国の英雄にも偉大なる魔術師にも
ヒルデガルトの魔術研究は、まず第一に自身に展開されている術の分析。現状エリアスに触れるのは魔女とヒルデガルトだけだが、ヒルデガルトの術をきちんと分析し効果的に再現すれば、エリアスは誰であろうと問題なく触れ合える。それを目指しての研究だ。
ヒルデガルトと初めて会った時にその事情を聞かされていたが、どんな術なのかまでは詳しく聞いておらず、魔術を得意とする身ではずっと興味を持っていた。
「えーっと……その研究、俺も交ざってもいいですかね?」
「勿論ですわ! んふふ、魔術仲間でしてよ魔術仲間! 今まで同年代で魔術に詳しい子はいなかったから嬉しいですわ!」
「あ、でも俺は目指すなら魔術使いですからね? ジレアウト嬢? 聞いてる?!」
ご機嫌なヒルデガルトに、選んだ立ち位置は間違っていなかったと安心する。
しかしすぐに後悔する。
簡単に交ぜてくれなどと言うものではなかったと。
* * *
ゲオルク・ベルクとは、国の英雄でありもっとも偉大な魔術師である。
平民出身の彼は若い頃から魔術に傾倒していた。田舎町の宿屋の子供だったので、泊まりに来る旅人や少し身分の良い人間たちが使う魔術をこっそりとのぞき見ては覚え、やがて見様見真似で習得し、そこから分析をするようになった。
その才能に気付いたのもやはり泊まりに来ていた王立学園のそれなりの立場にいる教師で、ゲオルクはその教師の推薦を受けて学園で魔術を習うようになる。
正式に魔術を習いだしてからは水を得た魚であった。
それまでの魔術の分析に改良、更には新しい魔術の創造。その才能は学生の身ながら有名となり、やがて王宮からも注目されるようになり、当時の王太子に魔術庁の初期人員としての勧誘を受けて魔術庁入りを果たす。
完全に魔術のみに集中できるようになったゲオルクは破竹の勢いで魔術を創造していった。今生活に活用されている魔術のほとんどと、戦時に活用する魔術の半数にゲオルクが関わっていると言われるほどだ。
作られる便利な魔術に男爵位を与えられたが、ここまではまぁ活躍する平民としてはあり得る話。国の英雄とされたのは、とある戦争を開始直前に自国に有利な条件で止めた事だ。
男爵位から伯爵位への陞爵という平民出身としては考えられないほどの出世。それに加えてここまでの存在になったゲオルクをどの派閥が取れるかと争いを始める前に、かねてから身分差がありつつも交際をしていた中立派閥のベルク伯爵家令嬢との結婚。
『私は魔術師である。国の魔術師で国の道具。それ以上でもそれ以下でもない。今後も魔術師としての研鑽を重ね、それを持って国への忠義とする』
政治には関わらないから魔術の研究だけさせろ、というきっぱりとした宣言に、貴族達は惜しみながらも受けいれたし、声をかけた王太子は声をあげて「見事」と笑ったという。
功績でもって国と王家は英雄とまつりあげ、立ち振る舞いでもって貴族達は偉大なる魔術師と認めた。
「うーん、やはり魔術基盤がおかしいなぁ……」
その英雄にして偉大なる魔術師が、目の前でヒルデガルトの術式の分析を行っていた。
(ほ、本物、本物のゲオルク様……!)
