変わった関係
それほど長くもないが短くもない休暇が終わり、子供達はまた王宮に集まる。
「使う方としてはやっぱり起動と処理の速さの方が……」
「うーん、とはいえ威力の要望は以前からあったらしいので、となると二つの別の魔術に……いえ、一つの魔術にして起動部分を二つにわける……?」
「え、一つになんてまとめられるの?」
「……貴方達、いつの間にそんなに話すようになったの?」
久しぶりのお茶会で熱心に話し込んでいるのはヒルデガルトとティーロで、今まで見た事のない光景にアデリナは器用に目を眇める。
「ティーロ様は魔術仲間になりましたの」
「そう。本格的に魔術使いを目指す事にしたよ」
俺も成長したんだよ、と明るく力強くちょっと鬱陶しい感じの笑みで言うティーロは、仕方なしに魔術を頑張ろうかどうしようかと悩んでいた少年と同じ少年とは思えない。
目の前で真面目に、けれど楽しそうに話をするヒルデガルトとティーロはとても仲が良さげだ。
――……いいのかしら?
二人がただの貴族子女なら何も問題はないが、片方は王子の婚約者で片方は王子の側近候補だ。自分達は確かに仲を深めるべきだが、最優先で仲良くするべき相手が違う気がする。
チラリとその最優先人物をのぞき見る。こんなものを見せつけられたら、もしかしたら人の心に疎い王子様にも何か心境の変化が出ているのでは、と思ったが、肝心の王子様は二人を何とも温かい目で見守っていた。
――……いいのかしら?
完全に統率者顔の統率者目線である。部下達に不和が無いようで何より、とか言いだしそうな顔だ。王子としては正しいのかもしれないが、年齢的にも立場的にも本当にそれでいいのだろうか。
もしかしたら、理性が先に来すぎて情緒面が育っていないのかもしれない。自分の感情がよくわからないのかもしれない。
そんな事を考えながら改めて面々を見ると、不自然な様子に気が付いた。
ヒルデガルトがさっきから右手しか使っていない。
左手を添える程度にも使っていない。いや、使わないどころかテーブルの上に置くこともしていない。
怪我でもしたのだろうかと一瞬心配になって、けれどもう一つの不自然さにも気付く。
エリアスもさっきから左手しか使っていない。
エリアスは確かに両利きなので左手で作業をしても何も問題ないのだろうが、それにしたって右手を一切使わないとは、テーブルの上にも出さないとはどういうことなのか。
アデリナは一旦静かに深呼吸をする。それが終わるとはしたない事は承知で身を捩じってテーブルの下を覗き込んだ。教育係の咳払いは無視した。
「!!」
テーブルの下では、エリアスの右手が当たり前のようにしっかりとヒルデガルトの左手を握っていた。
きゃー! と叫びたくなる乙女な心を無理くり抑え込んで、でも抑えきれなくて、アデリナはヒルデガルトの顔を見てにやにやと笑ってしまう。賢いとはいってもそこは七歳の少女。自分の両親の仲の良さに憧れを抱く少女。友人の甘酸っぱい気配に心が躍ってしまう。
と、もう一度教育係の咳払いがした。にやにやがいけなかっただろうかとぺちぺちと頬を叩いて、そこで自分の事ではないと気付く。何故なら斜め前にいるシュテファンがさっきまでの自分のように身を捩じってテーブルの下を覗き込んでいたからだ。
そして戻ってきた彼は目と口をまんまると開けてエアリスをじっと見る。信じられないものを見たと言わんばかりに。アデリナは最早そんなシュテファンの反応すら面白くて仕方がない。
ぽかんとしていたシュテファンが助けを求めるようにアデリナを見る。アデリナはにっこりと笑って頷く。そんな二人を見ていたヴィクトルが不思議そうな顔をして二人を真似た。つまり体を捩じってテーブルの下を覗き込んだ。三度目の咳払いが聞こえた。
「――……なるほどねぇ、魔術使い目線はやっぱり違いますわ。……アデリナ? シュテファン様とヴィクトル様もどうかしました?」
流石に周囲が不思議な動きをしている事に気が付いたヒルデガルトが尋ねるので、笑顔のアデリナがさてどう言おうかしらとウキウキしながら口を開いた瞬間。
「何で殿下とジレアウト嬢はテーブルの下で手を繋いでいるんですか? 手をテーブルの上に置いた方が楽だと思うけど」
まったく空気を読まないヴィクトルがズバリと切り込んだ。教育係が注意では無いむせた様な咳をした。
「ヴィキはどうしてそうなの!」
「私にも今のは違うとわかりますよ?!」
「え? どうしてそうって? 違うって何が?」
アデリナとシュテファンに一斉に責められてヴィクトルは疑問符を飛ばさんばかりの困惑顔になる。ついでにヒルデガルトとエリアスも何が起きているのかと困惑し、唯一事態を察したティーロが笑みをかみ殺した顔で「えーとですね、殿下?」と切り出した。
「どうぞヴィクトルの質問に答えてあげてください。そうすればシュテファンとエインハイム嬢がもっと面白い事になります」
「どういう事だ」
「まぁまぁ、どうぞ」
促されたエリアスは不思議に思いながらも素直に答える。
「テーブルの上に置くと手を繋いでいる事を忘れたヒルデガルトが振り回すからだ」
そんなにおかしな理由ではないぞ、と繋げるエリアスに、アデリナとシュテファンは固まり、そして同時に叫んだ。貴族子女にあるまじき大声で。
「「そういう事ではなくて!!」」
何度目かの教育係の咳払いとティーロの弾けたような笑い声がお茶会場に響いた。
「休暇の間、殿下と触れ合った状態での魔術の検証とかを繰り返してたらね、手をつなぐのが癖になったみたいだよ」
笑い終えたティーロがエリアスの代わりに真相を告げる。
明かされた内容にアデリナとシュテファンが頭を抱える。手を握るのに慣れる事はあっても癖になる事などあり得るだろうか。納得出来るような出来ないような、と唸っていると、ティーロがまた笑いに耐えながら、いや、もう既に耐え切れず肩を震わせながら、二人にだけ聞こえる声で第三者から見た真相を教える。
「あの二人、あれで仲良しの自覚無いみたいなんだよ」
「「嘘でしょう?!」」
二回目の二人の叫び声に、エリアスとヒルデガルトとついでにヴィクトルが不思議そうな顔をして、もう一度教育係の咳払いとティーロの笑い声が響いた。




