16.【閑話】月城葵の独白
私にとっての兄。
月城相馬。
お兄は、小学校と中学校で野球をやっていた。
ポジションはキャッチャーで4番。
私が初めてお兄の試合を見たのは、小学生の頃だった。
親に連れられて、よくわからないままグラウンドへ行った。
「暑い……」
とにかく暑かった。
砂埃もすごいし、日差しも強い。
正直、最悪だった。
なんで休日にこんなところに連れてこられたんだろう。そう思っていた。
「お母さん早く帰りたい」
「少しだけでもいいから、相馬を見てあげて」
本当何がいいんだろう。そう思いながら見始めた。
でも、試合が終わる頃には、そんなことを考えなくなっていた。
気づいたら、私はお兄を目で追っていた。
キャッチャーとして座っている。
ピッチャーに何か声を掛ける。
打席に立つ。
そして――。
『4番、キャッチャー。月城くん』
名前を呼ばれ、お兄が打席に入る。
打つ。塁に出る。走る。
「……かっこいい」
子供ながらに、そう思った。
野球って面白い。
いつの間にか、私は勝手に応援していた。
「お兄頑張れー!!」
汗だくになりながら声を出していたのを覚えている。
学校でもお兄は、いろんな人から信頼されていた。
先生や友達、後輩からも。
兄はとっても優しくて。
かっこいい。
私にとって、そんな人だった。
でも、それも中3の春の大会の日までだった。
春の大会でお兄は肩を壊した。
1試合休めば治る。そんなものじゃなかった。
成長期に無理をしすぎた代償。
もう、本気では投げられない。
そう聞かされ、頭が真っ白になった。
そんなことある?お兄あんなに頑張ってたのに、野球大好きだったのに。
「俺、高校でも野球やるからさ」
「プロになるかもしれないぞ」
「高校の試合も見に来いよ」
そう言ってたじゃん。
「……なんで」
自分の部屋で泣いた。
理由なんてわからない。
悔しさ、寂しさ。
何でお兄なんだと思った。
それからお兄は、野球部には残ったが、もう4番キャッチャーではなかった。
試合に出ても、たまに代打。
それでも、最後まで辞めず続けた。
私はそれがすごいと思った。
私だったら。
あれだけ好きだったものができなくなったら、途中で投げ出してしまうに違いない。
でもお兄は最後まで続けた。
卒業式。
お兄の卒業は、2つの意味があった。
中学校からの卒業。
そして――。
大好きだった野球からの卒業。
お兄の部屋には、今でも野球のものが残っている。
好きな選手のユニフォーム。サインボール。
昔の野球部の写真。
ずっと野球を見ていたテレビ。
時間になると野球中継をつけていた。
でも、いつの間にか、家で野球を見ることはなくなった。
お兄は、何も言わなかった。
普通にしていた。明るく。いつも通り。
まるで何も気にしていないみたいに。
親もきっと、兄ちゃんが野球をできなくなったことを悲しく思っていたと思う。
でも、お兄は家ではそんな素振りを見せなかった。
「別に、野球だけが人生じゃないし」
そんな感じ。
でも、私は知っている。
お兄が1番気にしている。
1番後悔している。
1番悲しんでいる。
だから、見てるこっちは余計に悲しくなる。
でも。
そんなお兄だから、私は好きなんだと思う。
野球ができなくなっても腐らなかった。
最後まで野球部を続けた。
そして、未練や悲しみを最後まで隠し通した。
そのおかげで、卒業するときには友達からたくさんの寄せ書きをもらっていた。
写真もいっぱい残っていた。
先生たちからの信頼も、最後まで変わらなかった。
野球ができなくなっても。
お兄がお兄であることは、何も変わらなかった。
私は、それが嬉しかった。
だから。
月城相馬という人間が。
私にとってのお兄が。
すごく好きだ。
……そう思っていることに、違いはない。
違いはないのだけれど。
「…………」
私は冷凍庫を開け、そこには私が楽しみに取っておいたアイスが――。
「……ない」
私のチョコパッキーが。
楽しみにしていたチョコパッキーが。
「……」
リビングを見る。
ソファでお兄がスマホをいじっている。
「……お兄」
「ん?」
「チョコパッキー食べたでしょ」
「え?」
「私の!」
「……」
「食べたでしょ!!」
「あれ俺の好きなやつじゃん!」
「だから何!?」
「冷凍庫に入ってたから俺のかと思うでしょ!」
「最悪!」
「なんでだよ!」
「私が楽しみにしてたのに!」
「ごめんごめん」
「今からコンビニで買ってきて」
「……わかったよ」
まったく。
これだからお兄は。
優しくて。
かっこよくて。
頼りになって。
私が大好きな――。
「……バカお兄」
「聞こえてるからな?」
まあ。
こんな兄妹でも、悪くない。
……チョコパッキーは許さないけど。




