ヒルデガルトとその家族
生きとし生けるものは皆魔力を持っている。そして人間は魔術を用いて魔力を操作する。それがこの世界の常識。
魔力の量によって使える魔術の強弱が変わるが、実際のところ魔力量にそこまでの差異は発生しない。ただ、ごくまれにやたら少ない子供が生まれる事もある。そういう子供が生まれた時は周りも少し緊張する。何故なら、極端に魔力の量に差があると、触れ合う時に魔力量の少ない方が体調不良になったり、ひどい時は死に至ったりするのだ。
では、魔力量が少ない子供―魔弱児と呼ばれる―は孤独に生きるしかないのかといえば、そうではない。
この世には魔術を用いなくとも魔力を操作できる者がいる。それは決まって女性で、必ずと言っていいほど魔力量が平均より多く、それなのにどんな魔力量の人とでも触れ合うことが出来た。
魔術ではなく魔法を操る彼女らを、人は『魔女』と呼ぶ。
魔弱児は百人に一人いるかいないかという確率だが、魔女は十人に一人といった率で生まれる。よって、魔弱児は総じて魔女が運営する施設に引き取られ、魔女達や同じような魔弱児達と生活し、やがて社会に溶け込めるように訓練する仕組みが出来上がっている。つまり、多少の不便はあっても、魔力量の少なさで人生が行き詰るようなことにはならないのだ。
魔力量の差も魔女であることも、利き手がどちらかという程度の、ただの特徴の一つに過ぎない。
「ただの特徴の一つ、そう言い切れない状況にしてしまったのが、エリアス殿下というわけね。お可哀そうに」
「ヒルデガルト、そろそろその軽すぎる口を閉じなさい」
「はぁい」
「あらあら、返事まで軽くなっているようね」
「失礼しました、お母様」
「よろしい」
ヒルデガルトはつまらなそうに口をとがらせる。
ジレアウト侯爵家の三人を乗せた馬車は、王宮へと向かっている。今日はエリアス王子の七歳の誕生祝の集いがあるのだ。
「私はただこれから行く場所についての復習をしていただけなのに……」
「わざわざ口に出すことではないという事よ」
「あとお前の口ぶりは慇懃無礼というのだよ」
「そんな! こんなにも王家への忠誠と敬愛に満ち満ちておりますのに」
大げさに言ったら母親は無言で微笑んだままじっと見てくる。何やら圧を感じるのは気のせいだろうか。ちなみに父親はため息をつきながら「それだ、それ」と呻く。
「……頭の中で復習することにしますわ」
圧に耐えられずそう言えば、母親は満足げに頷いて「よろしい」と返し、父親は疲れ切った顔で「そうしてくれ」返した。
かつて、魔力量に関して大きな問題が発生した事がある。エリアスが生まれた時だ。そして正確に言えば、今も問題は横たわったまま解決されていない。
エリアスの母、王妃は公爵家出身の魔女である。魔女の子は何故か必ず父親よりも多い魔力量を持って生まれる。なので、エリアスもまた父親である王よりも多い魔力量で生まれると思われていた。
確かにエリアスの魔力量は多かった。多すぎた。
魔女である王妃をも容易く上回る魔力量を持って生まれたエリアスは、まずは取り上げた産婆の命を危険へと追いやった。すぐに王妃が気づいて事なきを得たが、大問題であった。
魔力量が多すぎる子など聞いたことがない。
育てるのは魔女を集めればいいだろう。だが、その後は? エリアスは王子で、血統を繋げなければならない。しかし、エリアスの魔力量では魔女としか触れ合えない。ところが、魔女と子を成せばその子供はエリアス以上の魔力量を持って生まれてしまう。
「お母様、私は今日どう振舞えばいいの?」
揺れる馬車の中でヒルデガルトが尋ねると、母親と、そして父親がどこか遠い目をしながら微笑んだ。
「何も、問題を、起こさないで」
先ほどとは比べ物にならない圧を感じた。逆の信頼感がすごい。
「猫を十匹被りなさい。それでようやく他の御令嬢達と同じよ」
「さすがにそこまででは……」
「生まれた時からお前を見ている私達が言っているのだ。信じなさい。何なら喉を傷めて喋れないという事にしてもいい」
「祝宴に参加する意味は」
「出席することに意義があるのよ」
「別に参加はしなくてもよろしい」
「もういっそ到着した途端倒れた方がいいのかしら」
「あら、それいいわね」
「噓でしょ、お母様」
益体もない会話を続けているうちに王宮が見えてきた。ヒルデガルトにとっては初めての王宮。少し心を躍らせながら窓の外を見ていると、母親が細く息を吐きだしてぽつりと落とした。
「本当に、参加しなくていいのよ」
申し訳なさを滲ませた母親の言葉に、父親もヒルデガルトも反応しない。
今日はエリアスの七歳の祝宴。ヒルデガルトのような子供が招かれたのは、エリアスの婚約者や側近を決めるためだ。
本来ならばそんなものは親達が勝手に決める。だが、エリアスに限ってそれは出来なかった。婚約者も側近も少しでも魔力量が多い者にしなければならない。魔力差による不調は当人同士の魔力資質以外にも体力や精神力によるところもあるので、直に接しているところを見て見極めなければならない。情報だけで大丈夫だろうと決めた結果、やはり駄目で重体になったり、最悪命を落としてしまったり、などという事態を作ってはならないのだ。
「お可哀そうに……」
ヒルデガルトはもう一度言う。心からの憐れみを込めて。
エリアスに弟や妹が生まれればよかったのだが、残念ながら未だに唯一の王子。しかも、エリアスはとても優秀に育ってしまっている。さらに、継承権を持つ王弟のウェルナー公爵家もまた子供は一人しかおらず、その嫡男は精霊の愛し子――少し呆けている子、とのことだ。
その体質を考えれば継承権を返上させたいだろうに、状況がそれを許さない。それならば周りを整えていくしかない。
エリアスの実情をよく知らず、かつ魔力量に自信のある子供を抱えた家は、もしかしたら今日この日を楽しみにしているのかもしれない。我が子こそ王家と関わるのだと、意気揚々としているのかもしれない。
だが、そうではない家は、自分の子供を名誉と引き換えに死ぬ可能性があがる場所へ送らなければならないかもしれないとわかっている家は。
ジレアウト侯爵家はエリアスの魔力量の異常さをよく把握していた。魔女よりも多い魔力量などありえない。魔女ですら常人の五割増し程度なのに、恐らくは常人の二倍以上。魔力量が多少多い程度ではとても追いつかない。その事をよくわかっている上に、ヒルデガルトの魔力量はごく一般的、平均よりも多少下回る位だ。
普通に考えれば、ヒルデガルトが婚約者や側近に選ばれることなどない。
今日の祝宴に乗り気ではないジレアウト侯爵家は、つい、ヒルデガルトが参加しなくてもいいと思ってしまう。
ところが、ヒルデガルト本人はそうではなかった。
「お可哀そうだから、私、エリアス殿下を驚かせて差し上げたいわ」
楽しそうに微笑みながら言うヒルデガルトに、父親はため息をつきながら片手で顔を覆い、母親は微笑みながらヒルデガルトの小さな手を取りキュッと抓り上げた。




