまんな」



 手綱を受け取ったが、馬にはまたがらなかった。


 手綱を引いたまま、帝都に向かって歩きはじめる。


 何かを考えていたわけではない。ただ、思い出していた。


 賊との死合い。そしてそのあとの、スミスとの仕合いを。


 気づけば、もう夜になっていた。


 顔を上げるまで、まったく気づかなかった。思わず、大きなため息が出る。


 頭を軽く振って、腰の剣を抜いてみた。


 月の光をきらきらと跳ね返すその剣には、欠けや傷がいくつもついていた。


 なぜだろう。ついさっきまで握っていたはずなのに、やけに小さく感じるのは。


 いろんな角度から眺めたり、軽く振ってみたりしたが、答えは出なかった。


 考えるのをあきらめて、馬にまたがる。





 ◇





 帝都に着いたのは、翌日の朝を過ぎたころだった。


 宿で休もうかとも思ったが、用事を片付けてからのほうがいいだろう。ヴァルトはそのまま、騎士団の帝都本部へ向かった。


 本部の中は、相変わらず質素だ。受付ですら、ちょっといい食事処のほうがまだましだろう。


 騎士は名誉と忠誠のためになるもので、建物に金をかけるものではない。この国では、そういうことになっている。


 そのくせ、隊長の中には豪華絢爛な鎧を着ている者もいる。


 ヴァルト自身は飾りに興味がなく、身につけているのは簡素な軽鎧だった。


 受付で聞くと、団長は団長室にいるらしい。


 本部の最上階、七階だ。


 扉をノックして名を名乗ると、短く「入れ」とだけ返ってきた。


 扉を押し開ける。いつもと変わらない険しい顔で、団長がこちらをにらんでいた。



「なんの用だ?」


「実は、四番隊隊長の座を降りようかと思いまして」


「そうか」



 団長はそう返すと、手元のペーパーナイフをいきなり投げつけてきた。


 ギィンッ。


 ペーパーナイフは後ろの壁に突き刺さり、ヴァルトの頬に一筋の切り傷ができた。



「衰えたな、ヴァルトよ」


「えぇ」


「退役の件、了承した。後任は決めているのか?」


「副隊長のスミスに任せようかと」


「わかった。諸々の処理はこちらでやっておく」


「ありがとうございます」



 ヴァルトは深々と頭を下げた。


 少し間が空いた。


 頭を上げると、団長が口を開いた。



「だが、ヴァルトよ。長く騎士団にいたお前を、このまま野放しにすることはできん。わかるな?」


「はい」


「そこでだ。こんなものがある」



 団長は机から紙を一枚取り出して、ヴァルトに手渡した。


 騎士学校教員募集、と書いてある。



「これは?」


「騎士学校が人手不足なのは知っているな? いつだったか、お前も試験に駆り出されていた」


「えぇ、そんなこともありましたね」


「まぁ、あれはゴネリルの息子を見極めるというのが本当のところだったわけだが、人手不足に変わりはない。そこで、お前には教員をやってもらう。いいえはなしだ」


「わかりました」


「では、来年度から頼むぞ」



 こうして、二十年以上を騎士団に捧げたヴァルト・ウィンストンは、騎士学校の教師になる。


 ユージーンとヴァルトが再会するのは、もう少し先の話。


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