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ヒルデガルトは魔女の呪いに打ち勝つか?  作者: 柳瀬あさと
5、魔女は王子と国の未来を祝福するのか?

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29/29

呪いの後の日常の前

「明日からお前は王子妃教育を受けてもらう事になった」


 無表情で告げる父親に対し、アデリナは一瞬目を見開いて、すぐに沈黙のまま目を伏せた。

 王城の一室を借りての久しぶりのエインハイム公爵家の親子対面の始まりは、愛や情の和やかなものが無いように見える、役人も同席した上での会合だった。


「王命が下ったという事でしょうか」

「そうだ」


 言いながらエインハイム公爵は深く息を吐きだす。

 アデリナとて、そうなるのだろうという予測はしていた。

 エリアスにかけられた呪い、その効力はほぼすべての貴族に見られただろう。隠し立ては出来ない。誤魔化しも出来ない。ならば、万が一の備えを公に出すのが国を動かす者の務めだ。


「真実の愛の相手は探さない、と考えてよろしいのでしょうか」

「当然だ」


 冷徹な声に、父もまた一連の騒動に怒りを抱えているのだとわかる。その事に少し安堵するも、頭の中には想い合っている友人二人の顔が浮かぶ。その二人を切り裂くような立場になれという命令。


「アデリナ」


 考え込みそうになった自分に気付いたのか、聞こえてきた父の声はさっきまでの声より柔らかい。その声に縋るように父を見れば、家の中でもよく見ていた父の苦笑が目に飛び込んできた。


「陛下は殿下の婚約は維持と決めたし、我々もそれを支持している。あくまで万が一の為で、万全を期していると知らしめる為の措置だ」


 それを聞いて自然と肩の力が抜けた。自分でも力んでいたことに気付いていなかった。

 何事もなく二人が結ばれるのだと思っていた。いや、今だって思っている。だが、そうではないと考える者も今後は出てきてしまうのだ。


「お前達はここまで頑張ってきた。近年まれに見るほどの優秀さと絆だ。どう転んでも次代はお前達以外はあり得ない」


 王子妃に、王太子妃になるのはヒルデガルトで万が一の場合でもアデリナ。それ以外を認めない、どちらになっても残った方はその侍女となる、という決定が国でなされたのだ。

 言いたい事はわかる。まだ至らない自分の頭で今後を考えたとしても同じ対策をしただろう。

 それでも。


「……国を挙げて殿下の呪いの解呪に取り組む。特にヒルデガルト嬢は魔術師としてもその中心として動くことになるだろう」


 父親の手がそっと肩に置かれる。その温もりと力強さでぐらつく心が落ち着いていく。そして名前が出された友人を思う。

 いつだって無茶苦茶で、けれど確実に事を進め為す天才。


「大丈夫だ。お前の友を信じなさい」

「はい……!」


 アデリナは背筋を伸ばしてから礼をとる。ヒルデガルトの不敵な笑顔を思い浮かべながら、自分は自分で真実の愛の相手やらを寄せ付けぬよう、友の場所を守るのだと誓う。


「王命、承りました」




 * * *




 シムソン伯爵家嫡男、アルドスの証言。

『正直、いつからこんな事になっていたのかはわかりません。僕は、ですが僕はずっとリリーといたのです。リリーと街を歩き、お茶をし、今日だって会場まで一緒で……そうです。僕の認識ではそうなんです。だけど、確かにそれをリリーに咎められていた記憶もあるのです。リリーと一緒に来たと思っているのに、ベナットと一緒にいるリリーを見て、ああやっと会えた、とも思っていたんです。訳が分かりません。僕は一体いつから……三か月前……? 宝飾店の店主が、証言してる……? でも、でも僕はずっとリリーに、リリーにプレゼントして喜んでもらっていたのに、そしたらリリーが不貞だと、泣いて、でも僕、僕は、そんなつもりは……ッ』




