表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4


船は、速度を落とした。

エンジンの振動が、

ゆっくりと低く、重く変わっていく。


霧が濃くなる。

視界は狭く、

世界は灰色に閉じていく。

船長は前方を見据えたまま、

短く言う。


「……入るぞ」


誰に言ったわけでもない。

だが、乗組員たちはその意味を理解していた。


この海域には、地図に載らない“影”がある。


霧の向こうに、

それは現れた。

黒い岩肌。

鋭く切り立った崖。

波が打ちつけるたびに、

白い飛沫が砕けて消える。


島。

だが、どこか“自然ではない”。

岩の割れ目が、

まるで意図されたように連なっている。


崖の一部が、

わずかに直線的に見える。

人工物の気配が、

風景の奥に溶け込んでいる。

船は、島の外周をなぞるように進む。


入り口は、ひとつしかない。

狭い海路。

両側を黒い岩に挟まれ、

外からは見えない構造になっている。


波が強くなる。

船体がきしむ。

見張りが小さく呟く。


「……毎回、ここは慣れねえな」


やがて、

その海路の先に――

静かな水面が現れる。

まるで、島の内側だけが

別の世界に切り離されているようだった。


そこに、桟橋があった。

コンクリートでも、木でもない。

金属と複合素材でできた、

無機質な構造物。

最低限の設備だけが並び、

無駄が一切ない。

人影が、ひとつ。

受け取り担当の男。

彼は、船が近づいても動かない。

ただ、こちらを見ている。


船が接岸する。

ロープが投げられ、

固定される。

その一連の動作の中で、

誰も大きな声を出さない。

この場所では、

自然と声が小さくなる。

船長が先に降りる。

男と向き合う。


言葉は少ない。

「物資だ」

「確認する」

それだけで、

手続きは進む。

だが、今日は違った。

船長は振り返る。


「……それと、もう一つある」


その言葉に、

男の視線がわずかに動く。

担架。

そこに横たわる女性。

濡れた髪。

冷えた肌。

浅い呼吸。

男は、数秒だけ見つめる。

その目は、

驚きでも、動揺でもない。

計測する目だった。

一瞬の沈黙。

やがて男は、無線を取る。


「……医務官を」


それだけ言って、切る。

島の空気は、静かだった。

風は吹いているのに、

音が広がらない。

どこかで吸収されているような、

不自然な静けさ。

遠くに、建物が見える。

低く、横に広がる構造。

窓は少ない。

装飾もない。

だが、その下に――

何かがある。

そう感じさせる重さがあった。

担架が運ばれる。

女性の身体が、

ゆっくりと桟橋を離れる。


その瞬間、

海の気配が遠ざかる。

代わりに、

別の“領域”に入った感覚が広がる。


足音が変わる。

金属の床。

乾いた音。

規則的なリズム。

島の内部へ向かう通路。

壁は滑らかで、

継ぎ目が見えない。

照明は柔らかいが、

どこか冷たい。

人のために作られているのに、

人の気配が薄い。

担架が通路を進むたびに、

扉が自動で開く。


そして、閉じる。

外界との境界が、

一枚ずつ遮断されていく。

女性は、まだ意識がない。

だがその深い層で、

何かがわずかに反応する。

空気が変わったこと。

音の質が変わったこと。

温度が変わったこと。

それらを、

身体が記憶しようとしている。

最後の扉が開く。

白い光。

医務室。

担架が中へ入る。


そして――

扉が閉じる。

その瞬間、

外の世界は完全に切り離された。

海も、空も、霧も、音も。

すべてが遠くなる。

残るのは、

この島の中だけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