二度目の冬と一時帰省
ヒルデガルトは王宮の庭園で、はぁ、と大きく息を吐く。吐き出された息は白く、頬を撫でる風は痛いほどだ。
「二度目の冬ね」
呟く声は冷たい空気に溶ける。かつてエリアスと初めて会った時に咲き誇っていた花々は今はつぼみとして固く閉じられている。緑がほとんどなくなった風景は、もう少ししたら白く染まるだろう。
「ヒルデガルト、そろそろだ」
「ええ」
エリアスに手を差し伸べられてヒルデガルトも手を差し出す。
もうエリアスはヒルデガルトと触れ合う時に表情を強張らせてから和らげるといった変化を見せない。当たり前のものとして受け止めている。手を握る頻度はやたらと多くなったが。
王宮に来てから二回目の冬、九歳の冬。
ヒルデガルトの術の分析が、ようやく終わった冬だった。
* * *
「……これ、本来は人固定ではない、のではないか?」
「え?」
きっかけはゲオルクの気付き。
相も変わらずヒルデガルトとエリアスがアデリナ達を巻き込みながら教育を先取りして、休暇という名の魔術研究の時間を獲得する。そんな事を繰り返しての何度目かの魔術研究の場。この時にはヒルデガルトとゲオルクとミュラー伯爵だけで、一番ぐちゃぐちゃに組まれて一番謎に包まれている部分を分析していた。
「一番下にあると思われていた文書型の術式、人固定の魔術基盤。この術式を一とする。これがこの魔術の基盤だと思っていたが、違うな。そのすぐ上、あまりにも小さく薄く設置されていたからわからなかったが、打消しの術式、これを二とする。これがある。それでそのさらに上。重ね掛け魔術と思われていた魔法陣型の術式。これを三、こっちだ。この三が、場所浮動の術式が魔術基盤だ」
言われてヒルデガルトとミュラー伯爵が息を飲みながら術式に注目する。
「それを、二により打ち消された一に括り付けられていて……恐らく、二で打ち消されているのは一の術の内容のみ。術の形式、人固定という形式だけは生きていて、そっちに引きずられている、のではないか……?」
「術の形式だけを引用するなんて出来るのですか?」
ヒルデガルトの問いにゲオルクも眉根を寄せる。
「一が大きく正式過ぎる基盤なのに対し、三は小さく簡略された基盤だ。引用したというよりは恐らく単純に力負けした結果なのかもしれん。要検証だが……」
そこまで言ってゲオルクは強く目を瞑り眉間をもみほぐす。術式を見続けるのにも魔力を使う。流石に疲れが出たようだった。
「異なる型式、異なる強さの魔術基盤を二つ結び合わせたらこんな事になるのか……確かに、拡張目的で同一基盤を結び付ける事はあっても、まったく異なる基盤を結び付ける事は無かったな……子供の発想よなぁ、まさに……」
「うう、お恥ずかしい……」
呆れたような感心したような力の抜けた声に、ヒルデガルトは両手で自分の赤くなる頬を包み込んだ。ちょっとかなり本気で恥ずかしい。
「……これ、解析の誤誘導に使えるのでは?」
「うむ、上手くいけば秘匿魔術の保護に有効かもしれん」
「元々の保護魔術に加えてこれで二重にすれば強固になりますね」
「それでも探ろうとする輩は探るが時間稼ぎにはなるだろう。まったく、その情熱を素直に魔術研究に向ければいいものを……」
「犯罪者の思考はわかりませんね」
ミュラー伯爵の思い付きにゲオルクは頷きそのまま話し込む。ヒルデガルトは少し気になったけれど、多分これは大人の都合の領域だと考え、割り込むことはせずメモに集中した。
「とりあえず検証しましょう。ええと、文書型術式の魔術基盤で内容は人固定、再現はここまででよろしいですか? 忠実に再現いたします?」
二人の話が途切れた隙を見てヒルデガルトが声をかければ、ゲオルクがすぐに反応する。
「異なる魔術基盤の連結の検証だ、内容よりも形式に忠実であればいい」
「わかりました」
検証が始まり、結果はゲオルクの予想通りだった。
そしてこれにより、一気に分析が進んだのだった。
* * *
「ジレアウト領にはどれ位いる予定だったか」
「こればっかりは家族と天候次第です。まぁどれだけ長くなっても二、三か月かと。雪に埋もれない事を祈ってくださいませ」
「そうなってもゲルトルート殿がどうにかしそうな気がするが」
「お師様は雪が積もれば雪祭りを開催される方ですし私はそれに全力で乗っかる質ですわ」
「……暫く好天候が続くことを祈ろう」
エリアスがしばしの沈黙の末にそう言えば、ヒルデガルトはおかしそうにくすくすと笑う。寒さが強くなる中、心はどこまでも温かかった。
「本当に、教育を進みに進めておいてよかったですわ。おかげでこういう時に大分融通を利かせてもらえますもの」
「ヒルデガルトは久しぶりの帰郷だろう。ゆっくり、は出来ないだろうが、ご家族との時間を楽しむといい」
「ええ、そうさせてもらいますわ」
二人が進む先は馬車寄せ。そこには見送りとしてアデリナ達も待ち構えている。
「ヒルデ、忘れ物はない?」
「大丈夫よ。ちょっと羽を伸ばしてくるわ」
「伸ばすのは用事を終わらせてからにしなさいよ」
手紙を書いてね、と少女二人で笑いながら挨拶をすれば、ティーロとシュテファンとヴィクトルも「お気をつけて」と挨拶をする。
「それじゃあ、行ってまいります!」
ヒルデガルト・ノル・パシュケルト、時にして九歳の冬。ジレアウト侯爵継承権譲渡の為に帰省となった。




