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ヒルデガルトは魔女の呪いに打ち勝つか?  作者: 柳瀬あさと
2、侯爵令嬢は王子の婚約者になりえるか?

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魔女と魔術の徒ともう一つ

 エリアスは選んだ子供達を引き連れながらも、途中で使用人に伝言を託す。ジレアウト侯爵家をここから出すな、と。


「エリアス、こちらだ」

「陛下」


 既に婚約者と側近の候補の家族を別室に招いた国王が、エリアス達子供を出迎える。この別室でエリアスのこれからの人間関係が決まる。その筈だったが。


「陛下、急ぎお耳にお入れしたいことがあります」


 常にない緊張した息子の様子に、国王は子供達を親達がいる場所へ案内させて人払いをした。


「どうした」


 廊下で国王が問えば、エリアスは「確かではないのですが」と前置きをしてから先程の事を話す。


「ジレアウト侯爵令嬢に触れられましたが、何事もありませんでした」

「……何だと」

「グラスを渡す一瞬です。こちらも少し気が緩んでいたからしっかりと観察していたわけではありません。なので、もしかしたら勘違いかもしれないし、令嬢が耐えていただけかもしれません。ですが、相手の魔力とぶつかるいつもの感覚が、まったくありませんでした」

「それは……ジレアウト侯爵家は今どこに?」

「わかりませんが、使用人に留め置くようには伝えました」

「よい。誰ぞ、ジレアウト侯爵家をこちらへ呼べ」


 国王がすぐに判断すれば、控えていた従者も動き出す。それを見てエリアスも一心地着く。


「真偽はこの後確かめればよい」

「はい」

「それにしてもジレアウト侯爵か……」


 ふぅ、と息を吐きだす国王に、エリアスは小首を傾げる。


「何か問題が?」

「問題はない」

「それは……いいことなのでは?」

「何も問題がなかったのだ、今まで一度も。功績をあげるわけでもなく、災害に見舞われるわけでもなく、我々を押し上げることも足を引っ張る事も何もない、必要な時に必要なだけ、代々過不足なく仕えてくれている侯爵家だ。それゆえに、表面的な事しか知らぬ。数字だけ見ればあそこは領内で完結しようと思えば出来る。ある意味、王家を必要としていない」


 ありがたい存在ではある。際立った特色はないものの平和な領らしく、税が滞る事もなく、呼べば応えるし、それなのに助けを乞われた事もなく、手間をかけさせる事もない。欲もないのか中央の政に絡もうともしないし、それでも人数合わせなどには手を挙げてくれる。はっきり言ってしまえば便利で理想的な地方領主だ。けれど、だからこそ特別目をかけることも邪険にすることもなく、関わることがほとんどなかった。


「成り立ちゆえかもしれんな」

「どういう事ですか?」

「あそこはヴァルベルツの成る前の国の時からパシュケルト家が治めていたのだが、ヴァルベルツが成った時に直属の配下に任せようと考えたらしい。ジレアウト領は昔から穀物庫として国内で上位だったゆえ、かつての敵国の貴族を排除したかったのだ。ところがそれが何故かパシュケルトがヴァルベルツへ絶対服従の誓いをする事で良しとすることになり、変わらず治めることになったという事だが……問題を起こさないのは、それを律義に守っているから、というのなら、まぁ、困る事にはならぬと思うが……」


 国王の言葉にエリアスは何も言えないまま、少し不安が出てきた。

 よくわからない家の令嬢がよくわからない。

 とはいえ、どうせこの後すぐに会って話すのだ。そうすれば不安も何もない。そしてその先にはもしかしたら、この自分の体質を改善させる何かが待っているのかもしれない。

 あんな風に触られるのは、エリアスにとって久しぶりの失態だった。

 触れられた手を見つめる。ヒルデガルトの微笑みを思い出して、何とも言えない気持ちになる。


 ――あれは絶対、わざとだろう。


 淑女の微笑みとは遠い、いたずら小僧の笑みだったのだから。



  * * *



「そう硬くならなくていい。思えばジレアウト侯爵とは挨拶だけだったからな、色々と話そうではないか」


 選んだ婚約者側近候補達とは別の部屋にて、王弟に連れてこられたジレアウト侯爵家は、問答無用で国王夫妻の座るソファーと向き合っているソファーに座らせられた。侯爵、令嬢、婦人と並んだ三人は、見苦しくない程度にギュッとくっついている。怯えているのかもしれない。


「陛下方のお時間を頂く等恐れ多い事です。必要なことがあれば何一つ隠さず申し伝えますので、どうぞ他の皆様とのご歓談をご優先ください」


 ジレアウト侯爵は早々に白旗を上げてきた。その態度を認めた国王夫妻が頷きながら姿勢を楽にする。


「確かに他にも待たせている者達がいる。ゆえに、単刀直入に言う。ジレアウト侯爵令嬢がエリアスと触れても何もなかった、という報告が上がっている。令嬢は魔女であったか?」

「いいえ、神殿にも提出しております通り、魔力量は平均より少し下回る魔術の徒でございます」


 魔女に対し、そうでない者を魔術の徒と言う。それは生活する上で皆魔術を使うからだ。


「なるほど、ではこの場で測定のやり直しを要求しても構わないか?」

「勿論でございます」


 すぐに魔力の簡易測定が行われる。調べた結果はすぐに出て、ヒルデガルトはやはり魔女ではなく、魔力量もごく一般的、少なめの部類という結果だった。


「ふむ……」


 エリアスと触れ合っても何の影響もないのは魔女のみ。魔力量の多めの者が暫しの間耐えられることもある。しかしヒルデガルトは魔女ではなく魔力量も少なめ。となれば。


「報告が間違いだったか……」

「そのような報告があがっていたとは知りませんでした。ヒルデガルト、そんなことがあったのか?」

「それが、私、初めての社交と初めての王族の皆様とのご対面で緊張していて、正直あまりよく覚えておりません。体調の不良も緊張のせいで気付かなかったくらいです。もし不敬を働いておりましたのなら、大変申し訳ございません」

