5、侯爵令嬢は王子の婚約者になりえるか? <再現性がございません!!>
緊張をはらんだ空気は軽快なノックの音と共に霧散する。同時に、ウェルナー公爵が完全に開かれている扉の所から口をかける。
「陛下、候補者の諸々への説明が終わっていませんよ」
「ああ、そうであった、そもそもはそちらが……」
王は考える。婚約者候補も選んだ。だが、もしも侯爵家の令嬢であるヒルデガルトが本当にエリアスに触れても何も影響が無いなら、間違いなく最有力の婚約者候補に躍り出る。ほぼ確定の候補だ。もしもそれが無理でも、魔術師と名乗れるほどならば側近に置くなりなんなりして抱え込みたい。
「……状況が変わった。再考の必要が出たため後日改めて声をかけると伝えて今日は引いてもらえ。特に婚約者候補の家には後日個別に会うと伝えよ」
「承知しました」
エリアスと同じく廊下で話を聞いていたウェルナー公爵は、事態を正しく認識して役目を引き受け出ていった。
そうしてウェルナー公爵がいなくなると、侯爵家の背後に立っていたエリアスが国王夫妻の側へ行き王妃の横に座る。しばし沈黙が横たわるが、すぐに見つかったのか、ミュラー伯爵の来訪が告げられた。
「失礼いたします」
部屋に入ってそこにいる面々を確認した瞬間、ミュラー伯爵は全てを悟った。とうとうヒルデガルトの存在が表に出てしまったのだと。
覚悟を決めるように細く長く息を吐きだし、お決まりの挨拶を問題なくすませると、次に出てきたのは提案と確認だった。
「……説明は、私の口からでよろしいでしょうか」
「うむ、任せた」
王がそう言った瞬間、
「あの、恐れながら、陛下」
「何だ」
カールは居心地が悪そうに何度か視線を彷徨わせてから確認をする。
「先ほどの陛下のお伝え様から考えると、ヒルデガルトは婚約者候補にあがるのでしょうか」
「まぁそうだな」
何を当然のことを、と返すと、カールとクラウディアが顔を見合わせてから強く頷き合うと、決死の覚悟で王へ訴え始めた。
「恥を承知で申し上げます! 大変申し訳ございませんが、ヒルデガルトにエリアス殿下の婚約者が務まるとは思えません!」
「お父様?!」
「情けない話ですが、淑女教育を終わらせる目処が全くついておりません」
「お母様?!」
「これは本当に我々の教育が至らなかったせいです。我々の教育の失敗です。申し開きもございません。今のこの子は、この子は……ッようやくただの獣から知恵ある獣になったようなものです!」
「さ、さすがにそこまでではないと思いますわ?!」
「好奇心の塊、その上一切の躊躇なし、なまじ頭がいいものですから周囲の人間を巻き込んででも自分の欲望を満たそうとする傍若無人さを、今必死に抑え込んで人としての正しき心得を言い聞かせているところでございます」
「違うわ、皆純粋な好意でもって協力してくれただけよ!」
「弱みを握る事と餌で釣る事は純粋な好意とは言わんのだよ!」
「し、叱咤激励と成功報酬は円滑な組織運営と人間関係構築の要では?!」
「貴女はその優秀な頭を弁舌で取り繕う事に特化させるのをやめなさい」
「語彙が多い事を叱られる日が来るなんて思いませんでしたわぁ?!」
涙目になったヒルデガルトの頭を、カールとクラウディアが同時に抑え込んで自分達も頭を下げる。
「御前のお目汚し、誠に申し訳ございません。ですが、本当に! 本当にこの子が権力の近くに立つのは少し、いやかなり不安しかないと申しますか……!」
「殿下の婚約者候補にあげていただくという栄誉は恐悦至極でございますが、ヒルデガルトにはどうしようもないほどに分不相応かと思われます」
高位貴族らしくない必死な様子の早口でジレアウト侯爵夫妻は言い切った。二人の間でヒルデガルトが「大丈夫、これは愛よ、お父様とお母様の子供を手放したくないという愛……よね? 本心じゃないわよね? 私もうちょっとまともな令嬢よね?」とぶつぶつ呟いているが、誰もそれには触れない。
