46.打ち上げはカラオケで
体育祭が終わった。
俺たちは持ってきていた制服に着替え、1-Aで来られる人を集めて、駅前のカラオケへ向かった。
さすがに全員というわけにはいかない。
家の用事があるやつもいるし、予定があるやつもいる。
それでも、かなりの人数が集まった。
店員さんが全員分のドリンクと、ポテトやら唐揚げやらを運んできたところで、芦屋がマイクを手に取る。
「とりあえず!」
声が響く。
「みんなお疲れ!」
「お疲れー!」
「そして!」
芦屋が一拍置く。
「赤組の勝利、おめでとう!」
「おおおお!」
一気に盛り上がる。
俺も笑って拍手をした。
……けれど、頭の片隅には佐藤先輩のことが残っていた。
大丈夫だっただろうか。
ちゃんと家には帰れただろうか。
そんなことを考えてしまう。
でも。
今ここにいるみんなは、今日1日を頑張った。
俺だけがずっと難しい顔をしているわけにもいかない。
「それじゃあ!」
芦屋がマイクを握り直す。
「とりあえず、歌います!」
「お前が一番歌いたいだけだろ!」
「うるせぇ!」
笑いが起きる。
そして芦屋が歌い始めた。
「なんだそれー!」
「選曲どうなってんだよ!」
「うるせぇ! 黙って聞け!」
また笑いが起きる。
いいやつだな、芦屋。
こういう時、場を明るくできるのはすごいと思う。
カラオケとはいっても、全員が歌うわけじゃない。
歌いたくないやつもいる。
そういう人には無理にマイクを渡さない。
歌いたいやつが歌う。
あとは適当に話して、食べて、飲んで。
体育祭の疲れをみんなで発散する。
そんな感じだった。
「そういや」
芦屋が俺たち生徒会の方を見る。
「生徒会もお疲れ」
「おう」
「めっちゃスムーズに進んだよな!」
「いや、そんな事ないよ。バタバタだった」
俺は手を振る。
「芦屋と田畑が頑張ってくれたからだよ」
「いや、それでも生徒会がちゃんとしてたからだろ!」
こういうのをストレートに言ってくれるのは、素直に嬉しい。
「そういや佐藤先輩、大丈夫だったのか?」
芦屋が少し真面目な顔になった。
「ああ。熱中症だと思う。親御さんが迎えに来てたから、多分大丈夫だと思うよ」
「そっか。ならよかった」
そう言って、また芦屋はマイクを握った。
「まぁとりあえず!」
「お前も歌え!」
「え?」
突然、マイクを渡された。
「お、俺!?」
「お前だよ!」
「いや、俺こういうの苦手なんだけど」
「いいから!」
逃げる間もない。
その時だった。
「じゃあ、一緒に歌お!」
楠木が言った。
「……え?」
「一緒に歌お」
「俺と?」
「うん」
楠木が曲を探し始める。
そして、
「これにしよ」
画面に表示されたのは、2人で歌うタイプのラブソングだった。
「待て」
「なに?」
「俺と歌うのか、これ」
「うん」
「もっとこう……普通の曲は?」
「これ歌詞知ってる?」
「一応な」
「じゃあいいじゃん」
「いや、そういう問題じゃ――」
「入れまーす」
「まじかよ……」
曲が始まる。
俺は観念してマイクを握った。
楠木にも、もう一本のマイクが渡る。
人前で歌う。
しかもクラスメイトがこんなにいる。
絶対に恥ずかしい。
……と思っていた。
けれど、歌い始めてみると。
案外、誰もこっちを聞いていない。
誰かはポテトを食べている。
誰かはスマホを見ている。
誰かは別のところで話している。
芦屋なんて次の曲を探している。
思ったより、気にしなくていいらしい。
俺は少しだけ肩の力を抜いた。
そして、楠木と一緒に歌う。
思い切り。
気づけば熱唱していた。
「おー!」
何人かが拍手をしてくれた。
「やるじゃん月城!」
「意外と歌えるな!」
「普通じゃん!」
「普通ってなんだよ!」
笑いが起きる。
俺も笑った。
……少しだけ。
少しだけ、今日の心残りが薄れたような気がした。
時間になり、みんなは店を出る。
俺が1番最後にみんなの忘れ物がないか確認し、部屋を出た。
そこには楠木が待っており、声をかけられる。
「相馬くん」
「ん?」
「大丈夫?」
「…ん?忘れ物はなかったぞ」
「違うよ…。そっちじゃなくて」
楠木は少し迷ったような表情をして、口を開く。
「佐藤先輩の事」
俺は少し黙った。
「……」
「やっぱり心配なんでしょ?」
「そりゃ…そうでしょ」
「別に相馬のせいってわけじゃ――」
「違うんだよ」
思わず遮った。
「俺が……俺が見てないといけなかったんだよ」
「先輩、顔に出ないタイプだから」
「俺、知ってたんだよ」
「先輩があんまり汗をかかないって」
「だから……俺がちゃんと注意してないといけなかったんだ」
拳を握る。
「水分取ってるかとか」
「ちゃんと休めてるかとか」
「そういうの、俺が見てないといけなかった」
声が少し震えた。
「なのに……」
そこで言葉が詰まる。
「……見落としたんだ」
どこかの部屋から歌声が漏れてる。
カラオケ店の通路に、俺の声が落ちる。
みんなはもう、出口へ向かった。
残っているのは俺と楠木だけ。
「会長から……」
俺は俯き、呟く。
「周りを見る目を期待してるって言われて、生徒会に入ったんだ」
楠木は黙ったまま、俺の話を聞いていた。
「なのに、1番近くにいた人のことを、見落とした」
それが悔しかった。
本当に。
どうしようもなく。
「……そっか」
楠木が小さく言う。
そして少し間を置いて。
「…そうだね、よく頑張ったと思うよ」
俺は顔を上げる。
楠木はいつものからかうような顔ではなかった。
真っ直ぐ俺を見ている。
「えらいと思う」
「……」
ぽん。
頭に手を置かれる。
「……何してんの」
「慰めてる」
「子供じゃないから」
「今はいいでしょ」
そう言って、楠木は俺の頭を軽く撫でる。
俺は何も言い返せなかった。
今日、俺は1日中頑張った。
自分なりに、考えて動いた。
でも。
それでも、見落とした。
その事実だけが、どうしても頭から離れなかった。
会長が俺に期待してくれたもの。
『周りを見る目』
それが自分の一番の長所だと思っていた。
だからこそ。
その長所で、誰かを守れなかったことが。
俺には、何より悔しかった。




