天才に振り回されるは秀才
エリアスとヒルデガルトに振り回される。アデリナとシュテファンが見えた気がする未来は早々にやってきた。
「アデリナ様、少しご協力願えますか?」
困った顔の侍女に、アデリナは生温い微笑みを浮かべて「ええ、ええ、構わないわ」と答えた。
「それで、今度はどちら?」
「お二人共です」
アデリナは笑みを崩さないままそれで目を閉じて大きく息を吸い込んだ。自分の心を落ち着かせるために。
――あんの問題児二人は……ッ!
あまり効果はなかった。
婚約者と側近候補達が決定してしまえば、待っているのは宮廷での発表とお披露目だ。
誰も予想しなかったヒルデガルトという婚約者を認めさせるのに、後ろ盾となるゲルトルートと魔術庁との足並みを揃え、既に知っている重鎮の貴族達が「ここだけの話」と人を見極めて敢えて情報をこぼし話すことで不満や不安を事前に潰していく。そうして発表も終わりとうとうお披露目の日にちが決まった。
そんな大人達の頑張りの横で、王宮で共に過ごすことになった子供達もまた頑張っていた。共に学び交流を重ねていた。
当たり前であるが、子供達の中心人物は当然王子であるエリアスだ。実際に子供達の中心はいつだってエリアスだし、そのエリアスに次ぐ立場はヒルデガルトだ。それは間違いない。間違いないのだが。
「来たなアデリナ。もうすぐシュテファンも来るが、先に意見を聞かせてくれ」
「私達としてはここで見せつけるわけじゃないけど知らしめたいのよ、でもどうにも渋い顔をされてしまって……」
お披露目の準備の打ち合わせをしている部屋へ赴けば、二人が一斉にアデリナへと喋りだした。それをアデリナは生温い微笑みのまま聞いていた。
中心はエリアスで、それに次ぐのがヒルデガルト。それは正しい。間違いない。
だが、気が付けばアデリナとシュテファンはその二人にやたらと信頼されるようになっていた。
二人は別にアデリナ達に依存しているわけではないし、アデリナ達の言いなりになっているわけではない。大人顔負けの頭脳を持つ二人がしっかりと調べ考え選び出し、最終的に、これもうどっちになってもいいな、どっちの方が皆に受け入れてもらいやすいかな、という段階でアデリナ達の意見を求めるのだ。
アデリナもシュテファンもここのところいつだって胃が痛い。この二人のせいでいつだって良識とセンスと社交性を示さなければならなくなったのだから。
* * *
「……先生、お待ちください。今お聞きした隣国の情勢は、依然教えていただいた文化的国民傾向と噛み合っていないと思うのですが」
「ええ、そうです。よく気が付きましたね。原因は東大陸から入ってきた薬草が原因です」
ヒルデガルトが資料を見ずに教育係に尋ねる横で、アデリナは表面上は落ち着いて、けれど内心焦りながら資料を漁っていた。
言語、地理、情勢。七歳ということもありヒルデガルトもアデリナも家でそこまで本格的な教育は始まっていなかった。スタートはほとんど同じだった筈だが、すでに差が開き始めている。
自惚れではなく事実として自身も賢い子供だと思っていたアデリナは、急に自分が恥ずかしくなり、けれど同時に、これは比べてどうこうという段階ではない、という事にも気づいた。
この感覚は知っている。エリアスと話をしていてたまに噛み合わないような、それでいてすべてを先回りされているような困惑。同じところにいても見ているものも聞いているものも違うような違和感。
――天才というのはこういう事なのか。
赤ん坊の頃から交流があったエリアスの優秀さは身に染みていた。けれどまさかヒルデガルトまでもがその域だとは思わなかった。だが七歳にして魔術師となる子なのだ、それぐらいの賢さがあっても不思議ではない。
「言っておくけど、エインハイム嬢も充分過ぎるほど賢いからね?」
