婚約者など、いらないわ
会場警備の魔術を提供している魔術庁長官のミュラーへと、警備兵から連絡が入ったのは招待客がすべて入った時だった。
「人数がおかしい?」
「はい、受付の書類上の管理と魔術上の管理で差異が出ました」
報告を受けたミュラーはすぐにその魔術を開発したゲオルクを呼ぶよう近くの者に伝え、報告を詳細に聞く事にした。
「今回展開している魔術はあくまで登録されている魔力と一致するかで貴族の本人確認をするものですよね? 招待された貴族が間違いなく来ているかの。そちらは問題なく全貴族が一致し本人確認がされ、招待客が揃っている事がわかりました。しかし、招待状を確認しての書類上の確認では一人多い、と言いますか、同じ人物が二回入場しています」
事実のみを話す警備兵の隣で、まさに受付を行っていた者がコクコクと頷く。
「何だそれは。受付の失態か?」
ミュラーが眉根を寄せれば、受付の人間が顔を青くして口を開く。
「複数人で二重確認を行っているので単なる失態とは考えられません。それに……同じ人物が二回入場しているとお伝えしましたが、一人は確かに本人として入られたのを記憶しているのです。クライン伯爵家御令嬢のカトリーヌ様。間違いなくクライン伯爵ご本人とご夫人と共に入場されました。ですが、カトリーヌ様として入場されたもう一人は、誰も……顔どころか誰と一緒にいつ入場したのかも、誰も何も覚えていないのです」
「それは……」
受付の人間の必死の訴えにミュラーはじわりと嫌な汗がにじむ。
「報告は既に上に行っていますが、念のため、本人確認の魔術に誤作動の可能性はあったのかと確認に参った次第です」
誤作動の可能性は低い。今回展開した魔術は登録内容と入場者の魔力を一致確認するだけの比較的単純な魔術だ。この魔術が誤作動を起こしたところで受付の人間の精神に何かしらの働きかけをする事などあり得ない。となると、この今の状況は……。
「魔女が紛れ込んだな」
「ゲルトルート様」
ミュラーの後ろから声をかけたのは、ワイングラスを片手に渋面となっているゲルトルートだ。
「厄介な。やはり悪意を持つ者は弾く魔術、あれの開発を早めた方がいいだろうな」
「はい。ですが今は……」
「何かを企んでいるのなら侵入したこと自体を隠匿するだろう。だがそれをしないという事は、恐らく人の世に無頓着な外魔女だ。となると、良くも悪くも何をするかわからん」
過去には能天気に祝い事があればどこでも赴いて魔法で勝手に祝ったり勝手に祝福を与えたりした外魔女もいた。それならばいいが、面白半分で祝い事を潰そうと暴れた外魔女もいたのだ。
「わかっていると思うが警戒するように警備全体に伝えろ。それと受付の人間は一緒に来い、直接王にも報告へ行くぞ」
それそれの返事を受けながらゲルトルートは受付の人間を伴って王の元へと向かう。その姿を見ながらミュラーはひとりごちる。
「何事も無ければいいが……」
その後、ゲオルクと合流したミュラーは、警備の補助し強める魔術を配布するよう動き出した。
* * *
目的は単純だ。出会いを求めてこの夜会に来たのだ。
何故なら恋人だった男が死んで、散々引き籠って泣いて、そうして泣く事にも飽きたので、ではそろそろ新しい恋をしようかと家を出た。
たまたま王子の生誕を祝う会があると聞いて、更にはそこに王子と同年代の子供達も集まると聞いて、それならば老いも若きも集うだろうと参加を決めたのだ。
前の恋人は中々に渋い良い男だったから、今度は若く溌溂とした男なんていいかもしれない。そんな事を考えてドレスやら何やらを準備していれば、たまたま店で出会った貴族の息子がちょっと好みだった。そして買い物の趣味が抜群に良かった。
なので、恋人にした。
仲の良い婚約者がいたようだったので、その女への想いをそのまま自分へとずらせば簡単に出来上がりだ。本来の婚約者が傷つき怒っていたのも愉快だった。最高に愉快だった。やっぱり恋愛はこうでなくちゃ。他を捨ててでも私だけを愛する男。ああ、素晴らしい。楽しい。この私の恋愛なんだもの、こうでなくちゃ。
もう別に夜会には出なくてもいいかな、と思いながら恋人と色々と話をしていれば、どうやらこの国の今の王子はやたらと出来がいいらしい、という事が分かった。
王子様。うん、ときめく。
白馬に乗って私を迎えに来て、そして剣でもって私を敵から守るの。あら、素敵。いいわ、物語の主人公みたい。やってみたい。なってみたい。よし、なろう。