 フーバー伯爵家長女、リリーの証言。

『もうずっと、この数か月、アルドス様は私とは違う女性と懇意にしておりました。私や我が家に隠す事すらなく堂々と。ええ、何度も苦情は伝えました。けれどご本人は不思議そうな顔で「リリーを最優先しているのにどうしてリリーが怒るの?」と……頭がおかしくなってしまったのかと思いましてよ? 話が通じないんですもの。私が言っても私の親が言ってもシムソン伯爵夫妻が言っても変わらず、誤魔化している様子もないし、純粋に疑問に思っていらっしゃるようでした。アルドス様はおかしい。そう思っていたのに……今日、お兄様があの女と連れ立って行ってしまった時、アルドス様はいつだって私の傍にいてくれるのに、お兄様はなんて不実な真似を、と。わ、私が、アルドス様との仲に、泣いている時、慰めてくれたのは、いつもお兄様だったのに、何故か、強くそう思って……!』




 フーバー伯爵家嫡男、ベナットの証言。

『…………カロリーヌはどこですか。え? いえ、だから私のカロリーヌは……。何を言っているのです。私はカロリーヌと一緒に会場へ入りました。アルドスがずっとリリーを泣かせていたけれど、仲直りしたようだから、二人と離れてカロリーヌと入場したのです。……そうですよ? カロリーヌがやってほしいというから、私はすべて捧げるつもりでローブを着て殿下の元へと走ったのです。不敬? カロリーヌが頼んだのですよ? ならばその願いは叶えるべきでしょう。だってカロリーヌが、カロリーヌの為に、私は』




 ドライス子爵家次女、イングリットの証言。

『……もうし、申し訳、ございません……! 何という無礼を、私は……はい、エリアス殿下に憧れていた気持ちは、ございました……ですが、あんな、あんな不敬ではしたない近づき方など……! わからないのです、誰かが、い、言い訳になってしまいますが、誰かが、体を貸してほしい、と。何を言っているのかと思ったのですが、殿下に近づけると、言われ、わ、私は……! 銀髪の、笑顔が恐ろしく美しい方でした。いえ、顔は覚えていないのですが、そう思ったのです。体が勝手に動き出して、恐ろしくて、悍ましくて、助けを求めたくとも何も動かせず、それでも、これは駄目だと。声に出せなくとも心の中で必死に助けを求めて叫んでいたら、気が付いたら捕縛の術で捕まり……ほ、本当に、申し訳ございません……ッ』




 会場内で怪しい動きをした者、怪しい魔力痕跡があった者の事情聴取は警備と魔術庁が共同で行い、ヒルデガルトもそれに立ち会った。おそらくは強く魔女の影響下にあったであろう四人の証言も聞き終え、ヒルデガルトは場所を移して彼らの資料を読み込んでいた。るとゲルトルートが飲み物を差し出してきた。


「根を詰めすぎるな。先は長いぞ」

「ありがとうございます」


 カップを差し出してきたゲルトルートに苦笑しながら受け取る。カップの中身も見ずに一口含めば、口の中にほのかな甘さが広がった。ホットミルクだ。実家にいる時にはいつも寝る前に飲んでいた味に、ヒルデガルトは首を回して伸びをする。

 そこは魔術庁の中にあるヒルデガルトの一室。本来ならば魔力差を無いものとする魔術の開発の為に取り組める最高の場所。これからは、魔女の呪いについてを調べ場所となる。


「お師様、モルガナについてもう一度その人となりを教えてもらえますか?」

「いいとも」


 ゲルトルートは答えてヒルデガルトの隣に椅子を出して座り、自身も手に持っていたカップを一口煽る。


「……王達の前では堅苦しい言葉を使って説明したが、簡単に言えば恋愛馬鹿の夢見る馬鹿で自分大好き馬鹿だ」

「馬鹿が重複してますわ」

「馬鹿なんだよ、本当に。同じ外魔女でなければ関わりたくない部類の奴だ」


 ゲルトルートが頭痛をこらえるようにこめかみをぐりぐりと指で押す。その仕草で本音なのだろうとわかる。


「恋愛を素晴らしいものだと思ってるから、劇的な恋愛をしてる奴らがいたら手伝いもするし祝福もするが、無ければ劇的になる状況を作り出したりもする。自分自身が恋愛する時も『可哀想な外魔女』とか『素晴らしい魔女』とかその時によってわざとらしく演じてくる。得意とするのが精神に働きかける魔法というのが大きいとはいえ、面がいいから演技だけでも男どもはまぁ騙される騙される」