子供達が集まるお茶会で疲れたような呆れたような声で言ったのはティーロだった。
同じ王宮でも男と女で教育はわけられていたので互いの様子はわからない。それでも、こういう交流の時の言動で見えるものはある。
「そちらはどんな様子なの?」
お茶会の見守り役も兼ねている教育係達を捕まえて質問攻めにしているエリアスとヒルデガルトを眺めながらアデリナは尋ねる。ティーロに言われるまでもなく自身の賢さは自覚している。それでもあの二人には届かない。その事実がアデリナの心をモヤモヤと燻らせた。
「殿下の独壇場ですよ。ついていくので精一杯です」
「ついていけているのはお前だけだよ」
シュテファンのため息交じりの返答に、ティーロの声色が少しだけ苛立ったような音になった。
事実として、例えば学術や政治的な討論をするとなるとエリアスに敵う者はいなく、唯一シュテファンだけが実のある質問をぶつけられる位だ。ティーロはそんな毎日に疲れ切っていたし、ヴィクトルは早々に「よし、俺の役目はこちらではないな!」と必要最低限の勉強に留めて剣術と戦略戦術を特化させる方に切り替えていた。
エリアスとヒルデガルトは異常。ここにいる子供達だけでなく大人達も身をもって理解し始めた。そしてその二人を除けば間違いなく集められた子供達は優秀で、中でもアデリナとシュテファンは頭一つ飛び出ているのだ。
「勘弁してくれよ、何で年下がこんな賢い子揃いなんだか」
「ティーロは魔術が優れているじゃないか」
ティーロと同じ年のヴィクトルが菓子に手を伸ばしながら言えば、ティーロは「ジレアウト嬢がいるだろ」とヴィクトルが取る直前の菓子を横から奪い取る。エリアスとヒルデガルト、そしてアデリナが同じ年で、シュテファンはその一つ上。さらにその一つ上がティーロとヴィクトルだった。
「でも確かにヒルデガルトの相手とか補佐という意味ではティーロにお願いするしかないかも。私はやっぱり魔法に特化してしまうし」
魔女であるアデリナはどうしても魔法を駆使するので、魔術に関しては使えないわけではないが疎い。
「あぁ、そうだった……そうか、俺の生きる道は魔術か……ジレアウト嬢についていける気がしないぃ……!」
「そこは頑張ってください」
「頑張ってね」
「お前なら出来るって!」
そんな風に子供達の結束は固まっていった。
これだけなら天才二人への多少の鬱屈を抱えながらも穏やかな日常だっただろう。だが神の采配かなんなのか、その天才二人にも欠点がある事も見えてくる。
「ヒルデガルト、待って頂戴、ちょっと待って頂戴お願いだから……!」
「え、は、はい……?」
エリアス達が剣術の訓練を学んでいるところを見学しましょうという話になった時に発覚した事実。
「その服装は、正気……?」
「はい」
「着替えなさい! 相応しいものが無いなら私のを貸します!」
「ありがとうございますアデリナ様!!」
直後に思わずといったように反応したのはヒルデガルトの侍女だった。泣きそうだった。それもそうだろう。なんせヒルデガルトが着ていたのは町の子供が着ているような頑丈だが綺麗さとか優雅さとは程遠い布で出来た簡素な服だったのだから。ヒルデガルトが家から持ってきたそれを着るのだと頑として譲らなかったらしい。
「で、でも、剣術の訓練の場に行くなら汚れる可能性もありますし……」
「令嬢の見学でどうして汚れる可能性があるの?」
「さ、参加する可能性とか……」
「するわけが無いし絶対にさせなくてよ」
「ちょっとやってみたかったぁ!」
「させなくてよ!」
そこから色々と掘り下げてみれば、まだ七歳とはいえヒルデガルトには令嬢としての常識やのセンスが色々と抜け落ちていたし、それを残念な事だと思う気持ちもなかったし、好奇心が旺盛過ぎた。
――魔術より知識よりまず何よりそこを身につけるものでは……?!
