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星天祭までの二週間は、私の人生の中で最も濃密で、そして甘美な時間となった。
雲の上の聖域『星降る天冠』での生活は、下界での過酷な日々がまるで遠い前世の出来事であったかのように思えるほど、平和と慈愛に満ちていた。
「ヴァレリアーナ、背筋をもう少し伸ばして。手首の角度はこうだ。私を導くのではなく、私に身を委ねるように……そう、上手だ」
私宮の広大な大広間では、夜ごとカッシア様によるダンスとマナーのレッスンが行われていた。
本来であれば、何年もかけて叩き込まれる高位貴族の作法。平民の私にとってそれは未知の領域であり、最初は足をもつれさせてばかりだったが、カッシア様は一度として溜息をつくことすらなく、根気強く、そして優しく私を指導してくれた。
カッシア様の手が私の腰を抱き寄せ、もう片方の手で私の指先を優しく包み込む。
彼女のステップに合わせて円を描くたび、ドレスの裾がふわりと広がり、部屋の中に散れらばめられた夜光花が優しく揺れた。
「……カッシア様、私、うまく踊れているでしょうか? 星天祭で、カッシア様のお顔に泥を塗るようなことになったら……」
「馬鹿なことを言うな。お前の呑み込みの早さは完璧だ。それに、もしお前がステップを間違えたとしても、それを指摘できる者などこの王国には一人もいない。私の伴侶の動作こそが、この世界の正解なのだからな」
カッシア様は私の耳元でそう囁くと、悪戯っぽく微笑み、くるりと私を腕の中で一回転させた。
私の身体は吸い寄せられるようにカッシア様の胸の中に収まり、見つめ合う距離で視線が重なる。紫水晶の瞳に映る自分の顔は、恥ずかしさと幸せでほんのりと赤く染まっていた。
「あまり私を惑わせるな、ヴァレリアーナ。レッスンを中断して、今すぐお前をベッドへ連れ去りたくなってしまう」
「っ……! カ、カッシア様……!」
冗談めかした言葉に顔を真っ火にすると、彼女は満足そうに低く笑い、私の額に深いキスを落とした。
レッスンが終わると、次は侍女たちによるお仕度と身の回りの手入れだった。
カッシア様に仕える筆頭侍女のプラキディアと、その妹のドミティラは、二人とも高位の魔導士でありながら、私を本当の主人のように敬い、心を込めて世話をしてくれた。
「ヴァレリアーナ様、本日の『星蚕の絹』のお手入れが完了いたしました。カッシア様がわざわざ精霊樹の最古の枝から紡がせた、伝説の布地でございますよ」
プラキディアがうやうやしく掲げたのは、夜空の闇と星々の輝きをそのまま織り込んだかのような、幻想的なドレスだった。光の加減によって深紫から漆黒、そして虹色へと複雑に表情を変えるその布地には、カッシア様の緻密な防御魔法と、私の『起源の魔力』を増幅させる特殊な陣が銀糸で刺繍されている。
「このような素晴らしいものを、私なんかが着てよろしいのでしょうか……」
「何を仰いますか、ヴァレリアーナ様!」
ドミティラが私の銀髪を艶やかに梳かしながら、興奮気味に声を弾ませた。
「ヴァレリアーナ様のその美しい髪と、白磁のようなお肌、そしてお体に満ちる起源の魔力……。下界のどんな身勝手な高位貴族の女性たちも、ヴァレリアーナ様の足元にも及びませんわ! カッシア様がこれほどまでにお一人の方に執着され、愛を注がれる姿を、私たちは初めて拝見いたしました。どうか堂々と胸をお張りくださいませ!」
「ドミティラ……ありがとう」
二人の真摯な言葉と温かい笑顔に、私の心から余計な不安が消えていった。
また、この二週間の間に、私の体内の『起源の魔力』の制御も劇的に上達していた。
かつてはファウスティーナに吸い尽くされ、枯れ果てていた私の魔力は、カッシア様の膨大な魔力を受け入れ続けたことで完全に覚醒し、今や私の意志一つで自在に光の魔法や強力な治癒結界を展開できるようになっていたのだ。
自分の手から生み出される七色の光を見つめるたび、私の中に眠っていた本当の力がこれほどまでに大きかったのだと、驚きと共に実感が湧いてくる。
私はもう、踏みにじられるだけの哀れな平民の娘ではない。カッシア様と共に立つ、真の伴侶なのだと。
そして、私たちの絆の証である『命の結晶』は、祭壇の上でさらに大きく、美しく成長していた。
今では大人の抱えきれないほどのサイズになり、透明な結晶体の中で渦巻く紫と虹色の銀河は、まるで生きているかのように力強く脈動している。それに手を触れるたび、私とカッシア様の愛を受け取って、嬉しそうに温かい波動を返してくれるのだ。
「もうすぐだな、我が愛しい子よ」
カッシア様は結晶を愛おしそうになでながら、優しい眼差しを向けた。そして私を振り返ると、その瞳に冷徹な決意の光を宿らせた。
「さあ、いよいよ明日が『星天祭』だ。準備はいいか、ヴァレリアーナ?」
「はい、カッシア様。私は、あなたと共に参ります」
私は迷いなく、彼女の差し出された白く美しい手を取った。
◈◈◈
一方その頃、下界の王都は、明日開催される年に一度の祝祭『星天祭』の準備で華やかに活気づいていた。
しかし、その賑わいから完全に置き去りにされた場所があった。
王国魔導騎士団本部の、薄暗く湿っぽい一室である。
「う……あぐっ……痛い、痛い痛いっ……!!」
ベッドの上で、ファウスティーナは自身の胸をかきむしりながら絶叫していた。
かつて輝くばかりの美貌と高潔さを誇っていた騎士の面影は、今やどこにもない。頬は削げ落ち、皮膚は土気色に濁り、その瞳は激痛と血走った狂気で充満していた。
「隊長……いえ、ファウスティーナ殿。お薬をお持ちしました」
かつての部下である副官のルキアが、憐れみと軽蔑の混ざった複雑な視線を向けながら、小さな薬瓶を机に置いた。
「ルキア……! 頼む、もっと強い麻酔薬をくれ! 魔力が……体が内側から焼き切れるように痛いんだ! 魔法が……魔法が練れないんだよ!!」
ファウスティーナは這うようにしてベッドから落ち、ルキアの足元にすがみついた。
しかし、ルキアは冷ややかに一歩引いた。
「これ以上の強度の薬は、命に関わります。……それに、ファウスティーナ殿。団長からの決定事項をお伝えに来ました。……本日付で、あなたの魔導騎士団からの除籍、および次期団長候補の剥奪が正式に決定いたしました」
「な……んだと……!? ふざけるな! 私は次期団長だぞ!? この王国で最も優秀な風の魔導士だ!!」
「魔法すら満足に使えず、自ら結晶を破壊した者を置いておけるほど、騎士団は甘くありません。……それに、あなたのかつての『伴侶』であったトゥッリア様からも、破談の手紙が届いております」
「トゥッリアが……破談……!?」
ファウスティーナの手から力が抜け、床に突伏した。
トゥッリアは、ファウスティーナの魔力が崩壊し、ただの無力な廃人になったと知るや否や、掌を返したように彼女を見捨てたのだ。
名門トゥッリア家の名誉を傷つけたとして、トゥッリア自身も母親である公爵から酷く叱責され、家の中での立場を失いかけていた。