豊かな白髪と深く刻まれた皺は間違いなくゲオルクの年を感じさせるのに、術式を見るその目は一切年を感じさせない程に鋭く強い。挨拶の後始まった研究の様子を、ティーロは興奮しながらじっと見ていた。
興奮して、じっと見て、そして……。
「ですが基盤はこれしかありませんよね?」
「この重なって捻じれている部分が怪しくないか? ここを解かなければそもそも見にくいし本当のところがわからん」
「確かに」
そして、やがてティーロは呆然とする。
ゲオルクと話しているのは魔術庁官のミュラー伯爵。二人のやり取りをメモしながら自身の考えも書いているヒルデガルトに、それを覗き込んで質問しているエリアス。
ティーロは何も出来なかった。ただこれらの様子を遠巻きに見ている事しか。
「どうした少年、参加しないのか?」
「ゲルトルート様」
ゲルトルートに声をかけられてハッとしたティーロはいびつな笑みを浮かべて斜め下を見る。
「いや、あの、私では、その……じ、実力が、足らず……ッ」
その事実を自ら口に出せば顔が熱くなるのが分かった。悔しいが事実なのだから情けない。
魔術を使うには必要なものが三つある。
まずは『眼』、次に『手』、そして『意思』。それぞれ、魔術と魔法の源である魔力を見れる事、魔力に触れることが出来る事、魔力を魔術や魔法に落とし込み操る確固たる意志を持つ事、という意味だ。
誰もが『眼』を持ち、『眼』を持つ者は大概『手』も持つ。しかし、その上で『意思』を持つ者は実のところ少ない。何故なら人は魔術も魔法も使わなくても生きていける、生きていけるだけの文明を作り上げた。それゆえに無意識下で必要としていない事が多く、誰もが魔術使いと魔術師になれるわけではないのだ。
ティーロは確かにこの三つを持ち、かつ魔力量が多く、周囲から魔術使いを目指せると言われるほど魔術の使い方も上手かった。
だが、そんな評価はここでは何の意味もない。
そもそも魔術師と魔術使いは違う。道具を使う事に長けている者と道具を作り出す者では必要とされる知識も技術も別だ。それでも今この場で起きている事はそういう事ではなかった。
研究に交ぜてもらうなどおこがましいにも程がある。そう自分で思うほどの純粋なる力不足。ティーロには四人が話している内容は勿論、まず見ているモノが見えなかった。
「何処が不足している?」
「え……?」
ゲルトルートの声にティーロは顔をあげる。そこには美しい笑みがあった。
「お前がわからないところは何処だ? 何を持って実力が足らないと判断した?」
「……ッ……あ、あの……そ、そもそも……ッ術式が、読み取り切れません……!」
『眼』と『手』は天性の物。だがその精度と強度は鍛えることが出来るし、『意思』は元々なくとも作り出すことが出来る。
「なるほど、つまりまだ『眼』が育ち切っていないという事だな」
今のティーロは一般よりは良い『眼』と『手』を持っているが、ヒルデガルト達には遠く及ばない状態。それさえわかれば後は本人次第だ。
「それで、お前はどうしたい?」
試すような面白がっているようなゲルトルートの問いに、ティーロは無意識にごくりとつばを飲み込んだ。
消去法の様に選んだ立ち位置は、それまで得意としていた魔術という分野。けれど今はその得意ですら足りない、届かない。国の英雄にも偉大な魔術師にもきっとなれない。それはわかるが、それでも多分ここなのだ。卑下して諦めれば楽だろう。けれどそれはこの先ずっと落ちていくばかりで引き摺る傷となる。ここで選べるかどうかで、自分の未来が決まる。
嘘みたいな出来の王子達に追いつきたいなら。どうしたいのかと問われたならば。
「魔術使いに、なりたいです。俺は……もっと自分を鍛えたい!」
強い眼差しを受けたゲルトルートは、満足そうに笑う。
「いいだろう。おぉい、一度止めろ、復習を兼ねてこいつに術式を拡大して解説しろ」
「え?! いや、そんな、ゲルトルート様! 皆様の邪魔をするわけには……!」
「邪魔じゃない邪魔じゃない! ごめんなさい、つい夢中になってしまいましたわ」
即座に反応したヒルデガルトがパッと振り返ってティーロを迎え入れた。そうしてティーロに対して見えない部分も含めてわかりやすく現状を説明していく。
ぎこちなくも理解していくティーロを見ながら、ゲルトルートはある事を思いついてにやりと笑った。