アデリナはくらくらしながら教育係と一緒になってヒルデガルトに教え込む。
「アデリナ様がいらっしゃって本当にようございました……ッ」
「アデリナってものすごくセンスが良いのでは……?!」
教育係と侍女達の噛みしめるような呟きと目をキラキラとさせて借りたドレスを見惚れるヒルデガルトの呟きに、アデリナは何処か燻っていた心が優しくなでられていくのを感じた。同時に疲労もしていたが。
そして同じような事は少年たちの間でも起きていた。
エリアスが言いだす事は机上の事とはいえ大概理にかなっていて皆を良い方向へと導くものだったが、たまに臣民への期待値がおかしいほどに高かったり理解してもらうのが難しいだろうと予想されるものが紛れ込んでいた。
「殿下、お待ちください。もう少し、もう少しわかりやすいご説明の方が皆に理解してもらえるかと」
「七歳の私が理解出来る程度だぞ?」
「殿下、ご覧ください。ティーロはともかくヴィクトルのこの様を。完全に理解を放棄しております。それはそれでヴィクトルに問題ありなのですが、そうですね、せめてヴィクトルが理解できるかも、と思える程度に噛み砕いていただければ何事もかなり早く話が通るかと」
「なるほど……」
それは気づかなかったと言わんばかりに感心され、シュテファンは安堵と共に胃痛を得る。
そんなこんなで時に天災となる天才達は自覚し気付いていく。自分達は特異で更にその特異さゆえに駄目な部分がある。だが傍にその駄目な部分を補って余る人物がいる、と。
「シュテファンは話が通じるな」
「アデリナってとっても頼りになるわ」
そして天才二人はその事実をも共有する。この二人は信頼できる有能な仲間だ、と。
* * *
「婚約お披露目の夜会でダンスがあるでしょう? そこで魔術を披露して驚かせようと思っているの」
「父上や母上にも夜会での余興はよくあると聞いていてな。子供の私達が何か出来るならそこだろうと思うのだが」
「皆止めるのよ、でも私の立場を考えれば下手な憶測を挟まれるよりは先手必勝で実力を見せた方がいいと思うのだけれど」
「お気持ちはわかりますが、流石に未発表の魔術は安全性などが……」
「お二人はまだお若いのです。余興を入れるのはデビュタントの時やその後でも問題ありません」
打ち合わせ担当の役人が汗を拭きながら、そして教育係が眉根を寄せながら言うも、二人は気にしない。
「先に魔術庁に魔術登録をすればいいのかしら?」
「デビュタントまでに地位を固める必要があるから言っているのだ」
「いやあの、本当に、お気持ちとお考えはわかるのですが、まずは成功させることを優先して……」
「地位を固める作業をお二人自身がやらなくてもいいのです、それは我々大人の仕事です」
「余興を入れた方がより成功となるわ」
「それは勿論大人の仕事は期待しているが自分達でもやれば補強されるだろう」
ただただ確認作業のために赴いた役人とただただマナー面を見守るために付き添った教育係は、繰り出される予想外の提案に冷や汗が止まらないし軌道修正に必死だ。教育係はともかく、役人は立場的にこれ以上強く出られないだろう。それは実のところアデリナだって大して変わらないどころか子供ということを考えればもっと弱いのだが。
「どう思う、アデリナ」
いずれ最高権力者となる二人の揺るぎのない信頼の眼差し。何なら役人の縋るような目と教育係の試すような目も加わっている。
――天才児にも欠点があるのね、なんて、ほっとした時もあったのに。自分にもできる事があると嬉しくなった時もあったのに……。
それがまさかこんな今に繋がると誰が考えただろうか。アデリナは遠い目をしてしまう。自分の立場は確か遊び相手の筈で決してヒルデガルトの指導係でも王子の相談役でもない筈だ。それとも遊び相手とはそこまで含まれるものだったのか。
いっそ引き返したいがもうそれも出来ない。ならばどうあれ口を開かなければ。
まずはもう呼ばれているかもしれないがこの役人より上の立場の人間を呼び、その間に二人の計画を聞き、教育係から今までの婚約披露の会の事を聞いて、お父様とお母様から聞いた事のある余興と照らし合わせて……とやるべき事を組み立ててから目を開く。覚悟を決めながら。
「失礼します! 殿下、ジレアウト嬢、打ち合わせでお困り事があると聞きましたが……!」
そこへ恐らく自分と同じように呼ばれたであろうシュテファンが入ってくる。味方が増えた。その小さな心強さにアデリナの口角が自然と上がる。
――さぁ応えてみせましょう!
半ば自棄になったような気分で口を開く。自身の存在価値を主張するように。
だがそれを示せば示すほど、より二人の信頼は厚くなり、厄介事はさらに降ってくることになるのだった。




