国の決定と貴族達の選択
呪い。
それは魔女のみが扱える、対象者や対象物、場所に災いと不幸をもたらす術。
「呪いと呼ばれるものには二つある。基本的にかけられた側はわからない一般的な呪いと、かけられた者含めて周囲の多くの者に告知する『受難の呪い』。強力さで言えば受難の呪いの方が圧倒的だが、かける側にも大きな制約がかかる」
王宮にある会議室、そこで重鎮達へと説くのはゲルトルートだ。
「後から呪いを解くことは出来ないし、呪いを終えたり解いたりした場合には何らかの祝福を用意しなければならないし、告知内容に嘘があってはならない」
「それらを破ればどうなる?」
眉間に深い皺を刻み込んだ王が尋ねれば、ゲルトルートは王の目を見て答える。
「かけた呪いを自ら解こうとすればそれはそのまま自分へと跳ね返り、何らかの祝福を用意しなければ、魔女の所有物はすべて砂へと変わる。そして、告知した内容に嘘があれば、呪いが解けるまで魔法が使えなくなる」
重鎮達がささめく中、王はまた問いを重ねる。
「他者が呪いを解くことは可能か?」
「出来る、というか、受難の呪いはそもそも解き方が明示されているからな。今回ならば、まだ見ぬ真実の愛の相手を見つけ出して結ばれればいい。だが、それは呪いをかけた魔女の言う通りに動くという事だ」
王を含めた貴族達の空気が鋭くなる。それは侮辱というもので誇りを傷つけるものだ。
そう、今回の事でこの国は屈辱を味あわされたのだ。
警備も、自衛も、全力の抵抗も、すべてが踏み散らかされた。国の頂点に立つ者たちが。それだけでも噴飯ものだというのに、お恵みのような栄華をわざわざ用意してくださるという。自分達が決めて築こうとしている未来を無視して。
「運命の相手を見つけて結ばれれば呪いは解け、魔女が用意した祝福、今回で言えば、かつてない栄華、とやらだな。これが手に入る。だが果たしてそれは本当にこの国やエリアスが望む栄華かと問われれば私にもわからない。外魔女の祝福だ、間違いなく今まで以上に国が栄える栄華ではあるだろうが、それは他国を踏みつけた末の栄華かもしれないし、エリアスが生きている間だけの仮初かもしれない」
「そんなものは栄華ではない」
冷たく、だがはっきりと言い切ったのは王で、会議室にいる貴族達は誰もが王と同じ目で肯定した。
「魔女が示した解呪方法以外で解くことは可能ですか?」
宰相であるヨハン・オルフが尋ねれば、ゲルトルートは顔をしかめる。
「理屈の上では可能、としか言えないな。モルガナよりも強力な魔力で呪いそのものを砕く。もしくはモルガナを殺す。だが、呪いはかけた本人を殺せばより強力になる場合があるからこちらは勧めない」
「外魔女よりも強力な魔力……」
ヨハンは聞いた事をそのまま繰り返す。口に出せば頭の中に浮かぶのはただ一人。それは聞いていた他の者も同じだった。
一般的な魔女よりも膨大な魔力を持つエアリスその人。
だが、一般的な魔女とは別物と言えるのが外魔女だ。実際、国中の貴族を操ることが出来た程の相手。
それでも可能性を考えれば。
「魔女が示した解呪方法なんぞに従うことは無い」
王が語る。その内容は国としての決定事項。
「備えはいくらでもしよう。だがあくまで荒野の魔女モルガナがかけたこの受難の呪いは、唾棄すべきものとして国を挙げて解呪の方を探る事とする。特に魔術庁。ヒルデガルトを筆頭に、全力でもって問題に当たってもらうぞ」
王宮の一室で国の方針が決まる中、その中には入れなくとも大きな権力を持つ高位貴族達の家門や派閥では、同じような話し合いがされていた。
「冗談ではない、今更娘を死地へ送れと?」
とある侯爵家でもまた、高位貴族からなる上院議員の何名かが中心に集まり話をしていた。
「閣下、お言葉が過ぎます」
苛立ちを前面に出したその家の当主の言葉に、分家ゆえにこの集まりに参加していた子爵が苦言を呈すが、集まった者で気にしている者はいない。当主はフンと鼻を鳴らすと不遜にも続ける。
「事実であろう。ジレアウト侯爵令嬢でなければ誰が殿下に寄り添えるのだ。エインハイム公爵の令嬢か? 次代は望めないな、それとも我が娘かロイス伯爵家の令嬢か? なるほど、魔力量から考えても殿下と接触しても数分は持つかもしれないな。だが、そんな状態で殿下の精を腹に留めることが出来るのか?」
「閣下!」
「事実であろう! そして重要な事だ!」
あまりにも直接的な言葉に声をあげるも、それを上回る声で潰される。集まった面々は多少眉根を寄せる事はあっても、侯爵家当主の声に同意を示す。
「魔術庁の調査は進んでいる、殿下は相手がジレアウト侯爵令嬢か魔女でなければ子を持てまい。だが、殿下以上の魔力を持つお子など作ってはならぬ。荒野の魔女め、余計な事をしおって……!」
招かれた一人の伯爵が追従するように口を開けば、多くの者が首を縦に振る。その様子をもどかしそうに見ている子爵がぼそりと呟く。
「……真実の愛の相手ならば、違うのではないですか?」
小さな声は部屋中の者に鼻で笑われる。
「そんな相手が何処にいる。伯爵家以上の令嬢はすべて顔合わせ済みだ、だがいなかった。殿下に寄り添える相手などいなかった」
「子爵家と男爵家はまだ! それに平民も……!」
