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ヒルデガルトは魔女の呪いに打ち勝つか?  作者: 柳瀬あさと
1、プロローグ

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1/12

プロローグ

 その夜、ヴァルベルツ王国の王子、エリアス・ヴァルベルツ・クロイセルは賭けに出た。自身の生涯をかけながらも、勝利を信じてやまない賭けに。


 舞台は王子の誕生日の祝賀会。王城の大広間には国中の貴族が集まり、挨拶として立ったエリアスに視線を送った。

 蜂蜜のような艶やかな金髪と、深い青と緑の遊色のような神秘的な目、これら王族がよく持つ色を有したエリアスは、無表情ながらも彫像のように整った顔を持ち、さらには王族の正装に相応しい立派な体格をしていた。

 ただ立っているだけで芸術になる。国の賢者にそう言われた事もあるエリアスは、今、堂々とした態度で、しかし挨拶とは違う言葉を口にした。


「ヒルデガルト・ノル・パシュケルト、前へ」

「はい」


 呼ばれた令嬢は涼やかな声で返事をすると、楚々としてエリアスの前へと出てきた。

 侯爵家令嬢である彼女を知らぬ者はいない。何故なら、ヒルデガルトは幼少の頃より定められていたエリアスの婚約者だからだ。

 柔らかな灰茶色の髪は流行りの緩やかなまとめ髪で仕上げられ、深い緑の貴石を埋め込んだような瞳を際立たせる化粧は、可愛らしい顔立ちを大人びたものにしている。線は細いのに力強い印象を与えるのは、その顔に乗せられた表情が自信に満ちた美しい笑みだからだろう。

 婚約者が前に出ても表情を変えないエリアスに、見ている貴族達は何か大事なことが始まる予感を覚える。


「この場を借りて宣言しよう。私、エリアス・ヴァルベルツ・クロイセルはジレアウト侯爵家令嬢、ヒルデガルト・ノル・パシュケルトとの婚約を解消する」


 ざわり、と騒めきが広がったのは下位貴族ばかりで、高位貴族は皆落ち着いていた。この流れをわかっていたのだ。それでもどの貴族も宣言をしたエリアスとヒルデガルトに注目している。玉座には王と王妃が静かに座って事の次第を見守っている。


「ヒルデガルト・ノル・パシュケルトに瑕疵はない。だが、この婚約の解消は覆らない。理由は皆もわかっているだろう。触れ合う事も出来ぬ婚約者とは未来を紡げないのだから」


 エリアスとヒルデガルトの婚約は長い。二人が七歳の時に結ばれた婚約は、今日のエリアスの誕生日で十一年となる。だが、二人はこの四年ほど一切触れることがなかった。当然、エスコートもなかったし、儀礼的な接触すらなかった。

 それは、魔女の呪いによるもの。

 エリアスは十四歳の誕生日の時に魔女に呪われた。高らかに笑いながら魔女が告げたその呪いの内容は『今はまだ出会っていない真実の愛と結ばれればかつてない栄華が、それ以外と結ばれればかつてない不幸が訪れる』という、ともすれば祝福にも似た『受難の呪い』。

 そしてその呪いをかけられた瞬間から、エリアスとヒルデガルトは触れようとしても、見えない壁に阻まれて決して触れなくなってしまった。真実の愛はお前ではない、と言わんばかりに。

 エリアスが言った通り、ヒルデガルトには何ら瑕疵はない。だが、そこからがまずかった。

 呪いをかけられた時から、下位貴族達からなる下院議会ではすぐにでも婚約を解消して真実の愛とやらを探すべきだと迫っていたのに、それなのにジレアウト侯爵家と高位貴族達からなる上院議会は断固として首を縦に振らなかった。巻き込んでしまった罪悪感からか真実の愛を見つけるまでの体裁目的か、王家もまたその意思を尊重したが、下位貴族のほとんどがジレアウト侯爵家の権力欲に顔をしかめた。中にはヒルデガルトが我儘を言って王家もジレアウト侯爵家も振り回している、ととらえている者も多い。

 何故なら、ヒルデガルトは確かに侯爵家の令嬢として優れてはいたが、同時に高慢でもあったからだ。

 知恵者として有名ではあったが、いつからか貴族子女が通う学園にもあまり出席しなくなった。理由を問えば「学園の内容など一年もあれば修めることが出来るでしょう」と賢さを鼻にかけたような発言。それならば教えてくれないかと交流を試みた令嬢は「貴女に私の時間を費やす価値があるの?」と侮辱に近い断り。

 友人はいるようだが、同年代からの評判は芳しくない。そんな人物だからこそ、婚約が解消されなかったのはヒルデガルトの歪んだプライドゆえだろうと考えられていたのだ。

 エリアスと触れ合えない事自体は確かにヒルデガルトのせいではない。だが、無駄な婚約をここまで引っ張って、エリアスの真実の愛を邪魔したのはヒルデガルトだ。だからこそこの婚約破棄はしびれを切らしたエリアスと王家の決断だろう、当然の流れであろう、と多くの者が思っていた。

