第32話 形見
部屋に戻ると、ガルさんは後ろ手にドアを閉めた。
「さて、話があるんだけど」
「それ、エミリアさんの剣ですか?」
「ん? あぁ、そうだね。ここに置いておこうか」
ガルさんは、剣を壁に立てかけた。
どうやら、まじめな話っぽいな。
「それで……いや、先にこっちを聞いておこうか。ユージーン君、グレンゴルドと戦ってみて、どう感じた?」
「どう、っていうのは……?」
「そうだな。なんて言ったらいいか。あいつから殺意を感じたかい? グレンゴルドは、本気で君を殺そうとしてた?」
「いや、それはないと思います」
「どうして?」
「実力差は明らかでしたから。それに殺すつもりなら、僕が気絶してる間にいくらでも殺せたでしょうし」
「ふむ。そうか、そうだよな。教えてくれてありがとう」
「……? はい」
「ははは。これじゃ、わけわかんないよな」
「正直、ちょっと」
「いや、どうもグレンゴルドの野郎は、騎士に強い執着があるみたいでね。騎士以外の被害がやけに少ないから、前から気にはなってたんだけど」
「あぁ、なるほど。一対一で話したんですけど、気のいい変な人って感じで、盗賊っぽさはなかったですね」
「わかった。それも騎士団に報告しておこう」
ガルさんはそこで、一度言葉を切った。
「それで、話はもう一つあって……」
ガルさんの目が、少しだけ天井のほうに泳いだ。
(さて、なんて言おうかな。ユージーン君はまだ十歳だ。エミリアにはよくなついてたみたいだし、十歳に伝えるには少し重いか?)
(ほんと、俺の周りはよく人が死ぬな。あんな研究をしてたら、死神に好かれても文句は言えないが)
(あぁ、そうか。思い出した。だからあいつは)
(なら、同じ轍は二度踏まないようにしないとな)
「話っていうのはね。エミリアが死んだ」
「……え」
「正確には、殺された、だけどね」
「え、それは」
「本当だよ。その剣が、彼の遺品だ」
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
指先が冷えて、力が入らなくなる。
胃の奥から何かがせり上がってきて、そのまま吐いた。
ガルさんはわかっていたのか、いつの間にか足元に桶を置いてくれていた。
まとまらない頭で、ガルさんの言葉をどうにか飲み込む。
「その剣、エミリアが君にあげるって言っててね。僕は剣の価値はわからないけど、どうやら良いものみたいだよ」
「……そう、ですか」
「で、どうする? 一度首都に戻るか、それとも僕と魔力拡張の修行をするか」
「修行します」
「うん。さすが、副団長の息子だ」
「……」
「じゃあ、明日から早速修行にしようか。葬式をどうするかはわからないけど、まぁ、ケイあたりが伝えに来てくれるだろう。今日はゆっくり寝るといいよ」
「はい」
ガルさんが出ていって、部屋には俺と剣だけが残った。
そうか。
エミリアさん。
この剣を……。
壁に立てかけてあった剣に手をかけて、持ち上げる。
おっっっっっも!!
なにこの剣!? 見た目のわりに超重いんだけど!?
なんか感情とか全部吹っ飛んだんだけど!? これ何でできてんの!?
持ち上げるだけで精一杯なんだけど!? エミリアさん、なんでこんなの振り回せてたの!?
……家に帰ったら、親父殿に聞いてみるか。
とりあえず、寝よう。
◇
寝れない。
そりゃそうか。ちょっと前まで、気絶とはいえ寝てたんだもんな。
しょうがないので、この剣を色々見てみることにした。
とにかく重い。そこは何回持っても変わらない。
……でもこの剣、ちょっと光ってないか?
月の光、じゃないよな、これ。なんの光だ?
そういえば前に、じ……師匠がすげぇ魔法を使ってくれたとき、こんな感じの光が出てたような。
ってことは、この光って魔力? 剣が魔力をまとってるってことか?
なんでだ?
魔力、魔力ねぇ。
俺、魔力ほとんどないんだよな。そのせいで、使い方もよくわかってないし。
これ、どうしたらいいんだろ。師匠に聞いてみるか?