「でも、誰も顔を覚えていませんよね? お師様は覚えているのですか?」


 ヒルデガルトが言う内容は現在王宮が頭を悩ませている事の一つだった。誰もが魔女を見たのに誰も魔女を覚えていないのだ。ただ美しい魔女だったとその印象だけを覚えている。


「古い付き合いだからな。あいつ前に二、三カ国を敵に回した時に、面倒臭くなってそれ以降出会う人間は恋人以外は顔を覚えさせない魔法を使ってるんだよ」

「随分と犯罪に特化した魔法で」

「ついでに言えば、長い付き合いのある外魔女のところにわざわざ回って、自分の顔を褒め称える以外は他人に伝えられない呪いをかけてきた」

「え?! じゃあ今お師様は呪いをかけられた状態なんですか?!」


 驚いてゲルトルートの方へ身を乗り出すが、ゲルトルート自身は焦った様子も何もない。


「そうだな。別にモルガナの事を誰かに伝える事なんて無かったから放っておいたが……こんな事になるならちゃんと解呪しておけばよかったよ。あ、ちなみに呪いをかけてきたこと自体はムカついたからこっちも呪いをかけておいたぞ。あいつはジレアウト領には一切手が出せない。だから最悪国の主要機構をジレアウトに移せばこれ以上モルガナは怖くないんだが、まぁそうもいかんだろう」


 はぁ、と深い溜息が落とされる。随分と呪いが軽い。これが外魔女の感覚か。ヒルデガルトは姿勢を戻し、半眼で自分の師匠を見ながらホットミルクを飲んだ。


「恋愛の趣味も男の趣味もころころ変わるが、大体はその時の流行に乗っかる感じだな。さっき調べたが、今は身分差の恋物語が庶民の間で流行ってるらしい。とは言っても庶民の間での身分差だがな。大商会の息子と奴隷の少女とか、警備隊隊長の娘と浮浪児とか」

「では、呪いをかけた相手がエリアスだという事は、王宮で身分差の恋愛劇をしてみよと?」

「可能性はある。そもそもエリアスは釣り合う身分の娘には一通り会っているのだろう? それなら『まだ見ぬ』に当てはまるのは下位貴族か平民。そう考えられるし、もう下位貴族の奴らはそう思い込んでいる」


 下位貴族。その言葉にヒルデガルトは動きを止める。学園に行った際にはその層とも交流を持とうと思っていたのに、今の状況では恐らく望むような交流は出来ないだろう。それどころか、もしかしたら……。


「……お師様が動けるようになったとして、モルガナを捕まえる事は可能ですか?」


 ヒルデガルトの問いに、ゲルトルートはもう一度溜息をつく。


「ものすごく面倒くさいし結構な犠牲も払う事になるだろうが、可能だな。縛りなしで動けるようになれば、だが」

「まずお師様が自由に動ける状況にならない、と」

「まぁそうだろうな」


 ゲルトルートは今、モルガナを探し捕縛するなどの実力行使に動けない。

 それは単純に、賢者としての国との契約内容の問題だ。

 そもそも賢者とはあくまで知恵を貸す者だ。何もかもを賢者にやらせるのでは国として成り立たないし、契約内容でもゲルトルートが国の為に魔法を振るうのには条件が幾つもある。

 王族の命の危機、国の壊滅の危機、魔法以外では解決されないと証明された問題。基本的にゲルトルートが魔法を使って国に介入できるのはこの条件の時だけだ。あの夜会で魔法を使ったのは、王族の命の危機と考えられたから。

 では、今はどうなのか。

 エリアスは呪いにより難がついたが、命の危機ではない。呪いの通りになるとしても、エリアスが独身を貫けば栄華も不幸もやってこないのだから、国の壊滅の危機でもない。そして呪いは魔法でなくとも解くことは可能。

 となれば、ゲルトルートに魔法で事を解決させる、というのは契約に反してしまうのだ。

 なので、今王宮では契約内容の見直し、もしくは解釈拡大が議題に上っているが、下位貴族達からなる下院議会が猛烈な反発をしているという。

 国が割れてきている。

 ヒルデガルトは奥歯を噛みしめる。


「やはり、我々の手で解決しなければならないという事ですよね」

「そうだな。王も魔術師と魔術の徒が魔女に打ち勝つことを求めている」


 魔術師として、あの場でもっと何か出来たのではないかと、何日か経った今でも考える。

 最後の最後に繰り出した守護の魔術は何だ。あんな弱い、何の守護にもならなかった魔術。もっと強力で頑丈なものを事前にエリアスに付けておけばよかった。会場だって、あんな魔女が入り込めない魔術を展開しておけばよかった。