拳を机に叩きつける音が男の言葉を遮った。叩きつけたのは当主の侯爵で、先ほどまでの苛立ちを消し、ひどく冷たい目にして子爵をじっと見ていた。
「王室に、子爵家、男爵家、平民の血を入れるだと?」
「……ッも、申し訳ございません」
本来王族の結婚とは、他国の王族か自国内の尊い血を持つ家との結婚だ。ジレアウト侯爵家でもまだ家格が低いのでは、と考えられているのが現実だ。ヒルデガルトだからこそ許された婚約だ。それなのに、伯爵家どころかその下など、平民など、この王国の現状を維持するのに許せるはずもなかった。
「このままならば、エリアス殿下は誰とも婚姻せず一代限りの王で、王女殿下が次代の王を産む。もしくはエリアス殿下を退けて王女殿下を王にする。そのどちらかだ」
「……魔女の言う『栄華』はどうするのですか?」
冷静な当主の発言に、それでもなお縋るように子爵が言い募る。だが、それもやはり鼻で笑われる。
「そもそも、それは本当か?」
「それは……」
言われて、男は黙り込んでしまう。
受難の呪いという宣言はあったものの、では自分達すら操った外魔女の言う事を全面的に信じていいのか。魔女の言う栄華がどんなものなのかもわからないし、誰も何も保証していない。何より王族に呪いをかけ貴族を操り国の賢者が敵対した相手だ。そんな相手の何が信用できるというのか。
「外魔女のやる事ですよ? あれが本当に受難の呪いだったのかすら怪しいのでは? すべてただの嫌がらせという可能性だってあると思いますが」
笑い混じりに別の侯爵が言えば、他も喉を鳴らして「まったく」と同意する。
高位貴族のほとんどはそもそも信じていないのだ。いや、認めたくないのだ。あの受難の呪いを。
「それは、確かに……で、では……」
最早何も言えなくなる子爵に、当主は深く息を吐きだしながら答える。
「当家は今までと何も変わらず。少なくとも王女殿下が問題なく成長するまではそれしかあるまい。現状では王女殿下は幼過ぎるし、殿下は勿体無さ過ぎる。こうなると殿下とジレアウト侯爵令嬢の優秀さは希望だな。二人に呪いに打ち勝ってもらうのが一番手っ取り早く綺麗な収まり方だ。娘は予定通りの婚約を結ぶ。王家には渡せない」
奇しくも国の決定に沿う形となった方針に、集まった貴族達も頷きながら「当家も同じです」「ええ、我が家も」と返事をしていく。
国と高位貴族達の思惑はともかく、目指す先はほぼ同じ。
だがそれを目指せない、その意図を汲めない者達も出てくる。
「そもそも血が濃くなり過ぎたが故の魔力過多なのではなかろうか」
「おや、貴公もそう思われますか」
国政に直接的にも間接的にも関わる事が少なく内情も詳しくない、だが貴族としての誇りと野望だけはなみなみと持つ下位貴族達だ。
「侯爵家以上はなんだかんだで何処かで王室の血が混ざっていよう、殿下の魔力はそれが原因だと思いますね」
「うむ、私もだ」
王都にある高級宿、その食堂に集まっているのは子爵達と男爵達で、話すことはもっぱらエリアスの受難の呪いについてだ。
「……魔術庁の見解では、そのような関連性は見出せないと……」
自身の息子が魔術庁に属しているためにどうしても庇う思いが出る男爵が口を挟めば、歪んだ笑みを浮かべた子爵が切り返す。
「頂点のゲオルク翁は一体何歳だ。すでに耄碌されているのでは? なんせ十にも満たなかったジレアウト侯爵令嬢を魔術師と認めたほどだ」
「怖い怖い、どれほどの金が上では飛びかっているのやら」
国が誇る魔術庁を、その頂点を嘲る言葉に、先程の男爵は目つきを厳しくする。
「魔術庁を疑うと?」
硬い声に何人かは目を逸らし、何人かはのらりくらりと笑みを浮かべる。
「そんなまさか」
「ただ古い膿がな、少し……健全な組織の邪魔をしているのでは?」
「新しい風が必要なのでしょう、魔術庁にも、王室にも」
言葉を変えるだけで貶める事をやめようとしない貴族達は、賢しげに今後の事を語り始める。
「真実の愛は恐らく子爵家か男爵家だ。最悪平民かもしれんが、なぁに、誰ぞの庶子であろうよ」
そう、高位貴族達は既にエリアスと対面済みなのだ。それならば『まだ見ぬ』という条件に当てはまるのは子爵家か男爵家か平民。
「……実は我が家の娘は、魔女と見まごう程魔力が豊富でして」
「おや、それはもしや……」
「いやぁ、わかりませんが……ともあれ、ジレアウト侯爵令嬢には早々に退いてもらいたいものですなぁ」
「本当に、なんせ『不幸』ですから」
自分達の娘が、王妃になる可能性。
そんな夢物語の可能性を見出した下位貴族達は、エリアスの魔力過多の恐ろしさもよく知らないまま、娘を危険に合わせる可能性もわからないまま、欲望の箍が外れ始める。
「……無理に殿下の血を繋げようとしなくとも、王女殿下がしかるべき方と結ばれれば何も問題はありませんよ」
冷ややかな忠告と現実の声にも、欲を溢れさせ始めた者達には届かない。
「いやぁ、臣下として『栄華』を捨てるなどとてもとても……」
「ですなぁ」
「さて、娘には学園での行動をよく言って聞かせねば」
「まったくですなぁ、今後を考えればマナーの見直しなども、ね」
「高位貴族のマナーは違いますからな」
慇懃無礼に言い捨てて、ありもしない未来を夢見始める。
止められる者は、その場にはいなかった。




