45.体育祭!
体育祭当日。
雲ひとつない晴天。
今日は全員ジャージで登校し、そのまま体育祭へ移行する。
俺たち生徒会は、全校生徒より少し早く学校へ集合した。
まずは職員室に入り、先生たちを交えて最終確認を行う。
「来賓の方で変更はありません」
「欠席者は今のところ2名。競技の補填は実行委員側で調整済みです」
「放送原稿も問題ありません」
次々と確認事項が読み上げられていく。
当然、当日に来られなくなる生徒もいる。
来賓が急に増えたり、欠席が出たりすれば原稿の修正も必要になる。
体育祭そのものが始まっていなくても、もう仕事は始まっていた。
「よし、これで大丈夫かな」
そう言って青山先生が顔を上げる。
先生の頭には赤い鉢巻。
「赤組勝つよ!」
「先生、気合入ってますね」
「当然でしょ!」
そう言って笑ったあと、先生は俺と天沢の背中に手を置いた。
「それと、お疲れ様。ここまで準備してくれてありがとう」
「いえ」
「頑張ってね!」
「はい!」
朝から元気な先生だった。
廊下に出た後、天沢が話し始める。
「困った事あったら聞くからね!」
「おう、いつでも聞いてくれ」
「頼りにしてるよ」
「まかせろ天沢」
2人で笑い合い、教室へ戻った。
教室近くに来ると、ガヤガヤといつもより騒がしく、黒板には大きな字で
『体育祭』
と書かれていた。
みんなもほとんど集まっている。
その中でも一際気合が入っているのが、実行委員の芦屋だった。
「っしゃ! 絶対勝つぞ……!」
「頑張ろうね!」
隣で田畑さんも気合を入れている。
男女ペアの実行委員。
いい感じに噛み合っているようだった。
席に戻ると、隣の楠木がこちらを向く。
「どう?」
そう言って、自分の鉢巻を見せてくる。
「似合ってるよ」
「なんか複雑だね、それ」
楠木が笑う。
「頑張ろうね!」
「おう!」
更に近づいてきた柳が声をかけてきた。
「相馬!頑張るよ!」
柳が肩をバンバン叩いてくる。
「お、おう!頑張ろうな!」
普段の体育は男女別だから、こうして女子の体操着姿を近くで見ることはあまりない。
……そして改めて見ると、2人って結構スタイルいいんだな。
「…………」
俺は何も考えていない顔で視線を逸らした。
実行委員の芦屋が声を上げる。
「そろそろグラウンド行くぞー!」
「おー!」
みんなが立ち上がる。
俺も時間を確認してから、教室を出た。
グラウンド。
実行委員用のテントには、先生、生徒会、実行委員が集まっている。
最後の確認が終わり、
「それでは、今日1日よろしくお願いします!」
橘生徒会長の声に、全員が頷く。
「月城くん。ちょっと」
橘先輩に声をかけられる。
「どうしました?」
「生徒会の初大仕事だ。君には期待してる」
「任せてください。会長」
「そして楽しんでくれ!」
「はい!」
なんて、やり取りをした。
そして体育祭が始まる。
開会式。
来賓挨拶。
選手宣誓。
予定通りに進んでいく。
今のところ問題なし。
俺は生徒会のテントへ向かい、佐藤先輩に声をかける。
「佐藤先輩」
「ん?」
「今のところ順調ですね」
「そうだね」
短い返事。
でも、先輩も少し緊張しているのが分かった。
俺も同じだった。
だから、
「頑張りましょうね!」
そう言って、手を軽く上げる。
ハイタッチとかしてくれるのかな…。
佐藤先輩は一瞬驚いたような顔をした。
けれど、すぐに少しだけ笑って。
ぱちん。
手を合わせてくれた。
「うん」
それだけだった。
でも、それだけで少し気が楽になった。
それからは、とにかく忙しかった。
自分が競技に出る時もある。
競技から戻れば、次の競技の準備。
予定変更があれば確認。
「佐藤先輩これ、確認した方がいいですか?」
「うん、そうだね。山村さんに聞いてみて」
「山村先輩は……今競技中ですね…」
「私わかるよ相馬くん!」
「ありがとう!天沢…!助かる」
そんな感じで、時間がどんどん過ぎていく。
そして昼休み。
「……飯食べよう」
そう思い、俺は佐藤先輩を探し、生徒会のテントにいる事に気づいた。
一緒に食べようと思い近づいた時、佐藤先輩の様子がおかしい事に気づく。
「佐藤先輩?」
返事がない。
「佐藤先輩!」
さらに近づく。
顔色が悪い。
「大丈夫ですか?」
「……ちょっと」
普段からあまり汗をかかない人だから、俺は異変に気づくのが遅れた。
