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「なぜだ……なぜこんなことに……っ! 私は……私は完璧だったはずだ! 名誉も、力も、最高の伴侶も、すべて手に入るはずだったのに!!」
ファウスティーナは拳で床を血が滲むほど叩きつけた。
脳裏に浮かぶのは、十ヶ月間、自分に黙々と魔力を注ぎ続けていた、あの無口で大人しい平民の女——ヴァレリアーナの顔だった。
(そうだ……あいつだ! あいつが私を騙していたんだ! 無価値の癖に、私に妙な呪いでもかけたに違いない! あいつが突然パスを切ったりしなければ、私の魔力がおかしくなるはずがなかったんだ!!)
歪んだ思考と激痛によって、ファウスティーナの正気は完全に蝕まれていた。
彼女は自分の無知と慢心が引き起こした結果を受け入れることができず、すべての罪をヴァレリアーナになすりつけることでしか、己の尊厳を保つことができなかったのだ。
そこへ、部屋のドアが荒々しく開かれ、派手な真紅のドレスを着たトゥッリアが足早に入ってきた。その顔は怒りと焦燥で引きつっている。
「ファウスティーナ! こんなところで這いつくばって何をしているのですか!?」
「トゥッリア……? お前、手紙で私と破談すると……」
「そんなこと言っている場合ではありませんわ! いいですか、明日はいよいよ『星天祭』です! 精霊樹の守護者であられるカッシア様が、年に一度だけ下界の民の前に姿を現し、神聖な祝福を下さる唯一の機会なのですわ!」
トゥッリアはファウスティーナの胸ぐらを掴み、強引に起こした。
「カッシア様の持つ『精霊樹の神力』があれば、あなたの壊れた魔力など一瞬で元通りにしていただけるはずです! そうすれば、私たちの結晶だって、もう一度新しくやり直すことができますわ!」
「カッシア様の……神力……?」
「ええ! 公爵家である我がトゥッリア家の権力と、あなたのこれまでの騎士としての功績を主張すれば、カッシア様も無下にはできませんわ! 明日の星天祭の夜会に潜り込み、カッシア様に直接すがりつくのです! これが、私たちが表舞台に返り咲く唯一のチャンスですのよ!」
トゥッリアの目には、なりふり構っていられない狂気が宿っていた。彼女もまた、自分の失敗を認めることができず、守護者カッシアという絶対的な存在に縋ろうとしていたのだ。
「そうだ……カッシア様にお願いすれば……私の力は戻る……! そして、あのヴァレリアーナという生意気な平民女を探し出し、私の足元で這いずり回らせてやる……!」
ファウスティーナは冷や汗を流しながら、醜い笑みを浮かべた。
自分たちの破滅が、すでに逃れられない運命として迫っていることにも気づかずに。
◈◈◈
翌夜。
王都の中心にそびえ立つ、王家所有の絢爛豪華な大ホール『星光の宮殿』。
夜空を模したドーム状の天井には、魔法によって無数の星々が瞬き、巨大なシャンデリアから放たれる温かな光が、ホール全体を眩く照らし出していた。
会場には、王室の血を引く貴族たち、高位の魔導士、各界の権力者たちが極上のドレスや礼服を身に纏い、杯を交わしながら歓談している。
その会場の隅で、異様な浮き方をしている一角があった。
「ねえ、見たかしら……あちらにいるファウスティーナ元隊長と、トゥッリア様を」
「ええ、恐ろしいわね。かつて『天才』と謳われた騎士が、あんなに落ちぶれてしまうなんて……」
「自業自得よ。噂では、自分を支えてくれていた平民の婚約者を一方的に捨てて、トゥッリア様と高慢な誓約を結んだものの、たった数日で魔力を暴走させて結晶を割ったんですって」
「まあ……ガイアード様の天罰が当たったのね。みっともないこと」
貴族たちの冷ややかな視線と囁き声が、突き刺さるようにファウスティーナとトゥッリアに降り注ぐ。
ファウスティーナは、顔色を隠すために厚化粧を施し、痛みに耐えるために身体を痙攣させながら立ち尽くしていた。借り物の豪華な衣装も、今の彼女の痩せこけた体には不格好に垂れ下がっている。
隣に立つトゥッリアも、普段の傲慢な態度は鳴りを潜め、周囲からの蔑みの視線に耐かねて扇子を強く握りしめていた。
(黙れ……! 私を嘲笑う愚か者どもめ! カッシア様のお恵みを受ければ、お前たちなど一瞬でひれ伏させてやる……!)
ファウスティーナは心の中で呪詛を吐き捨てながら、会場の中央に設けられた高台のバルコニーを見つめた。
その時である。
ゴ〜〜〜ン……、ゴ〜〜〜ン……。
宮殿全体に、神聖で深く響き渡る鐘の音が三度鳴り響いた。
途端に、それまでの喧噪が嘘のように静まり返り、会場にいたすべての貴族たちが一斉にバルコニーに向かって膝を折り、頭を下げた。
「——精霊樹の守護者、並びに王国筆頭魔導神官、カッシア様のご入場であられる!」
神官の厳かな宣言と共に、バルコニーの重厚な扉がゆっくりと開いた。
光の中から現れたのは、夜空をそのまま紡いだかのような漆黒の神聖衣を纏うカッシア様だった。
その圧倒的な美しさと、体全体から自然と漏れ出る絶大なる魔力の圧迫感に、誰もが息を呑み、平伏した。
ファウスティーナもまた、痛みを忘れてその絶対的な存在に見とれていた。
(おお……あれが、精霊樹の守護者様……! あの御方の圧倒的な神力ならば、私の魔力など……!)
ファウスティーナが期待に胸を膨らませ、歓喜の表情を浮かべかけた、次の瞬間だった。
カッシア様が優雅に振り返り、扉の奥に向かって優しく、愛おしげに手を差し伸べた。
「おいで、私の愛しいヴァレリアーナ」
その声は、魔法によって広間全体に、澄み切った響きとなって行き渡った。
扉の奥から、ゆっくりと一人の女性が歩み出てきた。
カッシア様の手をそっと取り、彼女の隣に並んだその人物の姿を見た瞬間——会場全体に、雷が落ちたかのような衝撃が走った。
「な……ッ!?」
ファウスティーナの喉から、掠れた悲鳴が漏れた。
トゥッリアの扇子が、手から滑り落ちて床に乾いた音を立てた。
そこに立っていたのは、あまりにも神々しく、息を呑むほどに美しい至高の美女だった。
夜空と虹の光を込めた『星蚕の絹』のドレスを纏い、艶やかな銀髪を流したその女性。
その白磁のような肌は内側から神秘的な光を放ち、その瞳は意志の強さと深い気品に満ちあふれている。
そして何より——彼女の全身からは、この広場にいるすべての高位貴族たちの魔力を遥かに凌駕する、見たこともないほど強大で、純粋な『七色の魔力』のオーラが溢れ出していたのだ。
それは、誰も見たことがない、お伽噺にしか登場しない『起源の魔力』そのものだった。
「嘘……だろ……?」
ファウスティーナは目を剥き出し、絶句した。
そこにいるのは。
カッシア様の隣で、世界で最も幸せそうな微笑みを浮かべ、圧倒的な存在感を放っているのは——。
自分が「無価値」だと嘲笑い、冷たい床の上に投げ捨てた、あの平民の女——ヴァレリアーナだった。




