魔女の暗躍
王宮で催される夜会は基本的に成人した貴族だけが出るが、幾つか例外として子供も招かれる夜会もある。
今日の夜会の目的は二つ。王子エリアスの生誕を祝う事と、学園へ入る事を伝える事。
この、入学告知を目的とした夜会が、子供も招かれる例外的な夜会だ。王族の子供の学園入りを伝える会では、その王族の子と同じく学園へ入学する子供、既に通っている子供が特別に招かれるのだ。
「それで今日は王子様にお会いできるのよねぇ」
「そうだよリリー、学園でもよろしく、という面通しだね」
シムソン伯爵家の嫡男アルドスは馬車を下りながら言って振り返り、一緒に来たリリーと呼ばれる女性が下りるために手を差し出す。アルドスと共に来た銀髪の可愛らしい女性は、微笑みながらその手を取って馬車を降りた。
「アルドスは王子様に会った事があるの?」
「子供の時に一度だけね。後は遠くから見かけるだけさ」
二人は会場の入口へと向かいながらエリアスのことを話す。いや、リリーと呼ばれた女性がエリアスの事を尋ねてはアルドスが答えていく、という流れだ。もっとも、同じように会場へと向かう貴族達の多くもエリアスのことを話している。リリーと呼ばれた女性はそんな周囲の会話にも耳をそばだてている。
「どんな子だったか覚えている?」
「子供ながらに風格があったね。父上達は優秀な王子だと言っていたし、うちの国はきっと今後も安泰だよ」
「へぇ、優秀……見た目は? 王に似てるのかしら、それとも王妃?」
「うーん、近くで見たのは子供の頃だからね。でもやたらと顔が整っていた覚えがあるから、王妃様に似てるんじゃないかな」
「まぁ素敵! 優秀で美しいなんて、理想の王子様ね!」
パッと弾けたような笑顔になる女性に、アルドスは少しだけ眉根を寄せる。けれどすぐに、雲の上の人物が自分の恋人とどうこうなる筈もない、と自分を落ち着かせた。
「おやおや、シムソン伯爵家の御子息殿、お元気そうで何より」
突き刺すような声が飛んできて、アルドスたちは足を止める。声の方を向けばそこには一組の男女が立っていた。明るい茶髪で似たような鋭い雰囲気の二人は、フーバー伯爵家の兄妹だ。
「やぁベナット、久しぶりだな」
「あらぁ、これはまたカッコいい人ねぇ」
呑気な女性の声に、その場の空気がさらに重く冷たくなる。その事にアルドスは困惑した。交流も密にあり仲の良いフーバー伯爵家が何故こんなにも刺々しい空気を纏っているのかわからないながらも、アルドスは笑顔で二人に挨拶をして握手をしようと手を伸ばす。
その伸ばされた手に、フーバー伯爵家の二人は目を丸くし、そしてすぐに兄であるベナットは不快さを隠さずアルドスを睨み、妹は扇子を広げて顔を隠した。
「……ここまで侮辱されるとは思わなかった。君の言動をそのままシムソン家の総意と捉えて父に報告するとしよう」
「な、何を言っているんだ? 侮辱なんてそんな……!」
アルドスは訳が分からない。ただ久しぶりに会った相手に声をかけられたから返事をして握手をしようとしただけなのだ。侮辱も何もない、むしろ好意を持って交流をしようとしたのに、何故。
「ほう、侮辱ではない、と?」
「当然だ! 君は何を勘違いしているんだ?」
「勘違い。なるほど、勘違いか。そうか、我が家が勘違いしていたのかな、君と我が妹のリリーが婚約していると」
ベナットはその刺すような眼差しを、見苦しいまでにアルドスと寄り添っている銀髪の女へと向ける。リリーもまた扇子を少しずらし二人を冷たく見る。そんな視線を受け止めた銀髪の女はつまらなそうに目を細め、そしてアルドスは困惑を高める。
「本当に何を言っているんだ、僕とリリーは間違いなく婚約しているだろう?」
アルドスは訳が分からない。リリーは婚約者で最愛の恋人で、だからこそ今日だってここまでエスコートしてきたというのに。
「……うーん、ベナット、だったかしら?」
怒りを隠さないフーバー伯爵家の兄妹に、やはり呑気な声をかけてきたのは銀髪の女。
「妹をエスコートしているという事は貴方は婚約者や恋人はいないのかしら? だったら貴方カッコいいし、貴方でもいいわ」
