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目覚めは、甘く柔らかい陽光と、どこからか漂ってくる芳醇な花の香りによってもたらされた。
「……ん……」
重い瞼をゆっくりと開けると、まず視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど繊細なレースの天蓋だった。体を包み込んでいるのは、雲のように軽い最高級の絹のシーツ。
十ヶ月間、硬く冷たい木のベッドで、寒さに震えながら丸まっていたのが嘘のようだ。
「おはよう、私の愛しいヴァレリアーナ。よく眠れたか?」
ふわりとベッドの沈み込む感覚があり、耳元で静かな、けれど底知れぬ愛情を帯びた声が囁かれた。
振り返ると、美しい寝巻き姿のカッシア様が、銀のトレイを片手に微笑んでいた。長い漆黒の髪がさらさらと流れ、紫水晶の瞳が私を優しく見つめている。
「カッシア様……おはようございます。私、どれくらい眠って……」
「丸一日と少し、といったところだな。無理もない。お前の体は極限まで酷使されていたのだから。だが、私の魔力を行き渡らせたおかげで、随分と顔色が良くなった。あの忌々しいクマも消えかけている」
カッシア様はトレイをサイドテーブルに置くと、私の頬をそっと撫でた。その手が触れた瞬間、じんわりと温かい魔力が流れ込んできて、体中の細胞が喜んでいるのが分かる。
「さあ、まずは温かいお茶を飲んで、少し胃を動かそう。それからゆっくりと朝食にするといい」
トレイに乗っていたのは、精霊樹の朝露で淹れたという透き通った黄金色のお茶と、焼きたての柔らかい白パン、そして色鮮やかな果実のジャムだった。
カッシア様は自らカップを持ち、私の口元へと運んでくれる。
「あ、あの、カッシア様! 私、自分で飲めますから……!」
王国の頂点に立つ方に、寝起きのベッドで給仕をさせるなど、平民の私にとっては恐れ多すぎて心臓が止まりそうだった。しかしカッシア様は、私の抗議を全く意に介さず、楽しそうに目を細めた。
「昨日言っただろう? これまでの分まで、徹底的に甘やかすと。私はお前の伴侶だ。伴侶の世話を焼くことに、身分の差など関係ない。さあ、あーん、だ」
「あ……あーん……」
恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、私はおずおずと口を開いた。温かく甘いお茶が喉を通るたび、干からびていた体が内側から潤っていくのを感じる。
カッシア様が用意してくれた食事はどれも絶品で、私は涙ぐみながら残さず平らげた。
食後、カッシア様が手配してくれた侍女たち(彼女たちもまた、カッシア様が信頼を置く高位の魔導士だった)によって、私は磨き上げられ、美しい真珠色のドレスを身に纏った。
「素晴らしい。やはり私の目に狂いはなかった。お前は本当に美しいよ、ヴァレリアーナ」
カッシア様は私を抱き寄せ、私の銀色の髪にそっと口付けた。
「今日は、お前に自分自身の本当の力を見せてやろう。星降る天冠の中庭へ行くぞ」
連れ出された中庭は、足元にふかふかの星芝が敷き詰められ、空には常に美しい星々が瞬く、夢のような空間だった。
「いいか、ヴァレリアーナ。お前はこれまで、自分の魔力を『弱い』と思い込まされてきた。それは、お前が魔力を放出する際、無意識にあのファウスティーナという極小の器に合わせて、力を極限まで絞り込んでいたからだ」
カッシア様は私の背後に立ち、私の両手をそっと包み込んだ。
「今はもう、あの愚か者に気を使う必要はない。お前の魔力は、私という無限の海がすべて受け止める。さあ、恐れずに、お前の内にあるものを解放してみろ」
「解放……」
私は目を閉じ、自分の内側に意識を向けた。
これまでは、魔力を使おうとすると、いつも狭い管を無理やり通るような息苦しさがあった。しかし今は違う。私の内には、汲めども尽きぬ広大な力の泉があり、それはカッシア様の紫色の魔力と共鳴しながら、今か今かと外に出る時を待っていた。
(……出して、いいんだ。カッシア様が、受け止めてくれるから)
私はゆっくりと息を吐き、両手から魔力を放った。
その瞬間。
「——っ!」
私の手から溢れ出したのは、無色透明な光ではなかった。
それは、純白を基調としながらも、光の当たる角度によって赤、青、緑、黄金と、あらゆる属性の色へと変化する、眩いばかりの虹色の奔流だった。
溢れ出した魔力は空中で形を成し、何千、何万という光の花びらとなって、中庭全体を吹雪のように舞い踊ったのだ。
「おお……なんと美しい……」
背後で、カッシア様が感嘆の息を漏らす。
私自身も、自分が生み出した光景に言葉を失っていた。これが、私の魔力? 底辺だ、無価値だと蔑まれてきた、私の力だというの?