「公の場に連れてきはしましたが、何分まだ七歳と未熟な娘ですゆえ……教育をし直しますので、どうかご容赦願えませんでしょうか」


 ぺこぺこといかにも小心者のように頭を下げる侯爵と夫人、そして意気消沈している娘。よくある田舎貴族が中央でやらかしてしまっただけのように見えるが、エリアスはとても信じきれない。


 ――いやお前、明らかに余裕で笑っていただろう。


 廊下でウェルナー公爵と共に見張りのように立っていたエリアスは心の中で反発した。

 侯爵夫妻は本当に知らないのかもしれない。だが、ヒルデガルトは間違いなく嘘だ。あの笑顔と余裕ぶった礼が緊張のあまりに出てくるものだというなら、ある意味淑女教育は大成功だ。いっそどんな家庭教師をつけていたのか知りたい。

 侯爵家の、いや、ヒルデガルトの言い分をエリアスは到底信じられない。だから静かに行動に出た。

 密かに開けていた扉を音もなく押し広げ、国王夫妻の方にばかり気を取られている侯爵家の後ろへ足音を消して近寄り、そして何も言わずにヒルデガルトの両肩に手を乗せる。


「え」


 振り返るヒルデガルドの深い森のような緑の目と、見下ろすエリアスの青と緑が混ざる目が、しっかりとぶつかり合う。


「ヒルデガルト!」


 侯爵夫人の叫びにヒルデガルトはハッと我に返った。


「あ、あぁー、め、眩暈がー」


 棒読みのセリフを言いながら倒れようとしたが、エリアスがその肩を離さないまま告げる。


「王家への虚偽は許されない」

「……め、眩暈が、したような気がしたけれどそんなことはございませんでしたわ!」

「ヒルデガルト……ッ」


 侯爵夫妻は娘の心配はしていない。魔力量の差によって倒れてしまうかもという心配など、一切していない。ただ目の前の出来事から逃避するように、頭痛に耐えるように頭に手を当てるだけだ。


「何も、感じない……」


 エリアスが困惑の声をこぼす。まさかとは思っていた。けれど本当に、何も魔力が動く気配がない。魔女と触れ合う時とも違う、まったくの無風の感覚。

 間違いようのないその感覚をしっかりと確認してから、エリアスは手を離した。


「これは、どういった奇跡かな。ジレアウト侯爵」


 国王の侯爵を呼ぶ声が硬く冷たい。侯爵は観念したように項垂れ、そして小さいながらもはっきりとした声で言った。


「……ミュラー伯爵をお呼びください」

「ミュラー伯?」


 唐突に出てきた人物に国王は眉根を寄せる。国の魔力技術を担う魔術庁という機関の中枢にいるのがミュラー伯爵だが、ジレアウト侯爵とミュラー伯爵は特に縁戚関係でもない筈だ。


「ヒルデガルトの事情を説明するのなら、一番ふさわしいのはミュラー伯爵です。我々ではうまく説明できない部分があります」

「いいだろう」


 国王の目配せで従者が動き出す。従者が部屋から出たのをみて、ジレアウト侯爵は語りだす。


「先にこれだけはお伝えします。我々は間違いなく国王陛下に、国に忠誠を誓っております。裏切る事はありません。それでも、先程私は虚偽を申しました。ヒルデガルトは魔術の徒ではありません。ですが、勿論魔女でもございません。これはミュラー伯爵とヒルデガルトの師から、ヒルデガルトを守るためにもまだ公にしない方がいいと口止めされていたからで、決して王家を謀るつもりはありません」


 国王夫妻もエリアスも眉根を顰める。

 魔女ではない。魔術の徒でもない。そうなれば残るは一つだ。だが、それはあり得ない。ヒルデガルトはまだ七歳。残る一つになるにはまだ若すぎる。そんな前例はないしそんな話はあがってきていない。

 それでも、エリアスに何事もなく触ることが出来る少女ならば、もしや。


「……続けよ」


 国王は侯爵の言い分をひとまずは呑みこんで先を促す。

 ジレアウト侯爵は背筋を伸ばした。それに従うように、夫人も、そしてヒルデガルトも姿勢を正して真剣な表情を作る。さっきまでの小心な田舎者達は何処にもいなかった。


「改めてご挨拶申し上げます。私はカール・ノア・パシュケルト。ジレアウト侯爵位を賜っており、魔女ゲルトルートと相互保護の契約をしている魔術の徒です」

「ゲルトルートだと?!」

「まさか……!」


 国王と王妃が息を飲む。

 魔女は珍しい存在ではない。大半は社会に馴染んでいる。

 が、ごくまれに、様々なものから逸脱し独自の地位を確立する、国も無視できない魔女もいる。ゲルトルートはその一人。


「妻はクラウディア・ノル・パシュケルト。私と同じく魔女ゲルトルートと契約をしている魔術の徒。そして、娘はヒルデガルト・ノル・パシュケルト」


 魔女でもなく、魔術の徒でもない。それならば残るは一つ。


「魔女ゲルトルートを師に仰ぐ『魔術師』です」


 魔術師。

 それは魔術の徒から先へ進んだ者が名乗る称号。


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