王子様との出会いと言えば夜会だろう。となればやっぱり夜会へは参加だ。
もしも王子の顔が好みじゃなかったらガッカリだけど、もうこの恋人がいるし別に構わない。
「おやおや、シムソン伯爵家の御子息殿、お元気そうで何より」
うきうきで夜会会場へ入ろうとしたら、恋人に声をかけてきた人間がいた。見た目だけなら恋人よりカッコいいかもしれない。いや、カッコいいな。
なので、こっちを恋人にした。
だってやっぱり顔の良さって大事じゃない? 大事なのよ。特に夜会みたいな場所では私のような美女にはやっぱり美男に傍にいてほしいというか。
大切な人への想いを私への想いにずらしたから、始めは妹のような関係からスタートになるかと思っていた。だって妹と一緒に来てたから妹が一番大事なのかと。そしたらこっちも仲の良い婚約者がいたようだった。ついてる私。いきなり溺愛の恋人だ。最高。恋愛最高。カッコイイ男が私に愛を語るの。これよこれ。気持ちが良すぎる。
「……エリアス殿下はもう既に学園で学ぶべき事は修めたとか」
「ジレアウトの娘をはじめとした周囲も同様だと聞いたぞ」
「中々にいい未来が見えそうだ。かつてはどうなる事かと……」
「王女殿下も健やかなようですしな」
不意に聞こえてきた噂話に、そう言えば王子様を見に来たんだったと思いだす。恋人が最高過ぎて忘れかけていた。
「エリアスっていうのね、優秀な王子様は。見た目もいいって言うし、後は剣とか魔術とかが上手で強かったら最高なんだけどぉ」
噂話をしている方を見ながら言えば、恋人が目の奥に嫉妬の火を燃やす。そういうの好きよ、ぞくぞくしちゃう、もっと頂戴。
「……カトリーヌ、学園に入っても私以外の男は見ないでほしい」
「あらぁ。可愛いわね、ベナットは」
隠さない独占欲に口の端があがる。王子様が最高だったとしてもこの子は二人目の恋人として取っておいてもいいかもしれない。
くすくすと笑いながら恋人と戯れていれば、王族が入ると召使が声を張り上げ、そして目的の王子様がやってくる。
「……まぁ、まぁまぁまぁ……ッ!」
理想のお人形がそこにいた。
鍛え上げられたであろう体はそれでも無骨とは違い、王族の正装を難なく着こなしている。金の髪はそれそのものが冠のようにきらめいて見え、そして何より目がいい。魅力的な青と緑の遊色の目は長いまつ毛に縁どられ、下手な宝石や装飾品よりよっぽど美しい。鼻も口も完璧と言ってもいいほどの形と大きさで、適切な場所に配置されている。
「素敵……! ああ、素敵、素敵ね、カッコいいわぁ……!」
うっとりと見つめながら言えば、恋人が私の腰に回した手に力を込めた。さっきまではこの嫉妬を可愛らしいと思えたのに、今は何だか邪魔だった。
「……ジレアウト侯爵の御令嬢との仲は良好と聞く」
恋人が王子様を鋭く見ながら言うので、私はきょとんと眼を丸くしてしまう。そう言えばさっきも『ジレアウト』という名を聞いた。誰だろう、それは。
「ジレアウトって?」
疑問をそのまま口にすれば、恋人は少し変に歪んだ笑顔で私を見た。
「殿下の婚約者だ。七歳から結ばれたもので、殿下は最近必ずと言っていいほど隣に彼女を置くと聞く」
それを聞いて、慌てて王子様をもう一度見る。
いる。
確かに王子様の横に何だか暗い茶髪のすました感じのいけ好かない女が偉そうにぶりっ子状態で突っ立っている。何あれ。邪魔じゃない? 邪魔なんだけど。
え、邪魔なんだけど。完璧な王子様の横に不細工な女とかいらないんだけど。綺麗な王子様の横は私のような究極の美女以外相応しくないんだけど。
婚約者? 仲が良好? 隣に置く? 何それ何それ何それ。
いらない。
「……ジレアウトの娘の、名前は?」
我ながら可愛らしい声が恐ろしいまでに冷ややかに響いた。その響きに恋人は驚き、動揺しながらも答えをくれた。
「た、確か、ヒルデガルト・ノル・パシュケルト、だった筈だが……」
それがどうかしたのか? と聞いてくる恋人の事はもう無視した。だって理想の王子様を見つけたのに、その王子様に虫がついているなんて許せない。
「……そう、ヒルデガルト・ノル・パシュケルト……へぇ……」
名前を覚える。私の王子様にまとわりつく、害虫の名前を。
排除しなければ。駆除しなければ。
そうして私と王子様が出会うの。そうね、学園とやらに入ってもいいわ。そこで運命的な出会いを果たした私達は、周囲がうらやむような情熱的な恋に落ちるの。ああ、最高。そうよ、それしかないわ。
だから、ね?
「婚約者など、いらないわ」




