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第25話 スキル

 一気に距離が詰まった。


 グレンゴルドの右手が、指をそろえて槍のように突き出される。


 剣ではない。竜の爪の、貫手だ。


 狙われたのは、エミリアだった。


 身を捻る。


 黒い爪が、脇腹の服を裂いて通り過ぎた。紙一重。


 エミリアの背中を、冷たい汗が伝う。


 その後隙を、ケイが狙った。


 下から斬り上げる大剣。


 グレンゴルドは、それを左手で受け止めた。


 軽く。まるで、飛んできた木の枝でもつかむみたいに。



「なっ……」



 グレンゴルドは大剣をつかんだまま腕を引き、ケイの体勢を崩す。


 そのまま体ごと反転して、後ろ回し蹴り。


 ケイはとっさに体を硬化させた。


 それでも、大きな体が軽々と吹き飛ばされていく。


 地面を何度か跳ねて、ようやく止まる。


 大剣だけは、手放さなかった。



「ケイ殿!」



 返事の代わりに、ケイが大剣を杖にして身を起こそうとするのが見えた。


 エミリアは体勢を立て直し、がら空きになったグレンゴルドの背中へ斬りかかった。


 ガキンッ、と硬いものに弾かれる。


 剣を受け止めていたのは、黒い竜の尾だった。


 いつの間に生えたのか、コートの裾の下から、太い尾がうねっている。



「あ、出しちまッた」


「硬すぎだろ、これ!」



 エミリアの手が、しびれた。


 尾が、剣ごとエミリアを払いのける。


 エミリアはその勢いのまま後ろに跳んで、距離を取った。


 息が上がっている。まだ、ほんの数合しか打ち合っていないのに。



「これは、いよいよまずいかもな……」



 思わず、弱音がこぼれた。


 それほどまでに、グレンゴルドは圧倒的だった。


 ケイとガルドゥルがいなければ、とっくに逃げていた。


 それくらいの差だった。


 剣を握る手が、細かく震えそうになる。


 エミリアはそれを、気持ちだけで押さえつけた。剣を構え直す。



「どうにかこうにかッて感じだなァ、騎士様。頼むから、逃げ出したりしないでくれよ?」



 グレンゴルドには、最初に剣を数合打ち合った時点で、もうわかっていた。


 この騎士は、怯えている。


 そして同時に、まだ何かを隠している。


 だから、煽る。


 この騎士の本気が、見てみたい。


 見透かされているのは、エミリアにもわかった。


 わかったうえで、腹をくくる。出し惜しみをしている場合じゃない。


 エミリアは、小さく息を吸った。


 指先からつま先まで、自分と周りの境目をなぞる。


 それを、少しずつ曖昧にしていく。


 周りの空気に、溶かしていくように。


 エミリアの輪郭が、ゆらめいた。


 そして、見えなくなった。


 倒れていたケイが、片膝をついたまま唇をゆがめた。



「隠し玉があるなら早く出せよ、新入り」


「……へぇ」



 グレンゴルドの口から、感心したような声が漏れた。


 次の瞬間、見えない剣が襲いかかった。


 右から来た、と思えば、次は左の足元から。一太刀ごとに、場所が変わる。


 グレンゴルドは、五感を全部使った。


 見えないだけだ。いるなら、防げる。


 匂いや風の揺れ、足音を拾って、だいたいの位置に当たりをつけて防ぐ。


 それでも、全部は防ぎきれない。


 何発かは体に届いた。


 とっさに肌の一部を鱗に変えて刃を止めるが、痛いものは痛い。


 グレンゴルドの頬に、浅い傷が一本走った。


 にじんだ血を、竜の指でぬぐう。


 ちょうど剣をつかめたタイミングで、見えない相手に蹴りを入れる。


 手応えがあった。距離が開く。


 見えない何かが、地面を滑っていく音がした。


 エミリアは、蹴られた腹を押さえて息を殺した。まだ、居場所は割れていない。



「いッてぇ。厄介すぎるな、そのスキル」



 もちろん、返事はない。


 どこにいるのかもわからない。


 ガルドゥルは、手を出せずにいた。


 魔法は、あの男に見られている。下手に撃てば、見えないエミリアの居場所を教えることになりかねない。


 握った拳に、爪が食い込んだ。


 グレンゴルドは、少し考えた。


 さて、どうしたもんかなァ。


 そして、一つ思いつく。


 見えない相手は、どこから来るかわからない。なら、来る場所を決めてやればいい。


 仲間がやられそうになれば、騎士は助けに来る。来るなら、背中からだ。


 悟られないように、何気なく。


 グレンゴルドは、ケイに向かって突進した。


 ようやく起き上がったケイが、横っ飛びに突進をかわす。


 だが、急停止する。


 まだ宙にあるケイの体に、蹴りを叩き込む。


 ケイの口から、くぐもった声が漏れた。


 ケイが地面を転がる。


 それでも歯を食いしばって、すぐに手をつく。


 追い打ちをかけようと、グレンゴルドが踏み込む。


 その瞬間。


 背中に、気配を感じた。


 足音はない。匂いも風も、ほとんどない。でも、いる。


 来た。


 口元が、わずかにゆるむ。


 目を閉じ、詠唱を省いて魔法を放つ。


 一瞬で生まれた光の球が、グレンゴルドの背中で弾ける。


 あたり一面が、真っ白な光に包まれた。



「!?」



 目を焼かれて、誰も何も見えなくなった。





 ◇





 光が引いていく中、ガルドゥルはまだちかちかする目を無理やりこじ開けた。


 血の匂いがした。


 光の消えたそこに、グレンゴルドの腕に貫かれたエミリアがいた。


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