「……ジレアウト侯爵家の意見は考慮に入れよう」
何とも間抜けな変な空気を変えるように、王は一つ大きく咳払いをしてからそう答えた。
「確かに、ヒルデガルト嬢自身がどのような人となりかは知らぬからな。だが一つ安心してほしい。候補にあがったならば特別に王室から教師をつけよう。なに、優秀な教師は知っている。そこまで恐縮しなくてもよい」
不出来な子供を心配してしまうのは親ならば普通の事だ。王はジレアウト侯爵夫妻の行き過ぎた不安と心労をほぐすつもりで伝えた。実際、子供一人の教育など優秀な教師が付きっ切りで行えばどうとでもなる。まして賢いとわかっているなら覚えも早いだろう。実の両親の元ではどうしても甘えが出てうまくいかない事があるものだ。そう思っての発言だったが。
ジレアウト侯爵夫妻は何故か絶望の末の泣き出しそうな顔になっていた。
何ならミュラー伯爵も天を仰いで聖印を切っていた。
さすがに国王夫妻も心配になった。
「と、とにかく、わからぬことが多すぎる。令嬢のこともだがゲルトルートの名が出るなど完全に想定外だ。ジレアウト侯、ミュラー伯、すべてつまびらかにせよ」
「は、はい」
「確認をさせてください。ゲルトルート様の説明は何処まで?」
「ジレアウト侯爵夫妻が相互保護の契約を結んでいるという事と、令嬢の師だという事しか聞いていない」
「なるほど、ではゲルトルート様との関係についてはジレアウト侯爵御自らご説明頂いた方がよろしいかと。その後にヒルデガルト嬢の御事情については私が説明しましょう」
ミュラー伯爵がそう言って勧められた席へ座ったのと同時に、ジレアウト侯爵が口を開く。
「まず、魔女ゲルトルートの事は王室ではどのように伝えられておりますか?」
「公式発表の通りだ。ゲルトルートは『楽園の魔女』として認識されていて、一応我が国の賢者としても登録されている。たまにふらりと現れては知恵を授けてくれるが、こちらからは連絡は取れない。もしも了承が取れるなら、いつでも宮廷賢者となってもらいたいところだな」
「れ、連絡が取れないのですか? あの、居場所の報告とかは……!」
「ない。時折王国内での目撃情報は上がるが、どうにも行方を掴めない。よほどの問題が差し迫った時は付き切りになってくれるようだが、私の治世ではまだそこまでの事はない。気まぐれにふらりと現れふらりと消えるのみだ」
「そ、そんな……そんなことになっていたのですか……こちらとしては王室とはもっと確固たる繋がりがあるのかと、思い違いを……」
王の前にもかかわらず、カールが頭痛に耐えるように額に手をやる仕草をとる辺り、どうやら本気でショックを受けているようだった。
「まぁ『外魔女』だからな、俗世に対してはこのようなものだろうよ」
魔女のほとんどが社会に溶け込む中、それが出来ない魔女もいる。それはどういった仕組みなのかわからないが、たまに時の流れが狂って老いもせず長い寿命を持つことがあるのだ。社会の営みから外れざるを得なくなる魔女を、『外魔女』と呼び、さらにそこから人の世と友好的に関わる外魔女を『楽園の魔女』、非友好的な外魔女を『荒野の魔女』と呼ぶ。
外魔女はその不老長寿の体質ゆえに、基本的には暇を持て余している。持て余した結果、魔力や魔術の研究をして時間を潰すことが多くなり、ただでさえ魔力量が多く魔力操作が巧みなのにさらに強くなるのだ。勿論、魔力や魔術の研究などせず別の事で時間を潰す外魔女もいるが、ほとんどの外魔女が一般の魔女よりもあらゆる意味で強い。
その強さは、国が外魔女を縛る方法はないかと延々と考えるほど。
だからこそ、何処の国も荒野の魔女を警戒し、楽園の魔女には敬意を払ってどうにか縁付いてもらいたいと動くのが常である。
