第36話 七階層の手前
「え、結構でかくないですか? 少なくとも僕よりはでかいですよね?」
「見た感じそうだね。でも、君のお父さんよりでかい魔物なんていっぱいいるけど、どの魔物もあの人には勝てないよ?」
「そりゃ父上だからでしょ」
「うだうだ言わないで、さっさと行きな?」
「……うっす」
剣を後ろに引きながら、熊との距離を詰める。
熊は両腕を振り上げて、吠えた。威嚇だ。
走りながら、下半身に強めに身体強化をかける。
そして、思い浮かべる。
今まで見てきた中で、最速で、最強の突きを。
右半身を後ろに引き、腰を少し落とす。
熊の心臓に狙いを定めて、しっかり見据える。
十分に距離が縮まったところで、左足で強く踏みしめた。
右手の剣を突き出す。
まっすぐ、歪みなく、よどみなく、最短距離で。
剣は熊の体に吸い込まれて、勢いを失わないまま柄までめり込んだ。
「今の……グレンゴルドの真似かい?」
「はい」
「やっぱりそうか。あの野郎、戦闘力だけは本物だからな。認めたくないけど」
ガルさんは、ちょっと嫌そうな顔をした。
「まぁ、本物と比べるとさすがに劣るけど、今の突きはかなりよかったよ。さすがはゴネリルの息子だね」
「えぇ、まぁ」
大満足だな。
この突きは、これから鍛えていこう。
やっぱり、正面から強い一撃があってこそ、不意打ちが光るんだもんな。
「あ、また熊がいますね」
「まぁ、一回倒してもらってるし、もういいかな」
ガルさんは炎の小鳥を一羽呼び出すと、熊に向かって飛ばした。
熊が、爆発四散した。
「よし、行こうか」
「えぇ……」
ぐっろ。
マジか、この人。いや、でも、まぁ、手っ取り早いか。
こうしてガルさんがサクサク掃除しつつ、たまに俺が倒しつつ、二階層を探索すること数時間。
次の階段を見つけた。
「結構かかりましたね」
「そうだね。二階層はたしか広めだからね」
「次、行きますか」
「いや、疲れが残った状態で次に行くのは危ないから、今日はここで休もうか」
「ここで休むって……危なくないですか?」
「あぁ、なんかさ、このダンジョンの中で、魔物が自分からこっちに向かってくることって少なかった気がしない?」
「言われてみれば、たしかに」
「だいたいの生き物は、自然と体から魔力を放出してるんだけど、魔物にはどうやらそれが見えるっぽいんだよね」
「へー」
「で、魔力量が多い人には近づかない傾向にあるんだよ」
「なるほど」
「そんで、今日は僕がいるから」
「魔物は近づかない、と?」
「うん。このへんなら、まず近づいてこないね。一応、警戒用の罠は張っておくし、僕は起きておくけど」
面白いことを聞いたな。
魔物には魔力が見えてるのか。しかも、魔力が漏れ出てるって?
出してるつもりなんてないんだけどな。これって、自分でコントロールできるんだろうか。
「その漏れ出る魔力って、コントロールできるんですか?」
「どうやら無理っぽいよ? 前にゴネリルと実験したんだけど、全然だめだったね」
「なるほど」
親父殿、そんなことまでしてたのか。
「まぁそんなわけで、大した魔物は寄ってこないから安心してよ」
ガルさんは自分のコートをたたんで、硬い床の上に置いてくれた。
ありがたく、それを枕にして寝ることにした。
◇
夢を見た。
それも、とびきり嫌な夢を。
「最悪の目覚めって顔だね」
「えぇ、ちょっと嫌な夢を」
「ほら、水だよ。次の階層に行こうか。そのほうが早く忘れられる」
「……そうですね。急ぐとしますか」
三階層から六階層までは、サクサクと踏破できた。
そして、七階層への階段を目の前にしたところで、ガルさんが口を開いた。
「さて。突然だけど、ここから雰囲気ががらりと変わる」
「はい」
「それに、これから一か月は、君一人でどうにかするしかない。君がこの階段を上ったら、もう引き返すことはできないし、引き返させるつもりもない」
いつもの、ゆるい声じゃなかった。
「さて、どうする?」
何も言わずに、階段に足をかけた。
「本当にいいんだね? 君なら、無理に拡張をしなくても、普通以上の騎士にはなれるだろう。それどころか、騎士団長のレベルにだって届くはずだ」
「……」
「それでも、つらい思いをしてまで高みを目指すというのかね」
「できることは、すべてやると決めたんです」
振り返らずに、答える。
「未来の選択肢を減らすようなことは、したくないですから」
「そうか。ならば、私もできる限りのことをしよう」




