魔女の魔女による魔女じゃない者達への授業
「魔女の魔女による魔女じゃない者達への授業~!」
唐突に始まった茶番劇に、ティーロは何とも言えない顔で固まり、ゲオルクとミュラー伯爵とエリアスは慣れているのか無表情だったり呆れ顔だったりで拍手をし、ヒルデガルトだけが今度は何を教えてもらえるのかとワクワクしていた。
研究がキリの良いところまで行ったので休憩を、とそれぞれ体を伸ばしたところで「集合~」とゲルトルートの楽しそうな声が響き、気づけば何故か全員座らされ、その全員の前に立ったゲルトルートが楽しそうに宣言したのだ。
「ティーロという新たな仲間が加わったので色々と復習といこうじゃないか」
「え、そんなわざわざ……!」
恐縮するティーロにヒルデガルトはツンと服の裾を引く。そして振り向いたティーロにどこか諦めた笑顔で首を振る。
「いいのよ、これお師様の趣味だから」
「趣味」
ヒルデガルトが言った通り、これは半分ゲルトルートの趣味である。学ぼうとする者や才を伸ばそうとする者を見ると、色々と教え込みたくなってしまうのだ。
展開に理解できていないが国の賢者からの教えだ、幸運と思って受ければいいのだろう。そう腹をくくったティーロは大人しく口を噤んだ。
「魔術とは何か? ヒルデガルト」
「はい。魔術とは同一の条件下に置いて同一の効果が表れ、解析と分解が出来、再現性のある術式です」
指名されてすぐにヒルデガルトが答えれば、ゲルトルートは問いを重ねる。
「では、魔術とは何を操る術だ?」
「それは……魔力です」
ヒルデガルトはあまりにも当たり前の質問が続くことに戸惑いながらも答える。
「よろしい。では、魔法とは何か? ティーロ」
「え?! ま、魔女による、魔力を使って行使する技、です」
自分が指名されると思っていなかったティーロは驚くが、すぐに正しい回答を口にする。
「そうだな。では、魔術も魔法も魔力を操っているのならば、同じものではないのか?」
「違います。魔術は先ほども言いましたが同一条件下の同一効果、そして再現性、これらがありますが、魔法は魔女一人一人やり方も効果も異なります」
ヒルデガルトの回答は誰もが知っている事実だ。それでもゲルトルードは面白そうに首を傾げる。
「そうかな? 魔術も一人一人書き方が違うだろう」
「書き方に規則があります」
「魔法とて同じだ。魔力の練り上げ方と出力方法には規則がある」
「……では何が違うのですか?」
答えを否定されたヒルデガルトが考えながらも質問すれば、ゲルトルートは笑みを深めた。
「それは結果だ」
「結果……」
子供達はそれを聞き三人共身を乗り出す。大人達はそんな子供達を興味深そうに見守る体制に入った。
「例えば火を出したいとする。その場合、魔術ではどうする?」
「……場所か物に魔術を置きます。内容は発火と延焼の術式。条件はその火をどのように使うかによって変わります」
話の行きつく先が分からないゆえに、ヒルデガルトは慎重に答える。
「うん。発火と延焼、これらは魔術が無くても起こせる現象か?」
「まぁ、はい、そうですね」
魔術を使った点火道具は勿論あるが、どちらかと言えば世に広く広がっているのはマッチだし、かつては火打石を使って火を生み出していた。魔術に頼らなくても火は生み出せるのだ。
「では、魔法では火を出したい時にどうするか、わかるか?」
「……魔力で火を作り上げる、ですか?」
魔女ではないヒルデガルトは、ゲルトルートを師に持っていても魔法については通り一遍の事しか知らない。なのでわざわざ問われたこの内容を、もしや違うのだろうかといぶかしみながら答える。
「その通りだ」
けれど、返ってきたのは肯定だった。
「魔法は、現象を短縮しているんですか?」
問答を聞いていたティーロが尋ねれば、ゲルトルートは待っていましたとばかりに深く笑む。
「違う。逆だ。現象を、理を短縮するのが魔術。対して、理を作り上げるのが魔法だ」
魔術と魔法の決定的な違い。それをはっきりと突きつけられる。
