第30話 師匠
「目の運び方の意味はわかったかの?」
「まぁ、なんとなく。できるかはわかんないけど」
「いきなりできるようになるのは、さすがに厳しいからの。必要なときまでにできるようになっとればいいんじゃ」
「はーい」
「で、次に体の使い方じゃが、これはいくつかある」
「いくつか?」
「たとえば、グレンゴルドがやっとった、見えん位置で剣を持ち替えるやつ。あれも体の使い方によるブラフじゃの」
「あぁ、あのかっこいいやつ。あれ、俺も使えるようになりたいんだけど」
「練習するんじゃな。シンプルなわりに結構刺さるからの。るろうに剣心の鵜堂刃衛も使っとったじゃろ、たしか」
「背車刀のこと? あれは背中側に回すって違いはあるけど……まぁ、ブラフにはなるか」
「いちいち“あれ”と呼ぶのも面倒じゃな。【影双】とでも名前をつけるか」
「影双」
「【影双】は相当な腕力が要る。【地割】の要領で一時的に身体強化をかけてもいいんじゃが、それじゃコスパが悪いからの。しばらくは使わんほうがいい」
「ほーん。もっかい見たいから、やってみてくれよ」
「いいぞい。剣を構えよ」
俺が剣を構えると、ジジィは剣を逆手に持って、体の横に隠すように構えた。
今回はわかりやすいように、ちょっとだけ刃先が見えるようにしてくれている。
「いくぞ」
ジジィが体をひねり、剣を振り抜く素振りを見せる。
右手が振り上がる途中で、剣が手から離れた。
一瞬だけ宙に浮いた剣を、左手がつかむ。
タイミングをずらして、そのまま振り抜いてきた。
ガキン、と受け止める。
来るのを知ってたから止められたけど、これ初見だったら絶対無理でしょ。
こんなの初見で見破れるやついんのかよ。
「いるんだな、それが」
「まじ? ……父上ならできるかな?」
「あー、できるじゃろうな。おぬしの父親は、この国屈指の化け物じゃからの。あれは本物の天才じゃ。おぬしと違っての」
「一言多いな。っていうか、まじで父上すごいんだな。ジジィとどっちが強い?」
「さすがにわしじゃの。おぬしが信仰心を一切持っとらんせいで忘れとるかもしれんが、わし、一応神じゃからな?」
「そうか、忘れてたわ」
「おい」
「ジジィって神になったの? それとも最初から神だったの?」
「神だとわかっとるならジジィとか言うなよ。……神は、基本的に“成る”ものじゃの。座に就く、とも言うが」
「え、そうなの? じゃあ俺も頑張って強くなれば、神の座に就ける?」
「強くなるだけじゃ駄目じゃのう」
「どんな条件があんの?」
「それはさすがに教えられんの」
「まぁ、そりゃそうか。ちなみに、神に成る前のことって憶えてんの?」
「ばっちり憶えとるの。まぁ、教えはせんが」
「ダメかぁ。ケチじゃん」
「そういうのは口に出さんもんじゃよ」
「出さなくても聞こえるでしょうが」
「それでもじゃ」
頑固ジジィめ。
ジジィの過去にはだいぶ興味あったけど、あんまり詮索するのもな。
とにかく今は、ブラフの習得が最優先だ。
同年代とやり合ったことがないからピンとこないけど、ジジィが才能ないって言うならないんだろう。仮にも神様だし、見る目はあるはずだ。
「宿屋のおかみさんが呼びに来るまでの数時間、わしと組み手をしながら、目の運びと体の運びを身につけてもらうぞい」
「うっす。ちなみにさ、なんか必殺技みたいなのはないの? ジジィ直伝の最強の必殺技みたいなやつ」
「あるにはあるが、おぬしに教えても活用できんじゃろうから、まだ教えんぞ」
「え、まじで! どんなの?」
「そうじゃの、簡単に言うなら身体強化じゃの」
「え、地味じゃない? グレンゴルドが使ってた、剣に魔法をまとわせるやつみたいな、かっこいいのないの?」
「あれはくそ燃費が悪いうえに詠唱が要るから、実戦じゃ微妙じゃぞ。まぁ、ああいうわかりやすいやつもあるにはあるが……おぬしに教えて活用できるのかのぉ」
「はぁ!? なめんなよ。活用してやるわ」
「はてさて、どうかのぉ? まぁ、しばらくは教えんから楽しみにしておれ」
「おっけ。まかせろ」
「じゃあ、組み手を始めるぞい」
そこから、ジジィと組み手をしながら目と体の運び方を叩き込まれた。
どうも俺はあんまり向いてないらしく、ジジィに色々言われた。それは俺もうっすら感じてたので、言い返す気すら起きなかった。
まず、動きと意識を分けなきゃいけない。これがまた超むずい。
攻撃する場所と全然違うところに目をやったり、ガマクとかいう技で重心をずらしたり。
そもそもジジィの剣をさばくだけで精一杯なのに、そんなことまでやれとか、脳みそがどっか行きそうだ。半分パニックである。
「この程度、おぬしの歳なら癖でできるようになっとるもんじゃ」
とかジジィは言ってたけど、さすがに嘘だろう。
こんなことできる十歳がいてたまるか。
そんなこんなで悪戦苦闘しているうちに、どうやら夕飯の時間になったらしい。
「おかみさんも呼んどることじゃし、今日はここらへんにしておくかの」
「おっす。今日も修行ありがとな」
「おぬしは、もうちょい敬意を持ったほうがいいのぉ。せめてジジィと呼ぶのはやめんか」
「敬意はあるって。でも、なんて呼ぶのさ」
「なんでもいいが、せめて敬意をこめた呼び方にせんか」
「えー、そうだな……じゃあ、師匠で」
「ッ!?」
ジジィが固まった。
「……まぁ、よかろう。ジジィよりはましじゃの」
「何さ、その反応」
「いや、別に。ほれ、はよ夕飯を食べに行かんか」
「おう」
背中を向けたところで、後ろからぼそっと声がした。
「……師匠、ねぇ……」
なんか言ってたな。『師匠』ってとこしか聞き取れなかったけど、まぁいいか。
さて、晩飯は何にしよう。




