4
そこは、屋根のない円形の祭壇だった。
床一面には星空が映り込む鏡のような水が薄く張られており、中央には、下層の精霊樹とは比べ物にならないほど太く、透き通った水晶のような枝が一本、天に向かって伸びていた。
その枝の先には、まだ誰の魔力も注がれていない、純白の蕾が無数に眠っている。
「さあ、ヴァレリアーナ。真の誓約の時だ」
カッシア様は私の両手を握り、真っ直ぐに私の瞳を見つめた。
「私はカッシア。星と夜の魔力を司る者。我がすべてを懸けて、お前を愛し、お前を守り抜くことを、精霊樹と星々に誓う」
「私……私は、ヴァレリアーナ。起源の魔力を宿す者。我がすべてを懸けて、カッシア様を愛し、共に生きることを誓います」
私がそう宣言した瞬間だった。
私の中でずっとくすぶり、出口を求めていた膨大な魔力が、堰を切ったように溢れ出した。無色透明だったはずの私の魔力は、空気に触れた途端に七色の光を放ち、螺旋を描いてカッシア様の放つ深く濃密な紫の魔力と絡み合った。
「ああっ……!」
カッシア様の魔力が私の中に流れ込み、私の魔力がカッシア様の中へと溶け込んでいく。それは、先ほどの湯浴み以上の、魂そのものが混ざり合うような、強烈で官能的な感覚だった。
圧倒的な魔力の奔流に耐えきれず膝から崩れ落ちそうになる私を、カッシア様が力強く抱き留める。
「素晴らしい……! ヴァレリアーナ、お前の魔力は、私という器を得て、ようやく真の姿を現したのだ!」
カッシア様の歓喜の声と共に、私たちの交じり合った魔力は一直線に天へと昇り、そして精霊樹の最も高い枝の先にある一つの蕾へと吸い込まれていった。
目も眩むような光が弾けた。
光が収まった後、枝の先で静かに脈打っていたのは、これまでに見たどんな結晶よりも大きく、そして美しい『命の結晶』だった。
それは単なる乳白色ではなく、中心に宇宙の星雲のような紫と七色の光を宿し、すでに小さな鼓動を刻むように淡く明滅している。
「これが……私たちの……」
「そうだ。私たちの愛の結晶だ。これほどまでに美しく、強大な魔力を宿した結晶は、建国以来の奇跡だろう」
カッシア様は私を抱きしめたまま、その美しい結晶を見上げて微笑んだ。
私はカッシア様の温かい胸の中で、この輝く命を今度こそ何があっても守り抜くと、強く心に誓った。
───
一方その頃、下界である精霊樹の中層——高位貴族のみが使用を許される『白銀の祭壇』。
「ファウスティーナ様、こちらへ。私が手配した、最高の場所ですわ」
燃えるような赤い髪を揺らしながら、トゥッリアは得意げに祭壇の中央へと歩みを進めた。
名門トゥッリア家の権力と財力を使えば、順番待ちの列を無視して、このような上質な祭壇を独占することなど容易いことだった。
「素晴らしい場所だ、トゥッリア。君の配慮に感謝する」
ファウスティーナは優雅に微笑み、彼女の手を取った。
ヴァレリアーナという重荷を切り捨てたことで、彼女の心は晴れやかだった。あの無色で貧相な魔力を持つ平民との儀式は、彼女にとって常に苛立ちの種だった。
彼女が魔力を注いでも、ヴァレリアーナの魔力が無色ゆえに反応が薄く、自分が一人で頑張っているような気ばかりさせられていたからだ。
「さあ、誓約を結びましょう。私の黄金の炎の魔力と、あなたの高潔な風の魔力。この二つが交われば、きっと誰よりも優れた子供が授かるはずですわ」
「ああ、もちろんだ。私と君の組み合わせこそが、王国の未来を背負って立つに相応しい」
二人は向かい合い、手を繋ぎ合わせた。
祭壇の上に置かれた真新しい純白の結晶に向けて、二人は同時に自身の魔力を放った。
——その瞬間、ファウスティーナの顔が苦痛に歪んだ。
「ッ……!?」
「ファウスティーナ様? どうなさいましたの?」
トゥッリアから流れ込んでくる魔力。それは確かに強大で、荒々しい黄金の炎の属性を持っていた。
しかし、その魔力が自身の魔力に侵入してきた途端、ファウスティーナは自身の体内に、ガラスの破片を流し込まれたような激痛を感じたのだ。
(なんだ、この痛みは……!? 魔力が、軋んでいる……?)
これまでは違った。ヴァレリアーナと魔力を交わすときは、常に彼女の魔力が滑らかに、潤滑油のようにファウスティーナのを満たし、どんなに乱雑に魔力を放出しても、優しく包み込み、拡張してくれていた。
彼女は気づいていなかったのだ。
自分の『高潔で強力な風の魔力』と自負していたものは、ヴァレリアーナの『起源の魔力』によって極限までサポートされ、底上げされた結果生み出されていた偽りの力に過ぎなかったことに。
強大すぎるヴァレリアーナの魔力という『補助輪』を失った今、ファウスティーナの本来の脆弱な魔力は、トゥッリアの強引な炎の魔力を受け止めるだけのキャパシティを持っていなかった。
「い、いえ、なんでもない。少し、今日の騎士団の訓練の疲れが出ただけだ」
ファウスティーナは冷や汗を流しながら強がり、無理やり魔力を押し流した。
「そうですか? 無理はなさらないでくださいね。でも、ほら見てください! 結晶が!」
トゥッリアの歓喜の声に視線を向けると、祭壇の結晶は確かに赤と緑の光を帯びていた。しかし、その光はどこか不安定に明滅し、表面には微細な亀裂のような影が走っているように見えた。
(……気のせいだ。私とトゥッリアの結晶が、劣っているはずがない)
ファウスティーナは自身の体内で鳴り響く警鐘を無視し、痛みを堪えて笑みを浮かべた。
彼女の魔力に、取り返しのつかない致命的なひびが入り始めていることなど、この時の彼女は知る由もなかった。
───
雲の上の私宮。
新しい命の結晶を神殿の最も安全な場所に安置した後、私はカッシア様の広いベッドで、彼女の腕の中に抱かれながら微睡んでいた。
「……まだ、夢みたいです」
カッシア様の深紫の髪を指に絡めながら呟くと、彼女は私の額に優しいキスを落とした。
「夢ではない。お前の目の前にあるすべてが、お前の手に入れた現実だ」
カッシア様の温かい体温と、力強い鼓動が耳に心地よい。
過去の苦しみも、裏切りによる絶望も、すべてが遠い昔のことのように思えた。
「私、カッシア様と出会えて……本当に良かったです」
「私もだ、私の愛しいヴァレリアーナ。明日からは、お前がこれまでに受けた不遇の分まで、徹底的に甘やかしてやろう。覚悟しておくことだな」
その甘やかな言葉に、私は幸せな笑みをこぼしながら、ゆっくりと眠りの底へと落ちていった。
明日からの日々が、光に満ちたものになることを確信しながら。