 隣にいたのに、守れなかった。


「必ず打ち勝ちますわ」


 声は低く重い。その目はギラリと強い光を放っている。

 願望も覚悟も踏みにじられて、大切な人を呪いにかけられたヒルデガルトは、かつてないほど怒っていた。

 婚約者としても魔術師としても誇りをズタズタにされた。その侮辱をすべて怒りという原動力に変え、魔女と呪いの研究へと踏み出す。


「魔女モルガナ、あの女だけは、何としてでも」




 * * *




 エリアスとヒルデガルトの婚約は継続。予定通り学園へ入学。アデリナが王子妃教育を受けるという事が公表された以外、特に実際の立ち位置や予定は何も変わらなかった。それがはっきりとしたのが数日前。

 夜会から何日も経ち、様々な事後処理が一通りは片付き、勿論呪いについての対応など新たな事も始まったが、それでも日常が戻って来る筈だった。


「おはよう、どうした」


 最近与えられた王子の執務室へ赴いたシュテファンはそこでエリアスと対面し、即座に、ああまだ駄目だ、と判断した。何故なら、エリアスが気の抜けた無表情ではなく、冷たさを醸し出す無表情を張り付けていたからだ。


「……寝られていますか?」


 今日までのエリアスは色々と忙しかった。身体の検査、呪いの検査、王子としての仕事に夜会での事後処理。その間、ヒルデガルトとの対面がほとんど叶わず、昨日ようやく話が出来たと思えば、ヒルデガルトはヒルデガルトでエリアスとの対面を喜びも悲壮さも一切醸し出さず、ひたすら呪いの研究に燃えていたという。いや、それは別に問題解決に動き出してくれているからいい事なのだが、もう少し、こう、婚約者として……と思ってしまいました、と申し訳なさそうにシュテファンに告げてきたのはその場に付き添った侍女と警備だ。

 まぁヒルデガルトだから。そう思うシュテファンだが、今となってはその変わらない強さが頼もしい。

 問題はエリアスの方だ。


「勿論。やる事が決まったからな」


 ぱっと見はいつもと変わらない。言動も今までと同じ。

 だが、表情が。

 いつもの無表情だと言われてしまえばそれまでだが、質が違う。エリアスは必要性を感じないからあまり表情を作らないのであって、感情が動けばちゃんと顔に出るし、外交の場に出れば笑顔の仮面をかぶることだって出来る。

 それなのに。


「やる事?」

「魔女を見つけ出して殺す。それだけだ」


 無表情のまま、煮えたぎるような憎悪すらなく、ただやるべき事として発言するエリアスに、その場にいた誰もがひくりと頬を引きつらせた。

 今、エリアスは日常にいない。自身が非常時であると考え、仕事をしている状態と考え、だから一切の表情を殺している。


「……か、解呪は」

「必要ない。殺せば呪いは解ける」

「……いや、あの、殺すことで強化される呪いも」

「殺してから解呪する。私とヒルデガルトで取り掛かればどうとでもなろう」


 それは確かにそうかもしれない。そう思わせるだけの実績も実力も二人は有している。だが、絶対に出来るとは言えない。言える筈がない。それなのに、最早エリアスの心は定まっている。

 エリアスもまた、激しく怒っていたのだ。この馬鹿げた不条理を。


「…………で、殿下……」

「必ず殺す、塵も残さん、一刻も早くヒルデガルトを取り戻す」


 ああ、確かに、確かにここのところ溺愛が進んできているとは思っていたけれど……!

 輝かしい未来に進んでいくはずだった。その全てに待ったをかけられ、手にしていた温もりを取り上げられた人間が、今、全力でもってすべてを取り返そうと動き出している。


「…………ッ御意……!」


 ずっとそばにいた人間として、その激しい怒りも冷徹な決定も理解できてしまうからこそ、改めて支えねばと覚悟を決めて返事をした。





 エリアス、ヒルデガルト、アデリナ、シュテファンはこの二週間後、王立学園へと入学を果たす。


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