「見ろ、ヴァレリアーナ。これが『起源の魔力』だ。いかなる属性にも属さず、すべての属性を生み出す源。お前の力は、この世界を創造した始祖の神に匹敵するかもしれないな」
カッシア様は舞い散る光の花びらを一枚手のひらに乗せ、愛おしそうに見つめた。
「この強大で純粋な魔力を、ファウスティーナは自分のちっぽけな風の魔力に変換して消費していたのだ。お前という巨大な源を繋がれ、彼女の魔力は強制的に広げられ、限界を超えて稼働し続けていた。……ふん、今頃、どうなっていることやら」
カッシア様の冷ややかな声には、隠しきれない嘲笑が含まれていた。
────
同時刻。
王都の中心に位置する、王国魔導騎士団の広大な訓練場。
「はぁっ……! はぁっ……!」
次期団長と目される精鋭、ファウスティーナは、訓練場の中心で膝を突き、荒い息を吐いていた。彼女の美しい銀の甲冑は土に塗れ、その顔面は蒼白を通り越して土気色になっていた。
「ファウスティーナ隊長! 大丈夫ですか!?」
副官のルキアが慌てて駆け寄るが、ファウスティーナはそれを鋭く手で制した。
「来るな! ……私は、大丈夫だ」
強がる声は震えていた。
今日の訓練は、若手騎士たちを相手にした模擬戦だった。普段の彼女であれば、得意の『風の刃』を数発放つだけで、十人の新兵など赤子をひねるように圧倒できたはずだった。
しかし。
(なんだ、これは……魔力が、練れない……っ!)
体内の魔力に意識を向けるたび、全身を内側から刃物で切り裂かれるような激痛が走るのだ。
どうにか絞り出して魔法を放っても、かつてのように鋭く、巨大な竜巻となることはなく、ただの生温かいそよ風にしかならなかった。
新兵たちも、次期団長である彼女のあまりの不調に、戸惑いを隠せないでいた。
「隊長、やはり顔色が優れません。医務室へ……」
「不要だと言っているだろう! 少し、寝不足なだけだ。次の者、前へ出ろ!」
焦燥感がファウスティーナの心を黒く焦がしていく。
彼女は自分の強さを疑ったことなど一度もなかった。トゥッリアのような大貴族が自分に惚れ込み、擦り寄ってくるのも、自分が王国一の才能を持つ天才だからだと信じて疑わなかった。
(なぜだ……ヴァレリアーナと縁を切ってから、急におかしくなった。いや、そんなはずはない。あの無色の平民女に、私をどうこうする力などあるはずがない!)
ファウスティーナは痛みを堪え、再び魔力を練り上げようとした。
その時である。
「ファウスティーナ様!」
訓練場の入り口から、派手な真紅のドレスを翻し、トゥッリアが取り巻きの侍女たちを引き連れて歩いてきた。騎士たちの神聖な訓練場に、許可もなく土足で踏み込んでくる傲慢な振る舞いだったが、彼女の実家であるトゥッリア家の権力を恐れ、誰も咎めることはできなかった。
「トゥッリア……なぜここに。今は訓練中だ」
「訓練などしている場合ではありませんわ! すぐに白銀の祭壇へ向かいますよ!」