(知らんぞい。マジでその武器は特殊すぎるから、実際に触ってみんとわしにもわからん)
まじかー。じゃあ、どうしようもないな。
しばらくは、振れるようになるまで放置かなぁ。使いたかったんだけどな。
この剣、そっちに持っていけない?
(無理じゃの。持ってくることはできても、解析するのは過干渉になるからの)
そっかぁ。
じゃあまぁ、いろいろ自分で試してみるしかないか。
……やっぱり光ってるな、これ。
◇
寝覚めのいい朝、って感じじゃないな。
なんか、疲れがぜんぜん取れてない。ベッドのせいか? 妙に頭がぼうっとする。
とりあえず、下に降りるか。
「おはよう、ユージーン。寝不足って顔だね。よく寝られなかった?」
「はい。なんかよくわかんないんですけど、疲れが取れなくて」
「へぇ。あぁ、あの剣のせいかな? あの剣、だいぶ食っちゃうからね」
「……? なんの話してます?」
「おいおい説明するよ。さっさと朝ごはん食べて、家に帰ろうか」
「うっす」
食う? 剣が?
なにを?
よくわからんけど、とりあえず朝飯だ。
今日の朝は、かったいパンか。
この世界のパン、マジで固いんだよな。前世のふわふわのやつを知ってると余計にきつい。顎がメキメキ鍛えられるわ。
これ、どう食べるのが正解なんだ?
……スープにつけるか。
お、ちょっとマシになった。
「朝ごはんも食べ終わったことだし、行こうか」
「はい。ところで、拡張って何をするんですか?」
「うーん、簡単に言うとね。魔力の濃い場所に長い間いると、体が魔力になじんで、最大魔力量が増えるんだよ」
「なるほど。長い間って、どのくらいなんですか?」
「だいたい三十日くらいだね」
「一か月もかかるんですか?」
「最大の効果を出そうと思ったら、それくらいはかかるね」
「どこでやるんですか?」
「ダンジョンの中だね。ダンジョンの中に魔力濃度が特別に高い部屋があって、そこに特別な魔道具を置くと、魔力の拡張ができるんだ」
「ダンジョンの中って、危なくないんですか?」
「普通にモンスター湧くね」
「湧くんだ」
「しかも、そこそこ強いのが湧くから、剣の訓練にもなるんだよ。個人的には、あそこが最高効率かな」
「なるほど。大変そうですね」
一か月もかかるのは、ちょっとやばいな。
しかもモンスター湧くのか。
そこそこ強いとか言ってるけど、宮廷魔導士基準の「そこそこ」でしょ。絶対、俺を殺すには十分すぎるやつだ。
とにかく死なないことだけ気をつけよう。うん。
◇
襲いかかってきた野生の魔物を返り討ちにしたり、すれ違ったほかの冒険者と雑談したりしながら歩くこと数時間。
レンドリアにある、ガルさんの家に着いた。
「普段、ここで何してるんですか?」
「まぁ、研究かな」
「なんの研究をしてるんですか?」
「それは……ユージーン君が学校を卒業したら教えてあげるよ」
「楽しみに待ってます」
「楽しみにはしないほうがいいかも」
「え、もしかして結構地味とかですか?」
「いや、地味というか、なんというか。まぁ、また今度ね」
「はい」
よくわかんなかったな。
よくよく考えてみたら、俺、この人のことあんまり知らないんだよな。
名字がリーフィスってことと、宮廷魔導士ってことくらいか。
まぁ、詮索はやめとこう。されて気分のいいもんでもないしな。
お、ガルさん、準備終わったっぽいな。
手に持ってるあれが魔道具か?
ぱっと見、真っ黒でちっちゃいガンツの玉なんだけど。
……なんか光ってないか? 光ってるというか、なんというか。
これ、あの形見の剣に似た光り方だな。材質が同じとかかもな。
そういえばガルさん、剣が「食う」とか言ってたけど、何を食べるんだろうな。
「よし、行こう」
「はい。その魔道具って、どういうものなんですか?」
「教えてあげたいけどね、駄目なのよ。これの構造とか教えちゃうと、いろいろと問題になるんだよね」
「なるほど。じゃあ聞くのやめときます」
「それがいい」
ガルさんは魔道具を懐にしまうと、宿から持ってきたエミリアさんの剣をひょいと片手で持ち上げた。
……ひょいと?
あれを?
「じゃあ、行こうか」