ゲルトルートは何故かこのヴァルベルツ国から動こうとせず助けてくれていたので、賢者という国の相談役になってくれないかと要請したところ、ちゃっかりと立場だけは貰って、あとは王が言った通り、気が向いた時にしか現れないという。
「個人的な繋がりも一つあるわ。実は私の師です」
魔女である王妃の微笑みながらの告白に、ヒルデガルトが目を輝かせた。
「とはいっても、幼い頃に魔女の心得と魔力操作の基礎を教えてもらっただけです。ヒルデガルト嬢が魔術師ならば、とても姉弟子とは言えないでしょうね」
「そうだったのですか……」
どことなく親しみを持って語る王妃の様子に、ヒルデガルトは輝いた眼をそのままにしている。「お師様の弱みとかご存じではないかしら」と小さな声が聞こえたが、クラウディアがドレスに隠れてキュッと足を踏みにじれば静かになる。
「ゲルトルートは王室の認識通り、楽園の魔女ですし、ヴァルベルツ国の賢者の自覚もあります。ですが、実際のところ、彼女はジレアウト領を守る存在です。正確には、ジレアウト領がかつてジュレディアナと呼ばれていた頃、そのジュレディアナの領土を守護しています」
「……それは、五百年は遡ることになるが……」
「我々も本当のところはわかりません。これは我が家に伝わる話とゲルトルートから聞いた話です。かつて……ジュレディアナを守護していた外魔女がいたらしく、その外魔女がジュレディアナを治めるのはパシュケルト家以外は認めぬ、と定めたようで……あの地は、かつてジュレディアナであった場所だけは、直接パシュケルト家が治めなければならないのです。パシュケルト家自体が何処に属そうと、変わらず」
カールの説明に王は眉間のしわを深めたが、それでもうっすらと納得していた。エリアスにも言ったジレアウト領の成り立ち。国がどうやってもパシュケルトから奪えなかったのは、つまり魔女の何らかの力が働いていたのだろう。そしてそれは、恐らく今後も続くのだ。
「その外魔女がゲルトルートだと?」
「いえ、ゲルトルートの師です。彼女自身は天へのぼったそうで、その前にゲルトルートに託したようです」
「なるほど……ではつまり、ゲルトルートが今までヴァルベルツの国難に助力してくれたのは、ジレアウト領を守るため、もしくはそのついでだったという事か」
「恐らくは」
問題がない領だなんてとんでもない。これは問題しかない領だ。王は頭が痛くなってきた。唯一の救いはパシュケルト家が国と王家に遜っている事だが、ヒルデガルトの存在を隠していた事を考えると、そこに全幅の信頼を寄せることは難しい。
「現在、ゲルトルートはジレアウト領を守護し、同時にパシュケルト家を保護しています。彼女は師に頼まれたから守護している、という立ち位置ですので、今まではジレアウト領に固執することもなく基本自由でした。ですから王妃陛下の元へ向かわれた時期もあったのでしょう。が」
そこでカールは大きく息を吐いた。
「ヒルデガルトが魔術師となって状況が変わりました。彼女はヒルデガルトを弟子として認め、現在は常にジレアウト領にいて付き切りで導いてくれています。と言いますか……我が家に、住んでおります。なので、その……連絡はいつでも取る事が可能です」
国王夫妻は目を見開いた。まさかの展開である。ずっとこちらからは繋がることが出来なかった相手と、今ならば容易く繋がることが出来るのだという。
「そ、うか……それは、こちらとしても有り難い」
何とかそれだけ口にすれば、カールは申し訳なさそうに頭を下げた。カールとしてはまさか国の方からは連絡が取れない状況だったとは知らなかったのだ。何とも心苦しい。
「我が領とゲルトルートの関係は大まかにはこれぐらいでしょうか。何か確認したい点がございましたら答えさせていただきますが……」
「ひとまずはこれでいい。さて、次はヒルデガルト嬢の事だ」
どちらかと言えばこちらが主に聞きたかったことだ。ゲルトルートの事は大きすぎるおまけだったのだ。
