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ヒルデガルトは魔女の呪いに打ち勝つか?  作者: 柳瀬あさと
2、侯爵令嬢は王子の婚約者になりえるか?

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6/10

ただそれだけの光景

 変に静まり返った室内でいち早く空気を変えたのはミュラー伯爵だった。

 咳払いを一つして「補足させていただきますと」と語りだした。


「ヒルデガルト嬢の説明の通り、まだ術式の解析が出来ていない状態です。再現性もですが持続性の保証もありません。勿論接触した人体に支障はない事までは確認済みですが、それでも作りの分かっていないものを殿下の横に置き触れ合うなど、とてもではありませんが出来かねます。これは魔術師としても、臣下としても、当然の事です」


 言われてしまえば納得せざるを得ない。何が入っているかわからないが多分体にいい、と言われて薬ではない知らない何かを飲む者はいない。それが王族ならば猶更。


「解析は進めているのか」

「勿論でございます。ヒルデガルト嬢と師であるゲルトルート様、そしてゲオルク翁と私で取り組んでおります」

「せめて、その現状だけでも報告してくれていれば……!」

「この術式は奇跡です。解析を試み始めて早々、下手に触れれば崩れる可能性の方が高いという事がわかり、せめて崩れぬ保証が出来ねば報告は出来ないと判断しました」

「崩れる可能性があるのか?」

「はい」


 魔術とは、魔力により術式を書くことでもって作り出される。

 その術式は様々だ。魔法陣のように描く者もいれば、文書として記す者もいる。そこに魔術を生み出す魔術師の特徴が出る。

 複雑な魔術になればなるほど、その術式は細かくなり重ね合わせることになる。完成した術式の美しさが何故か魔術の効果に影響があるので、出来上がる魔術の術式はある種の芸術品だ。

 ところが、ヒルデガルトが展開している魔術は、美しさとは程遠いものだった。


「まさに子供のおもちゃ箱をひっくり返したような乱雑な組まれ方をしていますので、一つ触れるだけでもどう影響するかわからないのです。むしろ何故これで機能しているのか理解しがたい代物なのです。これはゲオルク翁も同じ見解です」

「ゲオルク翁でもか……」

「更には、常時発動と人固定という、解析に一番厳しい条件式です。術式が崩れるだけならばまだいい。最悪ヒルデガルト嬢の命に係わるかもしれません」

「そうか、人固定……それは……」


 魔術には様々な種類があり様々な分類があるが、どれも共通して『発動』と『場所』が設定されている。

 『発動』の主だったものは三つ。一度展開したら常に発動しているものが常時発動、一度展開した後でも特定の条件下にならなければ発動しないものが条件発動、一度展開した後に決められた時間だけ発動する、もしくは決められた時間が過ぎてから発動する、という時間に縛られているものを時限発動という。他にもあるしこれらを複合するものもあるが、常時発動の術式は展開されてしまったら解析が難しい。動いている物体の詳細を調べるのに等しいからだ。

 そしてもう一つの設定である『場所』。場所はまず大きく二つに分けられる。場所固定と場所浮動。そして場所固定の中でもさらに三つに分かれ、術式が組み込まれているのが特定の空間ならば空間固定、特定の物ならば物質固定、特定の生き物ならば生物固定である。術式を止めたり壊したりした時に、影響が出るのはその固定されている物である。空間固定ならばその空間が、物質固定ならばその物質が、生物固定ならばその生物が。

 ヒルデガルトが作り上げた術式は、解析する魔術師にとって最悪の状況にあった。

 術式を作り上げた際の記録が何もない。術式を崩壊させればヒルデガルトの身に何が起こるかわからない。かといって、術式を崩壊させずに発動や展開を収束させ止める手段もわからない。さらに、崩壊せず運よく止められたとして、再起動が可能かもわからない。

 今はまだ魔術と呼べないこの術式は、それでも間違いなく残さなければならない術式だ。消すわけにはいかない術式だ。それは関わっている誰もがわかっていた。それゆえに。

 慎重に、時間をかけて解析するしかない。

 それは魔術師でなくとも、魔術を使う者ならばわかる事であった。


「……いいだろう。認めよう」


 だからこそ、王もそう言う事しか出来なかった。


「今後もヒルデガルト嬢の術式解析は進めよ。ただし、以後は定期報告を必須とする。また、必要ならば魔術庁内にヒルデガルト嬢の部屋を作る事も許可する」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

「よい。よく励め」


 魔術庁内に部屋を持つ、という事は、第五位以上の魔術師にしか許されていない。そして、部屋を持つ事によって、魔術庁ないし王宮が抱える門外不出の資料や道具にも触れられるのだ。第六位以下は上位の魔術師に付き添ってもらわなければ閲覧すらできない。だからこそ、魔術師の二人は最高の褒美をもらえたと喜ぶ。栄誉よりも、実。そんな根っからの魔術師の反応であった。


「ところでヒルデガルト嬢、一つ頼みがあるのだが」

「何でございましょう」

「エリアスと、握手をしてもらえぬか」


 突然話に巻き込まれたエリアスは驚いて、父である国王を見てからヒルデガルトの方を伺い見る。ヒルデガルトもまた予期せぬ依頼に目を瞬かせたが、特に断る必要のない内容である。


「は、はい、喜んで……?」


 ヒルデガルトがそう言えば、エリアスが立ち上がってヒルデガルトの方へと移動する。それに合わせるようにヒルデガルトも立ち上がり、エリアスの前へと立つ。先ほども見た遊色の瞳が、それでも先ほどよりも輝いている様に見えた。その輝かしい瞳に見つめられながら、ヒルデガルトはエリアスと握手をした。

 躊躇いがちに伸ばされた手は、ヒルデガルトの手に触れた時に数瞬止まり、徐々に力を込める。強く、何かを確かめるように。


「……魔女ではないのだな」


 先ほど、王が自身の目でも確認した事を、噛みしめるように口にする。


「はい」


 小さくも大きくもない声で、ヒルデガルトが当たり前の事実としてはっきりと答える。


「そうか」


 エリアスが、魔女ではない人間と、何事もなく触れ合っている。

 国王夫妻はエリアスが生まれてから初めて目にする光景に、ただただ見入った。ずっと望んでいた光景。けれど国の頂点に立つ自分達でも作る事の出来なかった光景。


「……そうか」


 それが今、目の前にある。


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