 栄華か不幸か、なのだ。考えるまでもない。国を動かす貴族として、早々に身を引いてその地位を真実の愛の相手に譲るべきであるのに。


「わかってくれるな、ヒルデガルト」


 エリアスの言葉にすべての人々の視線がヒルデガルトへ集まる。その視線の中には、無駄な時間を生み出したことへの非難と、どのような醜態を晒すのかといった嘲りも混ざっている。

 しかし、多くの人が予想したのに反して、ヒルデガルトは何ら取り乱すことはなく、エリアスをじっと見つめながら挑むように返答をする。


「婚約の解消、承りました」


 その瞬間である。


「ひっ!」


 国王の後ろに控えていた侍従が持っていた、エリアスとヒルデガルトの婚約に関する書類が燃え上がって消えた。


「きゃ! こ、これは何?」


 同時に、一人の男爵令嬢がキラキラと光輝きだした。

 男爵令嬢の名前はゾフィー・ベルガー。綺麗にまとめられた輝く銀の髪、紫水晶のような煌めく瞳、ほっそりとした体はけれど女性らしい膨らみもあり、今まさに謎の現象により困惑している様はどうにも庇護欲を誘う。


「……まさか、真実の愛の相手?」


 誰かが言えば、静かな、けれど熱い囁きが広がっていく。同時に、ゾフィーの周りの者がエリアスに見えるよう恭しく距離を取っていく。

 エリアスとゾフィーの間に、綺麗な道が出来上がる。


「ベルガー男爵令嬢、君か」

「は、はい」


 じっと見つめるエリアスに、ゾフィーは緊張で頬を染めながら答える。

 エリアスは歩き出す。ヒルデガルトに一瞥もくれず通り過ぎて、真っ直ぐにゾフィーへと近づいていく。


「何度も話をしたな」

「はい、恐れ多い事ですが、殿下にお声がけいただき……」


 それは事実である。学園へ通うエリアスは出来るだけ多くの生徒と交流を試みていて、中でもゾフィーとは度々話し込むことがあった。そしてそのほとんどがエリアスからの声掛けだった。

 同じように学園に通っている貴族子女達は、その光景を思い出しながら二人を見つめる。学園に来ないヒルデガルトよりもきっと長い時間を共に過ごしてきたであろう相手。そしてゾフィーもまた学園内では優秀な成績を修めていた才女だ。男爵令嬢という身分にさえ目を瞑れば、エリアスと並び立っても遜色ないほどの。


「そうか、やはり君だったのか」


 ふっとエリアスが微笑む。無表情の多い王子の柔らかな微笑みに、誰もがゾフィーへの特別なものを感じ取る。エリアスは自身の従者に目配せする。すると、小さな箱を持ってきた従者がそれをエリアスに差し出す。

 未だキラキラと輝くゾフィーは天の使いのように美しく、エリアスと向き合う姿は吐息が漏れるほど麗しかった。

 間違いない。彼女が真実の愛だ。彼女が栄華へ導いてくれる女神だ。

 多くの貴族がそう思いながら、エリアスが小箱から指輪を取り出すのを見ていた。きっとあの指輪をゾフィーに渡すのだろう。それでもって新たに婚約を結ぶのだろう。真実の愛の相手と。


「ベルガー男爵令嬢……いや、ゾフィー。これを受け取ってくれるだろうか」

「そ、そんな、私などが……」

「受け取ってほしい」

「殿下、わ、私でいいのですか……?」

「君でなければ駄目なんだ」


 重ねての求めに、ゾフィーは真っ赤になってわずかに涙ぐむ。長年の婚約者であるヒルデガルトに対して、表立ってこのように乞う事はなかった。これだけの求めはゾフィーにだけだった。だからゾフィーは決心した。


「ゾフィー、指輪を受け取ってくれるだろうか」

「……はい。喜んで……!」


 男爵令嬢が王子と結ばれる。恐らくそのまま立太子することを考えれば、男爵令嬢が王妃となるのだ。こんな夢物語があるだなんて。

 同じ下位貴族の者達は、我が事のように喜びをかみしめていた。

 エリアスがゾフィーの手を取り、その左薬指に指輪をはめていく。

 うっとりと自分の左手に輝く指輪に見とれたゾフィーは気づかない。ヒルデガルトが静かに近づいていることに。


「殿下、いえ、エリアス様。私、一生エリアス様をお支えしますわ」


 満開の花のような華やかな笑顔でゾフィーがエリアスに告げる。周囲の下位貴族達は喝采を上げる。エリアスは微笑んだまま、けれど酷薄な声で告げた。




「いいや、お前はここで朽ちていけ、荒野の魔女め」




 エリアス・ヴァルベルツ・クロイセルは、見事賭けに勝ったのだ。


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