「では今度は私から説明させていただきます」
そう言ってカールと交代したのはミュラー伯爵である。
「端的に申しましょう。ヒルデガルト嬢は現在第一位魔術師相当です」
「……それは誰が認めた。適当な者が嘯いているのなら、ゲオルク翁が黙ってはいないぞ」
驚きと疑惑と怒りとのない交ぜの声で王が言う。
魔術師は国から位を授かる。位は一から七まであり、魔術師と認定された者は基本的にはまず第七位を授かるのだ。もちろん、いきなり第五位を授かった実力ある魔術師もいるが、第一位となるのは魔術師の中でも数人。ゲオルク翁と呼ばれているのはまさに国が認めた第一位の立場を有している魔術師で、第一位の中でも頂点であろうと魔術師達から尊敬されている存在だ。魔術師でなくとも、齢七十を超えてなお第一線を譲らない彼の実力と、平民に生まれたにもかかわらず伯爵位までのぼりつめたほどの功績と激動の人生は、多くの国民によく認識され好意的にとられている。
「そのゲオルク翁です」
「待て。待て、どういうことだ。つまりヒルデガルト嬢の事は既にゲオルク翁も把握しているという事か」
「その通りでございます」
「何故報告しない」
「まぁ、ゲオルク翁ですから」
「ミュラー伯、貴様もだ」
「恐れながら陛下、魔術師は相手の実力をもって魔術師と認めますが、国は、資格としてはそうではございません。年齢制限があり試験がございます。ヒルデガルト嬢はまだ七歳。あと三年すれば試験を受けて魔術師の資格を得る事でしょうが、今は違います。公式にはヒルデガルト嬢は魔術師のような魔術の徒、第一位魔術師にふさわしい魔術の徒。どう足掻いても私の管轄外なのです。その上国の賢者にして楽園の魔女ゲルトルート様の口外無用の要請。私にはどうすることも出来ません」
王は強くこぶしを握り締める。間違いなく怒りによって。
「さらに申し上げますと、魔術法において新しい魔術やそれに類するものは報告の義務がありますが、あれは資格としての魔術師しか縛れない法文です。ですから……ですから魔術法の改正を求めていたではありませんか。年齢制限の撤廃、もしくは対象の拡大。以前から申し上げていたはずですが?」
強く歯噛みして怒りを抑え込んだのは、王か王妃か、それとも両方か。
――これだから魔術師は!
ミュラー伯爵の言い分は正しい。規則に沿っている。そして、魔術法の改正を後回しにしていたのは間違いなく自分達だ。
必要がなかったのだ。魔術師とは魔術を使いこなせる者ではない。それは魔術の徒である魔術使いだ。新たな魔術を作り出す、もしくは既存の魔術を改変する者、つまりは魔術の先を切り開く者のことなのだ。今までの魔術師認定の最年少が十五。年齢制限が十でも低すぎると思っていた程だ。それなのに、まさか十になる前の子供が魔術師になるなど考えもしなかった。
それでも如何ともしがたい感情に襲われる。国で言えば王室の血統維持の問題が、個人で言えばたった一人の息子の未来の問題が解決するかもしれない可能性が見えていたのだ。それを報告しないのは臣下としてどうなのだ。
魔術師は、事魔術に関しては容易く『狂う』。魔術に対してのみ真摯となる。魔術の研究開発の為なら簡単に倫理を一歩踏み超える。国に忠誠を誓いながらも魔術にすべてを捧げる。魔術の為なら時に王の命令よりも魔女や魔術師との約束を優先する。その二律背反に疑問を抱かない性分。それが魔術師。
それをどうにか国に組み込み首輪をつける為に作られたのが魔術法と魔術庁で、それを取り纏めているのが比較的常人寄りのミュラー伯爵だったのだが、ミュラー伯爵もまた魔術師。ヒルデガルトの状況を鑑みた結果、国の望みよりも魔女の望みをとったのだろう。そしてそれでも臣下として国に寄り添おうと考えた結果が魔術法の改正申請だったのだ。
