休暇の始まりは魔術庁
「さあ! 明日からは待ちに待った魔術研究の時間でしてよ!」
ほほほほほ、と高笑いをしているヒルデガルトを、エリアスは相変わらずの無表情で、アデリナ達は引き気味の笑顔で見ていた。
交流の為のお茶会、そこで言われたのは子供達の教育が予想よりもはるかに進んでいるという事。そして婚約披露の夜会も無事に終わったので、少し休暇を取りましょうとの事だった。
「本当に魔術師は魔術馬鹿なのねぇ。私は一度家に帰ってくるわ」
「俺はアデリーに付き添ってエインハイム公爵に挨拶に行ってきます」
「殿下、私も一度家へと報告も兼ねて帰らせていただきます」
「ああ、わかった。それぞれの家によろしく伝えてくれ」
アデリナとヴィクトルとシュテファンが休暇の予定を伝えれば、ティーロがエリアスの予定を確認する。
「殿下はジレアウト嬢の魔術研究に協力するんですよね」
「そうだな」
「それ、俺も同行していいですか?」
少し前にこの集団の中の立ち位置として魔術に関する相談役が良いのでは、と考えたティーロは、この休暇をまずヒルデガルトの実力をもっと詳しく知ろうと思って申し出た。
「私は構わない。ヒルデガルト、問題はないか?」
「問題どころか大歓迎でしてよ! ではお師様とゲオルク様に伝えておきますわ」
さっきからずっと笑顔のヒルデガルトは、更に笑顔を輝かせてエリアスとティーロに伝える。
「ゲオ……ッいや、お師様ってつまり……ッよ、よろしくお願いします」
飛び出てきた大物の存在に一瞬怯んでしまう。面識があるとはいえ半ば伝説化しているゲルトルートは当然恐れ多いが、魔術師や魔術使いだけでなく有力貴族達からも尊敬を集めるゲオルクの方が現実味がある分かえって緊張してしまう。
早まったかもしれない。そうは思っても口に出した言葉は消えない。ティーロの笑みが乾いたものになるのを感じたシュテファンが慰めるように肩に手を置いた。
「けれどまさかこんな早々に休暇を頂けるなんて思わなかったわ」
普通、王子王女の遊び相手兼側近候補は仲を深めるためにそうそう帰れないし休暇も貰えない。だからこそのアデリナの呟きに、ヒルデガルトはうんうんと頷く。
「魔術研究のために進めに進めた甲斐があったわ」
「そうだな」
「え?」
「ん?」
空気が凍った。
きょとんとした顔のヒルデガルトとエリアスに、アデリナは不敬も何も忘れてプルプルと震える手でヒルデガルトを指さし質問した。引き攣った笑顔で。
「待ちなさいヒルデ、貴方、あんなに熱心に教育を受けて先生を質問攻めしていたのってまさか……!」
王太子に、王太子妃になる事を目指して邁進しているのだと、それならばついていかなければと思っていた。
才能の差を見せつけられ、悔しさと自己嫌悪を抱え、それでも必死に追いつこうとし、そのひた向きさを見習わなければと心を改めていたあの日々。あの辛い日々が、まさか。
「早く終わらせれば魔術研究の時間が長くとれるかなぁと」
全て私欲の為でした。
「貴方……! ……ッああもう! これだから! これだから天才は! 別に何も悪い事はしていないからこれ以上何も言えない!!」
「ジレアウト嬢、謝ろう。これは流石にエインハイム嬢に謝ろう。殿下もほら、シュテファンが白目むいています、謝ってください、何なら俺達にも謝ってください」
完全に白目で沈没しているシュテファンと俯いて扇子を折らんばかりにぶるぶると震えているアデリナ。ティーロはそんな二人の背を撫でながら訴える。せめて高尚な目的であってほしかった。
「え、え? ご、ごめんなさい?」
「? 何故だ」
「殿下はもう少しご自分と他の者との能力差というものをですねぇ!」
「別に殿下達は何も悪い事はしてないんじゃないか?」
「そうだよ何も悪い事はしてないんだよそれでもこれは二度と繰り返すべき事じゃないしヴィクトルはちょっと黙ってろ!」
「もう! ヒルデ! いい?! 今後はねぇ……!」
茶会は常にはないマナー違反の大騒ぎとなったが、付き添いの教育係は何も言わなかった。正直やり過ぎた。エリアスやヒルデガルトの優秀さにつられてあれもこれもと本来の教育よりも多い内容を短期間で詰め込んだ自覚がある。その罪悪感で今日だけはこの騒ぎに目を瞑った。
* * *
ヴァルベルツは周辺国より色々な事が先んじている。
数代前の王が北の蛮族を制圧して大陸に平穏をもたらした時、大陸内の力関係がおおよそ決まった。それを確認したその時の王は、そのまま国土を拡大するよりも国力を高める方に舵を切ったのだ。
その結果、何を学ぶにしてもまずヴァルベルツへ行け、と言われるまでに知と武と文化に長けた国となった。
魔術庁。
それはそんなヴァルベルツが生み出した魔術使いと魔女と魔術師と魔術魔法を管理し発展させる目的の組織で、他の周辺諸国にも似たような組織を作らせるほどに影響力があった。
そもそも魔術とは古からの言い伝えで贈り物であった。かつては神聖なものとして扱われていた事もあり、何処かの国で戦争に使われるまでは儀式的な使い方をしていた。だから他の国では、いや、ヴァルベルツさえ過去には今ある魔術を使いこなせる者、より強力に発揮出来る者、そんな魔術使いと魔女のみを厚遇し戦闘要員と考えていた。
それを変えたのが魔術庁だ。
魔術使いと魔女が厚遇されるのは変わらない。そこに、魔術師というもう一つが加わった。新たな魔術を生み出す者、今ある魔術を改善させる者、そんな魔術師を重宝し、戦闘に特化させるのではなく、むしろ日常や政治的な場面などのありとあらゆる場所で魔術を活用した。その結果、ヴァルベルツを大陸一の国へと押し上げた一因は魔術庁の存在である、とまで言われる程に国内外に強い存在感を持つ事になった。それゆえに他国も魔術庁という組織とその在り様を真似たのだ。
「さて……ようこそ、私の研究室へ」
第五位魔術師のヒルデガルトは与えられた部屋の中で振り返る。
目の前にはエリアスとティーロ。二人は流石に興味深そうに室内を見まわしている。本棚は埋まり机の上には様々な見た事のない道具が置かれている。少し変わった香りがするのも魔術に関係する事なのか。
「楽しい魔術研究を始めましょう」
ヒルデガルトは王宮では見せた事のない挑戦的な笑顔で言った。