「火とは燃える物質と着火する火種と空気があれば生まれ存在し続ける。魔術はその過程を魔力により短縮化、もしくは省略化させている。魔法は、それら必要な物質も必要な工程も無視して、魔力によりただ火そのものを出現させる。だが、理を無視して生み出された火は、本当に我々が知る火なのか?」
突きつけて、そして問いかける。ヒルデガルトも考えていなかったことを。
「え……?」
困惑の声にゲルトルートは楽しそうに喉を鳴らして笑う。ゲオルクとミュラー伯爵は既に知っていたのか、子供達の戸惑いを微笑ましく見ている。
「魔女達が魔法の真髄を語れない理由がこれだ。魔法による結果が確たるものという証明がなされていない。だが魔女にはわかる。それが魔法によって生み出された物か否かが。しかし感覚的にわかるだけでその証明方法がわからない。だからこそ魔女達にとって、魔法が意味するものは未だに『仮初のモノ』、『実の無いモノ』、『一時しのぎのモノ』に過ぎない。それゆえに、魔女もまた魔術を最低限は覚えるんだよ」
魔女は魔法については魔女以外に深く語らない。それは国の頂点にいる王妃であっても。その理由は魔女以外に必要ないからだと思っていたが、実際のところはその魔法が魔女にとっても理外の物だとは、エリアスやティーロだけではなくヒルデガルトも知らなかった。
「何故、魔女も理解出来ていないのだと伝えないのですか。それを伝えれば……」
ティーロがそれでも食い付けば、ゲルトルートの目の色が少し暗くなる。
「そうだな、それを伝えれば魔女は『理解できないものを生み出す化け物』になれるな」
「そんな! いくらなんでもそんな事、に、は……」
笑顔にもかかわらずどこか冷めた声に、ティーロが慌てて否定をぶつけようとして、けれど言い切ることが出来ない。ティーロ達子供でも知っている。かつて大陸のいたるところで魔女を恐れ迫害する『魔女狩り』という暗い歴史があった事を。
「……『魔女狩り』は、お前たちにとっては歴史だが、魔女にとって、いや、私のような外魔女にとってはつい最近の過去なんだよ」
今生きている者で『魔女狩り』に関わった者はいないだろう。それでも長い時間を生きるゲルトルートには。ゲルトルート以外の外魔女には。
ティーロが二の句を告げなくなっている中、ヒルデガルトは何かをブツブツと呟いていた。
「……理を作り上げる……現象の短縮……」
「うん?」
予想とは違う反応をするヒルデガルトに、ゲルトルートはどうしたのかと首を傾げる。
「魔力を使うのは同じ……ならば……魔女は魔術を使えますよね? けれど魔術の徒は魔法を使えない。魔女特有の何かが、魔女足らしめんとする何かがあるという事……その魔女足らしめんとする何かを魔術で作り出すことや代替とすることは可能なのでしょうか?」
ヒルデガルトは確かに歴史の闇に心を痛めた。痛めて、けれどすぐにその前に話題となっていた事に意識が飛んでしまった。魔術師ならばそうなってしまうものだ。
「……凄い事を考えるね」
今の流れでそこに行く? と頬を引きつらせるティーロに対し、ゲオルクとミュラー伯爵は小さく頷きながら微笑んでいた。まるでかつての自分を見ている様に。
「いえ、多分きっと魔女と交流のある魔術師は誰もが考える事では?」
「その通り」
「魔女と関わる魔術師なら誰もが考えそして誰もが諦める道ですね」
いや懐かしい、とゲオルクとミュラー伯爵は笑う。エリアスはそんなものなのかと納得し、ティーロは目を閉じて天を仰ぐ。魔術は好きだがやはり自分は魔術師ではなく魔術使いなのだな、と思いながら。
「だが辿り着くのが早いな。どうする、挑戦するか?」
揶揄うようなゲルトルートの問いに、ヒルデガルトは考える。深く深く考える。
「うーん……いえ、今はエリアスの為の魔術に集中します。お楽しみはとっておきますわ!」
そして出した答えに、魔術師達は笑う。エリアスだけが少し気まずそうに、それでも少しほっとしていたようだった。
「……ですが、理……短縮と創造……もっと手前の分岐? 現象、仮の物質……概念……? どんな魔術式に……?」
「ヒルデ、戻ってこい」
後に回すと言ったそばから意識を飛ばしてしまうヒルデガルトに、ゲルトルートはこつんと頭をノックした。