「……魔術法の改正に関しては即議題に上げる。そして、今ここでヒルデガルト嬢を勅令でもって魔術師と認めよう。ヒルデガルト嬢、して、其方は何故エリアスに触れても問題がないのだ」
様々なものを呑みこんだ王が問う。ヒルデガルトは直答をしていいものかと両親を、そしてミュラー伯爵を確認する。両親は死を覚悟したように目を瞑り、ミュラー伯爵は力強く頷いた。よって、ヒルデガルトは正直に答えることにした。
「恐れながらお答えします。私が展開している術によって、魔力差を無いものとしているからです」
「魔力差を、無いものに……!」
エリアスが生まれてからずっと、ずっとずっと王家が、高位貴族が求めていたその内容。
奇跡がここになった。国王夫妻は熱くなる胸を必死に沈めようとするが、どうにもこらえられずその頬を緩ませる。
「よくぞその魔術を生み出した! 見事なり!」
言ってしまえば、国王夫妻の顔は完全に歓喜に染まる。先ほどの魔術師特有の不義理を横に置き、笑顔でヒルデガルトを称賛した王は、そのままの顔でミュラー伯爵へと向く。
「ミュラー伯、ヒルデガルト嬢は魔術師である、すぐにこの新しい魔術の詳細報告を……!」
「いいえ、詳細報告は出来ません」
王の言葉を遮るという不敬を鋭く行ったのは、ミュラー伯爵ではなくヒルデガルトだった。
国王夫妻の笑顔が固まり、困惑のまま、声を震わせる。
「それは、何故だ」
「先ほども魔術ではなくただの術と申しました、これは魔術とは言えません。不出来な技にすぎません。それゆえに、詳細の報告は出来ません」
背筋を伸ばして王を真っ直ぐに見るヒルデガルトは揺るがない。ジレアウト侯爵夫妻は別の意味で揺るがない。恐らく娘のしでかしに魂が半分抜けて固まっている。
「何を言う、謙遜か? 其方は実際にエリアスが触れても何事もなかったではないか。見事な魔術だ。何をもって不出来などというのだ」
ギリッという小さな音が部屋に響く。先ほどの誰かの歯噛みよりはるかに大きいそれは、間違いなくヒルデガルトの口から洩れた怒りを、いや、屈辱を噛みしめる音。
「再現性がございません!!」
ヒルデガルトが吠える。ジレアウト侯爵夫妻の魂は完全に抜けた。ミュラー伯爵はうんうんと首肯した。
「この魔術もどきは私が三歳の頃に成立させた常時発動、人固定型のものです。魔力差のあった従姉妹に不安なく抱きつきたくて、あれやこれやと試行錯誤に改良を重ね上書きをして切り貼りをして無理くり作り出したものです。おわかりになりますか?」
ヒルデガルトはぶるぶると震える。恐怖ではない。畏敬でもない。自身への怒りと屈辱で震え、目をぎらぎらと光らせる。
「三歳です。当然、書き留めることも正確に記憶することもなく、思いつくままに術式を重ね合わせたつぎはぎの代物。奇跡的にも出来上がってしまったお遊びの成れの果て。こんな、こんな解析分解も出来ていない偶然の産物を私の魔術として記録に刻めだなど……ッ何たる侮辱! 何たる屈辱! そも魔術とは! 同一の条件下に置いて必ず同一の効果が表れる、解析と分解の出来る、再現性のある術式の事を指すのです! これは! 出来ておりません! 魔術ではないのです! ゆえに! 詳細報告など! 断じて出来ません!!」
言い切った。血を吐くように。
肩で息をするヒルデガルトを拍手で迎えたのはミュラー伯爵で、国王一家は呆然とし、ジレアウト侯爵夫妻現実逃避をして天井の模様を「わぁ、綺麗」と見ていた。
魔力差を無視する、奇跡のような世界初の術式。
国の頂点たる国王も称賛する見事な術式。
だが魔術師としてのヒルデガルトにとって、それは誇りではなく恥でしかなかった。
ミュラー伯爵が報告をしなかった理由。ジレアウト侯爵夫妻の王子妃候補の辞退願い。様々なものが納得の形を作っていく。
「…………なるほど、魔術師だ」
王はかすれた声でそう言うのが精いっぱいだった。