「? 何を言って……」
銀髪の女は寄り添っていたアルドスからするりと手を離してベナットの前へと出る。身長差もあり、下から覗き込むようにしてベナットの顔を、目を見つめる。その奥の奥まで、どろりとしたものを流し込むように、見つめる。
「あらやだぁ、本当にカッコいいわ、アルドスよりいいんじゃない? うん、決めたわ。貴方にしましょう」
銀髪の女が無遠慮にベナットの腕に触れる。反射的に身を強張らせたベナットが非難しようと女をさらに強く睨み。
「何をッ……何を、言ってるんだ、カロリーヌ」
睨み、そしてすぐに顔をほころばせた。恋人の悪戯に苦笑するように。
「お兄様?!」
その豹変に驚いたリリーは兄を呼ぶが、ベナットは「どうした?」と不思議そうに首を傾げるだけだ。
「ふぅん、カロリーヌ……婚約者か恋人がいたのね。まぁいいわ。よろしくねぇ、ベナット」
「よろしくだなんて、何をそんな他人行儀な事を」
フッとおかしそうに笑うベナットに、銀髪の女も楽しそうに笑う。
微笑みあう男女は傍から見れば恋人同士のようだ。だが違う。この場では誰よりもリリーがその事を知っている。ベナットの婚約者であり自身も交流があるカトリーヌは、決してこの女ではない事を知っている。
「お兄様、何故……何故その女を、カロリーヌ様と……?!」
混乱しているリリーに、やはり混乱している様子のアルドスがそっと隣に立ち耳打ちする。
「リリー、どういう事だ? ベナットは何故婚約者のカロリーヌ嬢ではなくあの女性をエスコートしている?」
「?!」
さっきまで蕩けるような笑顔で銀髪の女をエスコートしていたアルドスが、まるで今初めて女を見たかのように困惑し、嫉妬も怒りもなく、ただ貴族子女として不貞を働いているベナットに不快気に眉根を寄せ始める。
何が起きている。リリーの背に冷たいものが走る。アルドスはさっきまで間違いなくこの女を一緒だったのに。ベナットはさっきまで間違いなくこの女を疎んでいたのに。それなのに。何が起きているのかわからない。わからないけれど、これは駄目だ。絶対に駄目だ。恐らく何か手に負えない何かが起こっている。
「……お、お父様と、お母様に……!」
報告をしなければ、と、続けようとして、けれど躊躇ってしまう。
兄が不貞を働いています、というのは簡単だが、義姉となる予定のカロリーヌが傷ついてしまうのでは、と思って。
どうしてこんな事になったのだろう。兄はあんなにもカロリーヌと仲が良かったのに。一体いつからこの女との仲を深めていたのだろうか。ああ、私がもっと早く気付いていれば。
「リリー、無事にアルドスとも会えたのだからここまででいいだろう? 私達は先に会場へ行くよ。じゃあ行こうかカロリーヌ」
「ええ。ねぇベナットは王子様に会った事はある?」
「一応あるね。今日も挨拶位ならできるんじゃないか?」
「楽しみだわぁ。私、絶対絶対王子様に会いたいの」
銀髪の女をエスコートしながらベナットは会場へと向かっていった。呆然とするリリーとアルドスを置いて。
「……ベナットはどうしてしまったんだ。不貞をするような奴ではなかっただろう」
アルドスがリリーを気遣うように肩を抱くと、リリーもまたそれに縋るようにアルドスに身を寄せた。
「わかりません。こんな、人が変わってしまったような……」
いつもの兄を思いながらそう呟いて、そこでリリーはふと既視感に襲われる。
『何であんな、人が変わってしまったような……!』
同じような事をベナットに言った気がする。最近、誰か大切な人がおかしくなってしまって、その事をベナットと語り合って今日を迎えたような……。
「リリー?」
心配そうな顔が目に入り、リリーは首を振った。だって気のせいだ。リリーの周りで様子がおかしくなった人なんて一人もいなかったのだから。
兄を、友人を心配しながらも、二人は意識を切り替えて会場へと入っていく。
今日は王子エリアスの十四歳の生誕祝賀会。そして学園入学の告知と子供達が顔を合わせる場。大人達が見守る中、貴族子女として相応しい行動を示さなければならないのだから。
……何処かで女の笑い声が響いているような気がした。