水分補給をしているところも、十分に確認できていなかった。
熱中症の可能性がある。
「先生!」
俺はすぐに近くの先生を呼んだ。
そのまま救護室へ。
スポットクーラーが設置されていて、室内はグラウンドよりずっと涼しい。
水分と塩分を少しずつ補給しながら、先輩を休ませる。
しばらくすると、少しずつ顔色が戻ってきた。
俺はベッドの横で頭を下げる。
「すいません」
「……?」
「俺がもっと注意しておくべきでした」
けれど、先輩は首を横に振った。
「違う」
「え?」
「私が悪い」
「でも――」
「私が、自分で管理できなかっただけ」
そう言って、先輩は目を伏せた。
結局、先輩にはそのまま休んでもらい、俺が代わりに調整役へ回ることになった。
分からないことがあれば先生に確認し、変更があれば記録する。
予定通りに進まないものは、その場で調整する。
大変だった。
けれど、今まで佐藤先輩と一緒にやってきた仕事だったから、何をすればいいのかは分かっていた。
「月城。次、競技だろ?変わるぞ」
「副会長…ありがとうございます!」
「問題ない。俺も佐藤の様子を見ておくから」
副会長は口数が少ないが、頼りになるいい先輩だ。
俺の焦りとかを見抜かれている。そんな気がした。
気づけば、体育祭は終盤まで進んでいた。
そして、閉会式を残した頃。
「月城」
声がした。
振り返る。
佐藤先輩だった。
「歩いて大丈夫なんですか?」
「……うん」
「先生から休むようにって言われてませんでした?」
「……閉会式、だけでも…みんなと…」
そう答えながら、ゆっくり歩いてくる。
でも、明らかにまだ本調子じゃない。
「先輩、無理しないほうが――」
俺の目の前まで来た、その瞬間。
身体が傾いた。
「先輩!」
咄嗟に身体を支える。
「大丈夫ですか?」
「……ごめん」
「救護室戻りましょう」
先輩を支えながら、もう一度救護室へ戻る。
閉会式はもうすぐ。
俺は出席しなくても大丈夫だ。
先輩を救護室のベッドに座らせ、その隣に座った。
「……なんとか終わりましたよ先輩」
「……」
返事がない。
見ると、先輩は泣いていた。
「……ごめんね」
「なんで謝るんですか」
「私……何もできなかった」
「そんなことないですよ」
「私の仕事、だったのに……」
悔しいんだろう。
責任を果たせなかったこと。
自分が抜けたことで、誰かに負担をかけたこと。
準備してきたものを、最後まで自分の手で終えられなかったこと。
全部。
「先輩」
俺は少しだけ考えてから、口を開いた。
「あなたのおかげで、俺が代わりをやれたんです」
「……」
「ここまで出来たのは、先輩がずっと教えてくれていたからですよ」
佐藤先輩が顔を上げる。
「今日、俺が動けたのも、先輩がいたからです」
「……でも」
普段の凛とした先輩の姿からは想像できないほど、弱っていた。女の子泣いている姿を間近で見て、俺はどうすればいいのか分からなかった。
励ます言葉も、もう思いつかない。
だからーー
ただ、先輩の肩に手を回した。
「大丈夫です」
しばらくして、先輩の身体から力が抜ける。
「……ごめんね」
「謝らなくていいです」
「ごめん……」
「大丈夫です」
俺はそれ以上、何も言わなかった。
しばらく、そのままでいた。
やがて先輩が落ち着いたところで、俺も身体を離す。
ちょうどその頃。
閉会式が終わったらしく、生徒会のメンバーが救護室へやってきた。
「佐藤、大丈夫?」
「……うん」
みんなが心配そうに声をかける。
先生から連絡を受けた先輩の親御さんも到着し、そのまま車で帰ることになった。
最後までやり切りたかったんだろうな。
準備からずっと、先輩は体育祭を支えてきた。
だからこそ、自分だけ最後まで立っていられなかったことが悔しかったんだと思う。
俺は夕暮れのグラウンドを見る。
そして、ふと気づく。
掲示板には結果が出ていた。
『優勝 赤組』
俺達の赤組が勝利し、体育祭は終わった。
そして俺たち生徒会にとっても、最初の大仕事が終わった。
でも。
俺は今日1日のことを思い返していた。
生徒会長に期待され、天沢に頼りにされていた。
しかし、佐藤先輩の異変に気づくのが遅れた。
仕事を代わる事はできたが、先輩を支える事はできなかったんじゃないか。
佐藤先輩の涙。
「ごめん」という言葉。
そして、最後まで責任を果たそうとしていた姿。
今日の事を、俺は忘れないと思う。




